177 獣王の脅威
オーレルの屋敷から外に出ると、たむろしていた青猫族の姿はもうなかった。諦めて帰ったんだろう。
『さて、どうする?』
「ディアスに話を聞きに行く」
『そうだな、53年前にいた黒猫族の話、早めに聞きたいし』
「ん」
ということで俺たちは冒険者ギルドにやって来た。ディアスは出歩いていることが多いそうだし、まだ居てくれるといいんだけどな。
だが、冒険者ギルドに入ろうとしていた俺たちは、一斉に臨戦態勢を取った。いや、取らざるを得なかった。
『む!』
「ん!」
「ガル!」
それ程のプレッシャーがいきなり俺たちを襲ったのだ。殺気も闘志も感じない、だが、圧倒的強者の気配。これを肌で感じ取り、身構えないなど不可能だ。
俺たち以外には誰もいないが、もし他の冒険者がいたら俺たちと同じように身構えていたはずだ。
俺が周囲を見渡すと、変な扉があった。いや、そうとしか言い様がないのだ。何せ、道のど真ん中に扉だけがドンと鎮座している。あれだ、いわゆるどこでもドアの様な感じだ。こっちは両開きの豪華な扉だけどね。
プレッシャーはこの扉の向こうから発せられているらしい。そして扉がゆっくりと開いていく。チラッと見えた扉の向こうには、何か家具の様な物が見えたな。やっぱりただの変な扉じゃないようだ。本当にどこでもドアなのか?
「ささ、どうぞリグ様」
「おう」
その扉から誰かが出てくる。黄金に輝く獅子の鬣の様な髪の毛を持った、ガタイの良い大男だ。エルザよりも分厚い筋肉で2メートル近い体を覆いながらも、その動きはネコ科の動物の様にしなやかさも感じさせる。俺はその人物に対して咄嗟に鑑定を発動した。
名称:リグディス・ナラシンハ 年齢:38歳
種族:獣人・赤猫族・金火獅
職業:槍王
ステータス レベル:71/99
HP:1965 MP:1081 腕力:1084 体力:840 敏捷:749 知力:476 魔力:587 器用:491
スキル
足裏感覚:Lv8、威圧:LvMax、隠密:Lv3、怪力:Lv6、火炎魔術:Lv7、擬態:Lv3、狂化:Lv8、気配察知:Lv8、硬気功:Lv7、拷問:Lv2、剛力:LvMax、爪牙技:Lv7、爪牙術:Lv8、再生:Lv8、指揮:Lv3、士気高揚:Lv6、状態異常耐性:Lv7、柔軟:Lv6、瞬発:LvMax、瞬歩:Lv5、精神異常耐性:Lv5、属性剣:LvMax、恫喝:Lv3、軟気功:Lv8、覇気:Lv8、火魔術:LvMax、咆哮:Lv8、魔術耐性:Lv3、魔力感知:Lv4、魔力障壁:Lv8、火炎無効、気力制御、全能力中上昇、槍技強化、槍術強化、属性剣強化、体毛強化、体毛硬化、デーモンキラー、ドラゴンスレイヤー、平衡感覚、捕食、魔力操作、夜目
ユニークスキル
槍王技、槍王術、槍神の祝福
エクストラスキル
獣蟲神の寵愛
固有スキル
覚醒、金炎絶火、槍神化
称号
王殺し、親殺し、簒奪者、獣王、獣蟲神の愛し子、槍王、ダンジョン攻略者、デーモンキラー、ドラゴンスレイヤー、火術師、ランクS冒険者
装備
炎龍牙の重槍、炎龍鱗の全身鎧、魔毒王蛇の闘衣、金火獅の外套、身代りの腕輪、理性の指輪、獣王の証
おいおいおいおいおい! なんだこの化け物! 腕力1000超え? アマンダやディアスでさえ可愛く思えるぞ!
しかも見たことのないスキルが大量な上、エクストラスキル、固有スキルも複数持ってやがる。
だが、最も目を引いたのが称号欄の獣王とランクS冒険者だ。これってもしかして、今ウルムットに来てるっていう、あの獣王のことか? ランクS冒険者で、獣王? それとも強い獣人に与えられる獣の王的な称号なのか?
さらにスキルなどを詳しく見ようとしたのだが、その前に何者かが立ちはだかっていた。獣王の後から出て来た男だ。
「娘、どうしたんだ?」
見上げる様な巨体。ストーンゴーレムと力比べをしても勝てそうなほどのはちきれんばかりの筋肉。その姿には見覚えがあった。獣王の馬車の護衛をしていた人物だ。確かゴドダルファと言う名前だったか。
どうやら呆然と突っ立ているフランを不審に思ったようだ。
このままだと獣王に目を付けられるかもしれない。さり気なく立ち去らないと。そう思ってフランに声をかけたのだが、全く返事が無かった。
『フラン、行こう! 今ならまだ逃げられる』
(……)
『フラン? 大丈夫か?』
(……)
フランが真っ青な顔で立ちすくんでしまっている。
(強い……勝てない……)
ここまで怯えるフランは初めて見た。進化種であるオーレルやルミナを前にしても畏まるだけだったのに。いや、こいつの種族は金火獅。オーレルの言っていた十始族だ。どうやら思っていた以上に圧倒的な存在だったらしい。戦闘態勢でもないのにこの圧力だからな。殺気でもぶつけられたら、それだけで心臓の弱い人間なら死んでしまうかもしれない。
獣人なら相手の種族などが感覚的に分かると言うし、十始族でしかも高レベルの相手を前にしたら、こうなってもおかしくはないのだろうか?
「ああん? おい小娘、お前黒猫族か?」
やばい、獣王にも気づかれた。獣王は値踏みするような目でフランを見ている。
「黒猫族の冒険者とは珍しい」
「ですな。それなりの腕の様ですし」
「どこがだ?」
「リグ様の基準で考えんでください」
「そういうものか? まあいい。興味がわいた、少し可愛がってやるか」
ちっ、獣王の興味がフランに向いてしまった。しかもあまり良くない意味で。獣王の闘志が高まっていくのが分かった。その眼は獲物を見つけた獅子の様に爛々と輝いている。
だが、フランはまだ固まったままだった。それどころか獣王の気配に中てられ、完全に心を折られていた。
(……だめ……殺される……)
(……キュゥン……)
影に隠れているウルシも似た様な物か。
カタカタと体を震わせるフラン。だめだ、ここは次元跳躍で逃げよう。後々面倒なことになるかもしれないから、最後の手段だったのだが。ここはフランを優先しよう。そう決意した直後だった。
「リグ様、そのような暇ありませんぞ」
「む、ロイス」
扉から現れた小柄な人物が獣王に声をかけたのだ。こいつも見た覚えがある。獣王のもう一人の護衛だ。
男が扉に手を触れると、扉は溶ける様に消え去った。この男のスキルだろうか。
「ギルドマスターとの約束の時間に遅れております故、急ぎませんと」
「ちっ。そうだったな。仕方ない。小娘、命拾いしたな!」
「リグ様、それじゃあチンピラみたいです」
「王侯貴族なんざ、権力を持ったマフィアみてーなもんじゃねーか」
「そこは違うと言ってほしいんですが」
「あー! うるせーうるせー! とにかくもう行くぞ!」
良かった。この場は助かったらしい。リグディスはフランに興味を無くしたのか、従者と雑談しながらギルドの中に消えていった。
その瞬間、フランが膝から崩れ落ちた。
両手と両膝を地面について、ゼーゼーと息をしている、顔からは冷や汗が流れ落ち、見ているだけで気の毒になる程憔悴している。
『フラン、大丈夫か?』
「……ん……」
大丈夫そうじゃないな。でも頷いたぞ。どうやら念話に反応する程度の余裕は取り戻したらしい。
『とっととこの場を離れよう。宿に戻って休んだら、朝一番でダンジョンに戻る。ディアスに話を聞くのは後回しでいいよな?』
「ん……」
俺はフランを念動で支えながら、まずは宿の側に転移した。目撃されたら目立ってしまうが、今は一刻も早く宿に戻りたかったのだ。そして、フランを休ませてやりたかった。
『歩けるか?』
「だいじょぶ……」
そう言って歩き出すフランの足取りは、激戦を経た後の様に頼りなかった。それだけ消耗したっていう事なんだろう。
『次に獣王に会う前に、ランクCに上がっておこう。獣王の事を舐めてたぜ。あれほどの化け物だったとは』




