185 再会
『じゃあ、行くか』
「ん」
朝食をしっかりと食べ、装備の点検をした後、俺たちは宿を出た。向かうのは試合会場だ。
武闘大会は既に昨日から始まっている。そして、今日はフランの1次予選がある日だった。
ディアスから送られてきた大会要項を見る。武闘大会は14日間行われ、最初の2日で1次予選。3、4日目で2次予選が行われるようだ。
参加者は1000名を超えるらしく、予選で一対一の戦いを行っては時間がかかりすぎる。そのため、予選は5人1組でのバトルロイヤルであった。これで一気に人を減らしていくのだろう。
ウルムットは毎年武闘大会を開くし、冒険者も多い事から、訓練場や試合場の数も多い。200試合以上の1次予選も、それらの試合場を使えば問題なく消化することができるらしい。
2次予選からはそこそこ大きな試合場を使い、観客も入れるようだな。
2回の予選を経て、参加者は50人以下にまで減らされ、予選免除のシード選手を加えた64人によって本戦が行われる。
因みに、試合中に相手を殺しても罪にはならない。選手は出場前にそのことを了承する契約書にサインをするらしい。さすが物騒な世界だぜ。
ただ、地球と違って回復魔術もあるし、かなり高位のポーションも用意してくれるらしく、即死でなければそうそう死にはしないようだ。まあ、1次予選では回復魔術師やポーションの配布は行われないが。冷やかしや、明らかな低実力者を排除するための方針らしい。それに1次予選参加者にポーションを配っていたら、ギルドや領主が協賛していると言っても確実に赤字だろうしね。
また、回復魔術があるおかげで結構無茶な日程で大会が行える様だ。地球じゃ考えられんが、回復は一瞬だしね。
『フラン、緊張してないか?』
「ん。へいき」
緊張ってなに?的な顔でコクリと頷くフラン。ここ数日でやれることは全てやった。準備はばっちりだ。
『最初は俺は見てるだけ。でも相手が強かったら手を貸す。それでいいんだな?』
「ん。師匠と2人でどれだけ強いか知りたい」
だけど、自分ひとりの力も試してみたいってことなんだろう。
試合開始にはまだ時間があるし、俺たちはゆっくりと歩きながら会場に向かった。フランが試合を行う会場は冒険者ギルドのすぐ脇の訓練場だったので、迷う心配もない。
俺は歩きながらフランにルールを説明した。
ただ、荒っぽい大会なのでそこまで反則事項はない。気を付けなきゃいけないのは試合中のポーション禁止くらいだろう。禁止されている魔術もない。あえて言うなら邪術禁止だろうか。いや、禁止と言うか、使った瞬間周りの冒険者にタコ殴りにされるだろう。
あと俺たちに重要なのは召喚に関するルールだろう。召喚対象が人類以外であれば召喚等は許されているが、最初から連れて出るのは不可と言うルールである。つまり、ウルシを試合に出すには、影の中に入っていてもらえば召喚に見せかけて呼び出せると言う事だった。召喚と明記されているのではなく、召喚等と書いてあるからな。見えない場所から呼び出すと言う過程を経ていれば良いらしい。
それ以外は魔法武器の持ち込みは無制限だし、どんな魔道具も使って構わない。装備や道具、従魔の強さも実力の内と言う考え方なんだろう。
勝敗に関することで言えば、試合場から場外に落ちた選手は敗北となるのと、敗北を宣言した相手に対する故意の攻撃は反則扱いってことかな。
フランは歩きながらソワソワと屋台に目をやっているが、さすがに試合前に食べるつもりはないらしい。
『フラン、終わったら幾らでも食べれるんだから、我慢しろよ』
「ん」
と言いつつ、やはりチラチラと露店を見ている。武闘大会が始まったせいで、露店の数が増えた上に、どれも美味しそうだからな。フランが気になるのも分かる。
これ以上は目の毒だな。俺はフランにギルドまで急ぐように伝えたのだが、ギルドの手前で足を止めてしまった。
『どうしたフラン?』
「あれ」
フランが指差す方を見ると、見覚えのある屋台がある。
『あれは――竜膳屋じゃないか』
そう。バルボラの料理コンテストで競い合った相手、竜膳屋の屋台がギルドの前の広場に出店していた。覗いてみると、見覚えのある竜骨スープを売っている。売り子をしているのは長身の金髪ダンディ、元ランクA冒険者のフェルムスだった。いやー、相変わらず渋かっこいいぜ。
「おや、そこにいるのは黒しっぽ亭のフランさんでは?」
「ん。久しぶり」
「はいお久しぶりですね。もしかして武闘大会に出場されるのですか?」
「ん」
「そうですか、ぜひ頑張ってください」
試合まではもう少し時間がある。フランはフェルムスとしばし世間話をして時間を潰した。
フェルムスは出場しないのかと思ったが、なんと若い頃に優勝しており、今回はシード選手として本戦からの出場らしい。さすが元ランクA。
「もう齢なのできついんですが、今年は特別です。知人に出場するように頼まれましてね。彼には色々と世話になったので断れなかったんですよ」
で、本戦まではこうやって少しでも宣伝をしているんだとか。商魂たくましいね。
というか、メチャクチャ強力なライバルが現れたぞ。なにせ竜殺しだし。これは簡単には優勝できなそうだ。
あと、バルボラの復興状況も知ることができた。元領主であるクライストン元侯爵が財産を投げ打って復興に尽力し、冒険者ギルドなどの支援を受けられたこともあり、当初の予定よりも順調に進んでいるらしい。
あと、アマンダの支援によってバルボラ中の孤児院が改修され、今ではイオさんが思う存分腕を振るっているとか。クズ野菜と少しの塩だけであれだけのスープを作り上げていたイオさんだ。普通の食材と好きなだけ使える調味料があったら、どれだけ美味しい物を作り上げるか。もしかして一般家庭よりも余程美味しい物を食べているかもしれん。
最後に、バルボラでカレーブームが起きていると教えられた。元祖である黒しっぽ亭にあやかって、黒~亭であるとか、〇〇しっぽ亭と言った名前の屋台が乱立しているそうだ。そして、どの店でもカレー師匠のレシピを受け継いだ店を名乗っているらしい。まあ、俺が料理ギルドに渡したレシピを元にしてるんだし、嘘ではないかね?
その話を嬉しそうに聞いているフランだったが、そろそろ時間だ。
『フラン、もう行くぞ』
「ん。試合の時間」
「おや、すいません引き留めてしまって」
「ううん。色々聞けて良かった」
「ぜひ、本戦で会いましょう」
「ん。分かった」
「ふふ、やる気なお顔ですね」
フェルムスに笑い返すフランの顔は、完全にバトル好きの顔だな。どうやらスイッチが入ったらしい。予選でやり過ぎなきゃいいんだが。




