172 黒猫
書籍化作業絶賛進行中の棚架です。
転生したら剣でした書籍版のイラストレーターさんが発表されました!
なんと、アニメ化作品などの挿絵も担当されている人気絵師、「るろお」さんです!
こんな有名絵師様が書いてくださるなんて、夢ではなかろうか……。
きっと、可愛いフランと格好良い師匠の姿を皆さんにお届けできると思います。
あと、名前を変えるつもりはないですよ。なぜ著者名がああなる……。しかも複数サイトで。
さすがにディザスター・ボールバグの素材はギルマスの部屋には出せなかったので、依頼に係わらない他の素材などと合わせて解体室で査定してもらう事にした。
ただ、ボールバグはまだ解体をしていないのだが、売れるだろうか。前に解体料を払えば解体してもらえると聞いたことがあるから、大丈夫だと思うが。
エルザに尋ねると、大きさと面倒さによって解体料が違うらしい。
「でも、4万ゴルド以上は取られないと思うわよ? 前に百剣様がランクBの下位竜を持ち込んできたときに、4、5万くらいだったはずだから。知ってる? 百剣のフォールンド様」
「ん。バルボラで会った」
「あらん。羨ましい! 彼って素敵よねー。憧れちゃうわー。フランちゃんもそう思わない?」
「ん。凄い強い。いつかあれくらい強くなる」
「うんもう! そーじゃなくて! 彼って格好いいじゃない? 私の好みなのよねぇ」
エルザが体をクネクネさせながら、夢見る乙女の表情で呟く。なんか少し慣れてきたせいか、本当に乙女チックに見えてきたぞ。
「ん?」
「彼の逞しい腕に抱かれつつ、愛を囁かれてみたいわー」
まあ、少し陰がある風のイケメンだったな。初めてイケメンに同情した。イケメンにはイケメンの苦労があるんだな。
フランはほとんど理解できていないようだが。
『とりあえず頷いておけ』
「ん」
「あら、フランちゃんも分かる?」
「ん」
「そうよね。彼ってば格好いいわよね?」
「ん」
「私達趣味があうのねー」
「ん」
フランはエルザの言葉に適当に頷きながら、魔獣の素材を次々と取り出していった。
巨漢のオカマが紅潮した顔で身もだえしている横で、無表情でせっせと素材を並べていく少女。鑑定担当のギルド職員が、何とも言えない顔で2人を見ているな。
「ボールバグもここに出す?」
「は、え? あ、ああ。大丈夫です」
「ん」
フランが、解体もしてないディザスター・ボールバグを解体室に出現させる。倒した直後のままだからな。体内を雷鳴魔術で焼かれたことによる焦げた様な臭いと、体液などから発せられる異臭が部屋に漂う。傷口からもドロッとした液体が流れ落ち、かなりエグイ姿をさらしていた。
解体に慣れているギルドの職員でさえ顔を顰めている。動物系と違って、昆虫系の魔獣はかなりグロテスクだしね。それに、昆虫系でここまで大きい魔獣も珍しいだろう。
それでも鑑定と査定の為、近づいて行く職員はさすがだな。
ただ、そんな勇気ある職員さんとは真逆の反応をする者がいた。
「ギャー!」
「エルザ?」
「イギャァー!」
野太い悲鳴が解体室に響き渡った。何があったのか驚いちまったぜ。
「どうしたの?」
「む、蟲ぃ!」
「ん。ボールバグ」
「ひ、ひぃっ!」
エルザが青い顔でボールバグを見ていた。両手を握りしめて胸の前で組み、足は内股で小鹿の様にプルプル震えている。
昆虫が苦手なんだろう。ボールバグは特にデカイし。嫌悪を通り越して、その顔には恐怖すら浮かんでいた。乙女か! いや、心は乙女なのか。
「ん? エルザ?」
「ああぁぁ――」
フランは苦手な生き物とかいないし。ボールバグを怖がるエルザの心理が今一わかっていないらしい。困惑気味にエルザを見つめている。
その間にもエルザの悲鳴が上がっているのだが、それ以上に恐怖の表情を浮かべるのがギルドの職員さんだ。真っ青な顔でエルザに縋り付くと、落ち着かせるような言葉をかけ始めた。
「エ、エルザさん! 落ち着いて! あれは蟲じゃないです!」
「む、蟲よ!」
「蟲っぽいだけですって!」
「でもでもぉ、やっぱり蟲よぉ!」
「あ、あんなに大きな蟲なんか居る訳ないじゃないですか!」
「大きい蟲……? ひぃぃ!」
「やべっ!」
「うぐぐぐぐ――」
「ああ! ヤバイ! き、君! その魔獣をどこかにやってくれ! このままじゃ!」
『フラン! ボールバグを仕舞え! なんかヤバそうだ!』
「ん!」
事情はいまいち分からないが、エルザから発せられる闘気が高まるにつれて、何やらまずい事態が起きているという事は理解できた。
フランにも感じられているのだろう。瞬時にボールバグを収納した。
「ほーら、エルザさん! もう何もいないですよ!」
「む、蟲は……?」
「しまった」
「そ、そう……」
エルザから立ち上っていた闘気が消え去り、その場にドスンと腰を下ろす。その様子を見て、ギルドの職員はようやく肩の力を抜いたのだった。
「た、助かったよ!」
「エルザどうした?」
「ああ、エルザさんは昆虫系の生物全般が苦手でね。恐怖が振り切れると暴れ出すんだ。しかも無意識なのにスキルとか完璧に使いこなしてね」
「ダンジョンとか平気なの?」
「ある意味平気じゃないね」
暴走状態でもスキルを使いこなすため、戦闘で後れを取ることはないらしい。だが、仲間を巻き込んだり、素材まで消滅させてしまうことがあるんだとか。
小さい蟲とかなら我慢できるようだが、蟲の群れに囲まれたり、急に顔面に油虫が飛びかかってきた時なんかに暴れ出したことがあるらしい。
「例えば、ギルドの受付前で暴れた時は、20人くらいが医務室送りになったかな?」
「それは危険」
「本当に危険なんだよ。突発的な暴走と美容狂いが無ければ、ランクAでもおかしくないんだけどね」
いきなり巨大な昆虫が目の前に現れて、暴走しそうになったってことか。
「エルザ大丈夫?」
「フランちゃん……ごめんなさい。蟲だけはどうしてもダメなの!」
理由とかを聞いてみたいが、思い出しただけで暴れるとか有りそうだよな。ここはスルーしておくのが一番被害が少なそうだ。
「エルザは外出てて」
「そうするわ! 終わったら声かけて! お茶してるから!」
という事で、ようやく静かになった解体室で、素材の買取が行われたのだった。
ボールバグは解体に手間がかかるらしく、解体代金が3万ゴルドもかかった。素材の買取が56万で、差し引き53万ゴルドの儲けだ。
ランクD魔獣であるハイ・オーガの革の買い取り額が、1匹平均4万ゴルドなのに比べたら、その高額さが分かるな。ウルムットに来る道中に入手した素材なども合わせると、80万ゴルドの儲けであった。
ボロ儲けと捉えるか、死にかけてこの程度と感じるかは微妙なところだな。まあ、悪くはないかな?
「フランちゃん、終わったの?」
代金の受け取りを終え酒場に向かうと、エルザが1人の老人と共に、言葉通りお茶をしていた。ギルドの酒場なのに、本当にお茶を飲んでいる。お洒落なティーポットに、花柄のティーカップ。お茶請けはスコーンだ。どこのカフェだここは。
「終わった」
「フランちゃんもどう?」
「貰う」
「紅茶と黒茶、ウルム茶があるけど、どれにする?」
「そんなにたくさん?」
「ええ。スコーンに合うのが紅茶。クッキーなら黒茶。パイならウルム茶がお薦めね」
「……じゃあ、全部で」
「あらん? そんなに食べられる?」
「問題ない」
「じゃあ、マスターお願い」
「はいはい」
マスターも、紳士風のおじさまだった。荒くれ者の集うギルド酒場のマスターにはとても見えない。フランも同じことを感じた様で、首を傾げている。
「ここは酒場?」
「そうよ」
「ははは、よく言われますよ。でも、間違いなくギルドの酒場ですよ。まあ、エルザさんに頼まれて、お茶や菓子類を少々多めに置いてありますが」
「うふふ。マスターのお茶は絶品なの! だからマスターに迷惑をかける子たちにちょっとキツめのお仕置きをしてたら、皆お茶の良さを分かってくれたみたいで。今じゃ、お酒と同じくらい人気なんだから。ね? マスター」
「まあギルドマスターとエルザさんの2人がお酒嫌いという噂が根強いですから。エルザさんたちが居る時にはお茶を頼む冒険者は多いですね」
ギルドのトップ2人が酒嫌いと聞いたら、敬遠する者もいるか。にしても、ディアスだけじゃなくてエルザも結構権力乱用してるよな? いや、乱用と言うよりは恐怖と敬意で周りを従えている感じだけど。
「では、こちらお茶菓子の盛り合わせです。お茶は、紅茶を最初にお出ししますね」
「ん」
フランは出されたスコーンを両手に持って、あっと言う間に完食してしまう。いつの間にかクリームとジャムをたっぷりと乗せて。
エルザはその食べっぷりを微笑ましく見つめながら、自分はお上品にティータイムだ。ピンと立てられた小指が女子力高めだね。
対面に座る白髪の爺さんがどう思うか心配だったが、孫を見る様な目でニコニコとフランを見ていた。装備からして冒険者なようだな。
「ふぉふぉふぉ。子供はよく食べ、よく眠るものじゃて」
「誰?」
「おっと、これは失礼した。わしはラデュル。ただのしがないランクC冒険者じゃよ」
「ウルムット最年長の冒険者なのよ」
白髭の魔術師とか、絶対に強いじゃないか。あれだ、体力のなさを経験と知恵でカバーするタイプに違いない。その割にはランクが低いか?
「実力はあるけど、ずっと宮廷魔術師をしていたのよ。だから実力よりもランクが低いの。ランクBの力は間違いなくあるわよ」
「ランクAと言われんところが悲しいがのう」
「あのクラスはもう別格だから」
「それにしても、黒猫族の冒険者とはのう」
値踏みするような目でフランを見てくるラデュル。何故か懐かしい物を見る様な遠い目をしている。
「50年ぶりじゃな」
「あら、フランちゃん以外に黒猫族の冒険者なんていくらでもいるでしょ? 特にこの町は新人が多いんだし」
「たんに黒猫族と言うだけならのう。じゃが、幼い上に凄腕となると、ほとんどいないと言っても良いじゃろう」
「まあ、確かにそうかもね。でも、50年ぶりってことは、昔もフランちゃんみたいな子がいたのね」
「うむ。お嬢ちゃんにそっくりじゃったよ。そのぶっきらぼうな喋り方といい、黒い髪といいのう。もう名前も思い出せんが、あの鋭い眼差しだけは鮮明に思い出せる」
さらに記憶の引き出しを開けるためなのか、ラデュルは顎髭を扱きながら目を瞑った。
「確か齢は15とか言っておったかのう。ソロだったはずじゃ。それでいて黒猫族を馬鹿にする奴には容赦がなくてな。青猫族の冒険者を叩きのめして、尻尾を切り落とすような過激な報復を普通にしておった」
「本当にフランちゃんにそっくりね」
「そうそう、確か黒猫という異名で呼ばれておったはずじゃ。黒猫に絡むと冒険者生命が絶たれるとかいう噂が流れていたのう」
「その人は今は?」
「さてのう。ある日突然姿を消してしまったんじゃ。死んだのか、普通に町を出て行ったのか。儂には分からん」
「そう……」
それだけ強かったなら、絶対に進化を目指してたはずだ。50年前の人ならまだ生きている可能性も高いし、話を聞きたいな。それに、突然姿を消したっていうのも気になる。
「儂は黒猫とそこまで親しいわけではなかったからの。じゃが、儂が当時パーティを組んでいたオーレルなら知っておるかもしれん」
「おじいちゃんにはこの後会いに行くし、ちょうど良いかもしれないわね。でも、なんでオーレルおじいちゃんなら知ってるの?」
「獣人同士だからか、黒猫と話しているのを何度か見かけたことがあるんじゃよ。それに、ソロでダンジョンアタックをしている時に黒猫に助けられたとかで、黒猫には絶対絡むなと注意もしておったし。まあ、あの外見じゃ。当時イケイケだった儂らなら、間違いなくナンパしておったじゃろうからな」
「その黒猫さんは可愛かったの?」
「うむ。ここだけの話、オーレルの奴は絶対に黒猫に惚れておったと思うぞ」
「きゃー! でも、おじいちゃんてロリコンなの?」
「いやいや、あの時はオーレルも10代だったはずじゃ。当時はランクDに最速で到達したオーレルが、天才だ何だと持て囃されていた時だったはずじゃからな」
そうだよな。ラデュルにもオーレルにも、ディアスにだって若い頃はあったんだよな。なんか想像できないぜ。まあ、オーレルに会う理由が増えたってことだな。




