170 ディアスの隠し事
俺たちがギルドに戻り、ギルドマスターの部屋へ向かうと、ディアスが驚いた顔で出迎えてくれた。
「もうボスを倒してきたのかい? ずいぶんと早いね」
「ん」
どうやら、攻略にはもっと時間がかかると思っていたらしい。まあ、修行の件もあるしな。俺みたいに魔石を吸収してスキルレベルを上げるなんて真似ができなければ、倍以上時間がかかっていたかもしれない。
「ルミナからの伝言。約定を果たせ」
「あら? 誰からの伝言なの? ルミナ?」
「おっとエルザくん。それは秘密だよ」
どうやらルミナのことはエルザにも秘密だったらしい。ここで伝えたのはまずかったかな?
「はいはい、分かりました」
「すまないね」
「うふ。良い女っていうのは、男の秘密ごと包みこむものなのよ」
色々と感付いてはいるようだが、エルザはあっさりと引き下がった。軽い感じでウィンクしているが、自分とギルドマスターの地位の差をキチンと弁えているってことだろう。自分では知る資格の無い機密があると理解できているのだ。
ここはさっさと話を進めちゃおう。
「いくつか依頼を達成してきた」
「そうか。じゃあ、依頼の達成状況を確認しようか。どのくらい達成できてるかな?」
「これと、これと――」
フランが達成できている依頼書を取り出していく。9つあった討伐依頼はすべて完了している。あとは納品依頼なんだが、目標の23個達成には届いてないな。
「ダンジョンカードを見せてくれるかい?」
「ん。これ」
「ふむふむ。凄い成果だね。確かに討伐依頼は全て完了か」
「すごいわフランちゃん! さすがね~」
ダンジョンカードを見れば、討伐したモンスターの種類と数が全部わかるからな。ディアスとエルザが驚いている。
どうも、普通の冒険者であれば無駄な戦いは避け、敵を回避しながら進むものらしい。俺たちの場合は出会った魔獣は全て殲滅して来たからな。その討伐数は平均を大幅に超えているだろう。
「D級パーティでもこれほどの戦果は難しいわよ?」
「これだけ狩ってたら、素材も相当採れたんじゃないのかな? 納品系の依頼はどうだい? 解体は済んでるかな?」
「ん。もう終わってる」
「じゃあ、そこに出してくれるかい?」
「わかった」
エルザがすでにシートを敷き終わっていた。どうやら、ビニールみたいな素材でできている様で、血などで床が汚れないらしい。
俺たちはそのシートの上に素材を載せていく。 ハイ・オーガの角や、ミミック・ヴェノムクロウラーの毒袋などだ。エルザの目もあるので、俺の収納にある品物はフランが出した風を装っているが。
毒袋は扱いを丁寧にしないとね。ディアスやエルザが死ぬとは思えないけど、破って毒をまき散らしたら色々面倒だろうし。というか普通に怒られるだろう。
「状態も良いし、品質も高いね。全部納品で構わないのかな?」
「かまわない」
「じゃあ、討伐と合わせると依頼17個分だね。いや、ボス討伐も評価に含めれば、依頼をあと5つこなしてくれればランクアップさせることができるね」
「もうちょっとね。頑張ってフランちゃん!」
ただ、それが結構面倒なのだ。残っている依頼で納品しなくてはならないのは、ダーティ・ウィスプなどの、エンカウント率が低い魔獣の素材ばかりなのである。こいつらの素材を集めるのは結構時間がかかるだろう。
何せ数が少ない上、隠密性が高すぎて発見するまでが一苦労だ。俺たちを襲うために近づいてきた奴を発見するのと、こちらから特定の魔獣を探すのでは難易度が違うからな。
下手したら前回以上の日数がかかる可能性もある。
まあ、オーレルに会いに行って、その後どうするかだな。武闘大会もあるし。依頼をこなすのは大会後になるかもしれない。
フランがそう告げると、ディアスが何やら思案する顔になった。
「ふむ……できれば早めにランクを上げてもらいたいんだけどね」
それに反論したのはエルザだ。
「でも、もう平気じゃない? フランちゃんの活躍は結構広まってるし。わざわざ絡むようなお馬鹿ちゃん、いないと思うわよ?」
「今はそうだけど、これからウルムットにやってくる冒険者は分からないだろう?」
「まあ、そうだけど」
「だから早めに依頼を達成してくれるかい?」
「ん」
別に構わないんだが、問題が1つある。
「武闘大会の受付をしたらいく」
そう、武闘大会は推薦状が無い場合、直接申し込まなくてはならない。その受付が、3日後からなのだ。冒険者ギルドや、会場となる闘技場、あとは各所に設けられる受付所などで申し込みができるらしい。
本人が身分証をもって直接行かないと受付ができないと聞いているので、誰かに代理を頼むこともできないのだ。
「いやいや、それには及ばない。申し込みはこっちでしておくから」
「でも、本人じゃなきゃダメって言ってた」
「実はギルドの推薦枠が余っていてね。ランクC冒険者なら推薦するのに申し分ない。安心してくれ」
良いのか? ギルドの推薦枠って、結構重要なんじゃないのか? ギルドの代表ってことなんだし。強さ以外にも、礼儀とかも必要なんじゃ?
「いいよいいよ。ランクアップしてもらうのはギルドからお願いしたことだしね。それくらいはさせてもらうよ。だから、何の憂いもなくダンジョンに潜ってくれ」
なんか、怪しくないか? どう考えても待遇が良すぎる。いくらクリムトやアマンダのコネがあったとしても、たかがランクD冒険者に肩入れし過ぎな気がするんだよな。
それに、どうしてもフランをダンジョンに行かせたいみたいだ。それも、長時間籠っていてもらいたい感じ?
エルザもディアスの態度に何かを感じたらしく、首を捻っているな。
「ディアス。何か変?」
「ははは。どこが変なんだい? 僕はいつも通りだよ?」
「やっぱり変」
「わたしもフランちゃんに賛成よ。何ていうのかしら? 妙に焦ってる感じがするわ。もしかして、また何か企んでるんじゃないでしょうね?」
「嫌だなエルザくん。気のせいだよ」
「フランちゃんに悪戯しかけるつもりなんじゃないの?」
「そうなの?」
「違う、違うよ」
やっぱり怪しい。とは言え、ここで問答していても口を割るとは思えない。どうしようか悩んでいたら、エルザがディアスにズイと顔を近づけて、呟いた。
「やっぱり何か隠しているわね」
「は、ははは。言い切るね」
「女の勘よ!」
エルザの女の勘がどこまで信用できるのかはともかくとして、長年ディアスと付き合って来たエルザが言い切るのだから、多分本当の事なのだろう。
ここは切り札を切るか。
『フラン、あれの出番だ』
「ん!」
フランがクリムトからの紹介状を、見せつける様に掲げた。別にこれ自体に特別な効果があるわけではないが……。
「ディアス。本当のことを言う」
「は、はは。何のことかな?」
まじでクリムトが怖いんだろうな。紹介状を目にしただけで、急激に目が泳ぎ出した。
「何か隠してるのは分かってる」
「いやいや、気のせいじゃないかな?」
声が震えている。完全に黒だ。これはもっと問い詰める必要がありそうだな。
「クリムトとアマンダに、ディアスに悪戯されたって言いつける」
「すいませんでしたー!」
綺麗なジャンピング土下座だった。さすがランクA冒険者。デカイ執務机を飛び越して、凄い勢いで土下座を決めてくれた。
「ごめんなさい! まじで!」
「ちょ、いきなりどうしたのよギルドマスター! その紙はなに?」
エルザが呆気にとられた顔でフランとディアスを見ている。そりゃあそうだろう。フランが何やら手紙を取り出したと思ったら、ギルドマスターがジャンピング土下座して頭をグリグリと絨毯に押し付けて謝り倒しているわけだし。子供相手に土下座するジジイとか、情けなさ過ぎて涙が出るね。
「エルザ、ここのギルドに伝書鷹は?」
「いるわよ」
「ん。まずはクリムトに――」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! それだけはご勘弁を!」
まあ、小さい子に悪戯しようとしたとか広まったら、社会的に抹殺されるからな。アマンダに知られたら、物理的にも命の危険があるし。
「じゃあ、全部話す」
「分かったよ。はぁ、フランくんの為に色々してるのに。ひどいよ」
それは話を聞いてから判断するさ。




