181 彼らの理由
ルミナが忙しいと言うのは本当の様だ。何度か相談しに来た使い魔に指示を出していた。前に見たデッサン人形タイプではなくて、口があるマネキンみたいな使い魔だな。
「ゴブの召喚を――」
「うむ、その件はもう良い」
「はい」
「他の邪人の召喚も止めろ」
「はい」
俺たちは、最後に聞きたかったことをいくつか尋ねてから帰ることにした。
『黒猫族が進化できなくなった理由は、神罰なのか?』
「そうじゃ」
『どうして神罰なんて?』
「それは――言えん」
やっぱりダメか。でも、神罰ってことは分かったぞ。オーレルの推測は当たっていたらしい。
『十始族の話を聞いた。黒猫族は、十始族なのか?』
「言えん」
逆に推測すると、言えないっていう事は寧ろ肯定とも取れるんじゃないか? まあ、俺が聞きたいのはそこからさらに先のことだ。
『以前、黒天虎のマントという装備を見たことがあるんだが、黒猫族とは関係ないのか?』
サルートが装備していたマントの事を思い出す。あれは確かに黒天虎という名前が付いていた。最悪の想像としては、進化した黒猫族をどうにかしたとか? 普通に考えたら人間を素材に武具を作るとかありえないと思うが、レイドス王国ならやりかねない怖さがある。
「ふむ。では白雪狼で説明させてもらうが、十始族の白雪狼とは別に、白雪狼という魔獣が存在している。どちらも遥か昔存在していた、神獣・白雪狼の子孫じゃな。白雪狼と人が交わり獣人・白雪狼が生まれ、獣と交わり魔獣・白雪狼となった」
まあ、地球の神話でも、神様は色々な姿になるし、色々な相手と子孫を残してるしな。そういう事もあるのかね。
「大元は同じだが、今では別種よ。人と魔獣じゃしな。喰うか喰われるかの関係でしかない。そもそも、魔獣の白雪狼は今では祖先とは似ても似つかぬ、それこそ姿が似ているだけの魔獣と成り下がっておる。あれを神獣として崇める気にはならんよ。故に白雪狼を狩ったからと言って、白犬族が敵になる訳でもない。他の十始族も同じだ。安心するがいい」
ならいいか。俺だって、猿を殺されたからと言って、同じ先祖を持つ者として仇を取るとか思わんしな。聞きたいことも聞いたし、とりあえずこの辺で切り上げるか。
「ウルムットに獣王が来ているらしい。あまり良い噂を聞かぬからな。気を付けるんだぞ?」
「……ん」
獣王の名前を聞いてフランが顔を顰めた。まだ吹っ切れてはいないようだな。
『もう会っちまったよ』
「なんと! だ、大丈夫だったのか? 酷いことはされんかったか?」
『一応は。少し威圧されたけどな』
相手はフランの心を折るつもりなんか無かったと思うが。ちょいとスゴんだだけだろう。
「もう平気」
「ほ、本当か?」
「ん」
「だ、だが、相手は獣王だ。気を付けるんだぞ? 奴らは何をするか分からんからな!」
「わかった」
「そもそも現獣王家は黒い噂が絶えん。当代の獣王は親殺しじゃ。注意し過ぎくらいがちょうど良いのだ」
ルミナが怖い顔で忠告してくる。それにしてもずいぶんと獣王を嫌っているな。もしかして個人的に獣王に恨みでもあるのか?
そう言えば、黒猫族を奴隷にした黒幕は獣王っていう噂があったな。もしかして本当なのかもしれない。ルミナなら詳しいことを知っているだろうが、喋ることはできないだろう。
「本当に気を付けるんだぞ?」
「ん」
『分かってるよ』
「ああ、そうじゃ。フランよ。ディアスに伝言を頼めるか?」
「伝言?」
「一度顔を見せに来い、とな」
「分かった」
「では、気を付けて帰れよ! それと、楽しみにしておけ!」
「ん?」
『何を』
「はっはっは。それは言えん! だが、師匠よ。お主がフランと共に現れたのは、まことに僥倖よ。感謝するぞ」
こうして、最後まで謎な言動をするルミナに見送られ、俺たちはダンジョンを後にした。
ダンジョンを脱出し、俺たちは冒険者ギルドへ急ぐ。今回はさすがに獣王たちに遭遇するようなことはなく、ディアスに無事会う事が出来た。
「もう依頼を達成したのかい?」
「ん。これ」
フランが素材を渡すと、ディアスが確認してくれる。問題はなかったようで、ディアスが驚いていた。だが、これでフランはランクC冒険者だ。
ディアスが部下を呼んで何かを指示する。どうやらフランがランクCに上がることと、指名依頼を受けたことが発表されるらしい。
『指名依頼を受けたなんて、発表していいのか?』
「構わないよ。馬鹿な権力者に対する牽制だからね。盛大に周知しないと。獣王も、冒険者ギルドにはさすがに敵対しない」
ならいいけど。
「ディアスに聞きたいことがある」
「なんだい?」
『53年前にウルムットにいた黒猫族の少女について聞きたい』
「なるほど……オーレルかな?」
「ん」
「そうだね……。君たち、もしかして獣王に会ったかい?」
『何で分かった?』
思考完全遮断があるんだぞ。読心は通用しないはずだ。
「ふふ。僕はこれが仕事みたいなものだからね。思考遮断系のスキルを持っていたって、顔色を読むくらいはできるさ」
『まじか』
「さっき獣王の名が出た時、フラン君が僅かに反応したからね」
ギルドマスターだし、相手の虚をつく様なスキルも多い。マジシャンぽいし。そういうことが出来てもおかしくはないか。
「ギルドの前で会った」
「もしかして昨日?」
「ん」
『ディアスに会いに来たら、偶然な』
「そりゃあ災難だったね。獣王は交渉を恫喝と勘違いしてるような奴だから。ギルドの前から威圧感全開だったろう? でも、それだったら獣王に喧嘩を売るような真似はしないか……」
『どういうことだ?』
「うーん。もう教えてもいいか。立ち話もなんだから座りなよ」
「ん。わかった」
ディアスが手ずからお茶を入れてくれた。それを飲みながら、ディアスの言葉に耳を傾ける。
「53年前。僕やオーレルはまだ駆け出し冒険者でね。冒険者ランクもDだった」
でも、それって結構凄くないか? その頃はディアスたちはまだ10代のはずだ。それですでにランクDっていうのは、十分早い。
「当時はそれなりに天狗になってたけど、ある日僕らのプライドをズタズタに引き裂く人物が現れた」
「それが黒猫族の少女?」
「ああ。キアラと言う名の15歳の少女だった。別に黒猫族であるとか関係なく、幼い彼女に冒険者たちは厳しい目を向けたよ。あんな子供に何が出来るのかってね。僕らもそうだった」
今も昔も冒険者は変わらないな。
「ただ、彼女は実力で全てを黙らせた。少々やり過ぎだったけどね。馬鹿にする者を容赦なく叩きのめし、ソロでダンジョンに潜り、成果を上げ続けたんだ。いつしか彼女は黒猫という異名で呼ばれ、冒険者の口に上る様になっていったよ」
それは凄いな。何か魔道具でも持っていたんだろうか。それとも、単に天才だっただけか?
「色々あってね、僕やオーレルは彼女に命を救われ、たまにパーティを組んだりするようになっていた。一緒にいると、退屈しない娘だったよ」
「その子が好きだったの?」
「あっはっは。直球だ! どうだろうね。憧れていたことは確かだけど。まあ、彼女が美しかったことは確かだよ」
笑っているが、その笑みはどこか寂しそうだ。やはりまだ忘れていないんだろうな。
「彼女は進化の方法を探してた。その時にすでにレベルが上限に達していてね。どうすれば進化できるか悩んでいたんだよ。で、ダンジョンに潜ってルミナ殿に何度か会っている内に、進化へのヒントをつかんだらしい」
「らしい?」
「ああ。結局、それが何なのか教えてもらう前に、彼女は姿を消してしまったから」
『進化するために姿を消したの?』
「いや、違うね。何せ僕とオーレルに、進化するために力を貸してほしいと、頼んできた矢先のことだったし」
それは確かにおかしいな。自分の意思で姿を消したんだったら、何か理由の説明があっても良い気がする。
「つまり、何かの事件に巻き込まれた結果なんだろうね。僕たちは必死にキアラの行方を追ったよ。手掛かりも探した。そして、幾つかの証言を得ることが出来た」
「それは?」
「まず1つ、失踪の直前にキアラはルミナ殿と大喧嘩になったらしい。詳しいことは分からないが、余計なことをするなとキアラが怒鳴っていたそうだよ。オーレルから聞いた話だけどね」
何があったんだ? ルミナの様子から見ても、黒猫族に害があることをするとは思えないが。
「まあ、結論から言うと、この失踪にルミナ殿は無関係だった。僕の読心で確認したから間違いない」
キアラが失踪したことに驚き、悲しんでいたのは確かだったらしい。
「ただ、どうもキアラが進化の条件に気づいていたのは確からしいよ。そして、そのことがキアラの失踪に大きくかかわっていると考えている」
『進化の条件を知ってしまったから、誰かに狙われたとか?』
「僕もそう考えた。そして、怪しい相手を見つけたのさ」
「誰?」
「当時の獣王。現獣王の父親さ。実行犯としては、その配下の青猫族たち。無論、確証はないが僕はかなり怪しいと思う」
当時、キアラが失踪した後、彼女の宿に青猫族が数度にわたって訪ねてきていたという噂を聞いたディアス達は、彼らについて調べて回った。
そして、オーレルが獣人たちの伝手を辿り、ある情報を掴んでくる。それは古の時代、獣王は金獅子ではなく、黒虎だったという話だった。
ディアス達は、黒虎が神の怒りに触れて進化に制限をかけられた後、彼らを追い落として金獅子が王座を奪ったのだと考えている様だ。
だからこそ現獣王家は手に入れた王座を再び黒虎に奪われることを恐れている。過去の書物や情報を消し去り、進化へのヒントを与えないようにし、青猫族を使って黒猫族を迫害して力を削ぐようにしたのもそのせいだ。だから、同じ獣人族を奴隷にするという青猫族の行動も咎められなかったのだろう。なにせ王家が後ろ盾だ。
青猫族も獣王家に従い地位を向上させるとともに、奴隷商売を黙秘してもらう事で収入も得られる。今まで上位者だった黒猫族を抜くチャンスなのだ。また、神に記憶などは操作されても、大罪を犯した黒猫族への嫌悪や侮蔑は残っていたらしい。青猫族たちは喜々として黒猫族を捕らえて行ったようだ。
「当時町にいた青猫族を拷も――尋問して聞き出した情報によると、獣人国の長老にキアラの事を報告したそうだよ。すると、獣王の側仕えをしていた一族でも腕利きの戦士が何故か派遣されて来て、キアラと接触を図ったと言う事だった」
となると、キアラは獣王に殺されたか、攫われたってことになるのか……。黙っていてくれて正解だ。
何せ、フランの全身から殺気が噴き出しまくっている。これだけ憤るフランの姿を見たのは初めてだ。目の前にいるのがディアスで良かった。格下が相手だったら絶対怯えられる。
「それは、本当?」
「さっきも言ったが、僕たちの推測に過ぎない。でも、前獣王が関わっているのは間違いないと思う」
「そう」
暗い目で虚空を見つめるフラン。もし獣王に出会う前だったら、今から獣王の下へ突撃していったかもしれない。
だが、今の俺たちは分かっている。獣王に闇雲に向かっていっても死ぬだけだと。獣王だけでも化け物なのに、その周囲も実力者ばかりなのだ。せめて進化をしなくては勝負にならない。
フランは激情を沈めるために、血が出る程に拳を握りしめ、全身を震わせていた。
「その様子なら、獣王に向かっていくような真似はしないよね?」
「ん……」
心底悔しそうにうなずくフラン。本当なら今すぐにでも戦いを挑み、全てを問いただしたいのだろう。
「良いかい? まずは進化をして、力を付けるんだ。無謀なことはしないでよ?」
「ん」
ディアスはルミナとの関係も教えてくれた。
キアラが失踪したことを気に病んでいた彼らは、いつか現れる第二のキアラ――つまりは進化を目指す黒猫族の為に、協定を結んだのだ。
ルミナは新たに西のダンジョンを作り上げ、黒猫族が段階を踏んで強くなれる様にした。なんと西のダンジョンは東のダンジョンの一部と言う扱いで、マスターなどいないらしい。
また、レベル上限に達した黒猫族がいたらその黒猫族の進化を手助けできるように、ルミナは力を溜めることにしたのだ。ディアスも詳しいことは分からないが、ルミナは進化の条件を教えることは無理でも、何らかの方法でその手助けをすることが可能らしい。ただ、そのためには膨大な魔力が必要で、何十年も力をため込む必要があるんだとか。
その間、ダンジョンの防衛に回す魔力を節約しなくてはならないし、強力な冒険者を警戒しなくてはならない。そこでディアスの出番だ。
ダンジョンマスターと交渉を成功させたと報告。ダンジョンのもたらす富と、冒険者の修行場としての価値を国に知らしめ、間違ってもルミナが討伐されない様に画策する。そうしてルミナの身を守るとともに、自分の功績としてギルドマスターの座を得たのだ。権力を得ることで、黒猫族の身を守る為である。
ディアスの言葉には一切の嘘はなかった。つまり、ディアス、オーレル、ルミナは、キアラの仇を探すとともに、黒猫族を保護するために協力していると言う事だった。そりゃあ、フランに好意的だよな。
「明日にはフランくんの昇格を発表するから」
「ん。わかった」
「ただ、ランクアップはもうできるから、下で手続きをしていくと良いよ」




