15 商人ランデル
週別ユニークユーザーさんの数がいきなり増えて驚いています。
ありがとうございます!
フランと出会ってから3日目。
俺たちは町を目指して歩き続けていた。いや、俺は人目に付かない様に、幌に包まれフランに背負われているが。ふわふわ浮いてるところを目撃されたら、言い訳できんしね。
『なあ、町って、簡単に入れるものなのか?』
「ん?」
『いや、通行料とか、身分証はいらないのか?』
「知らない」
フルフルと首を振るフラン、可愛い。
いやいや、そうじゃなかった。
確かに、フランは奴隷だったし、自分で手続きをして町に入ったことはなかっただろう。だが、そのせいで、情報が全然ない。
『人でも居れば、情報を得られるかもしれないのに』
だが、ここまでの3日で、人のいた痕跡さえ見つけられなかった。
なぜだ? 行商人や旅人はおろか、盗賊などもいない。盗賊だったら、適度にボコって情報を聞き出せるのに。
「街道じゃないから」
奴隷商人は時間短縮のため、ヤバイエリアを突っ切って移動していたらしい。その挙句、魔獣に襲われて全滅したのだから、ご愁傷様である。奴隷たちを巻き込まずに、自分たちだけで死ねばよかったのに。
『え? 街道とかあるのか?』
そりゃあ、魔獣の出没する、街道から外れた原野になんか、そうそう人がいるはずもない。
『街道どこかな?』
「歩いてればそのうち出ると思う」
『だといいが』
「大丈夫。多分」
という事で進み続けること4時間。途中で魔獣を狩ったりしながら、のんびりと進んだ。
そして、待望の街道を発見する。
『やった、道だぞ!』
地面を削って、草を抜いただけの、獣道よりはマシ程度の道だ。だが、長年の行き来で地面が踏み固められ、轍の跡がはっきりと残っている。それは、紛れもなく、街道だった。
フランの方向感覚を頼りに、町があると思われる方角へと歩を進める。
「む、生き物の反応がある」
『人じゃなさそうだな。多分、ゴブリンだ』
「狩る?」
『一応な。素材が売れるかもしれないし。魔石も吸収できるしな』
「了解」
コクリと頷くと、フランが街道から外れて、駆け出した。すでに脚力上昇スキルなどを使いこなしており、木々の間を風の様に駆け抜ける。
「いた」
街道を通るものを待ち伏せしているのだろう。ゴブリンたちは、街道の脇に生える茂みの裏に、身を隠していた。その数は3匹。フランは気配を消して、ゴブリンたちへ後ろから回り込んでいく。そして、音もなく背後から襲い掛かった。
「ふっ」
「ギ?」
背中から叩き斬られた1体が、グラリと崩れ落ちる。
「はっ!」
スキルレベルが上昇したことによって可能となった、剣技ダブル・スラッシュの短縮発動で、残った2体を切り捨てた。ゴブリンたちは、自分の身に何が起きたのか、気づいていなかっただろう。
1体目の死体が、地面に倒れ伏す前に、戦いは終了したのだった。
「師匠、あとはお願い」
『おう、任せとけ』
魔石を吸収した後は、素材として利用できる、ゴブリンの角を切り取る。残った死体は、次元収納に放り込んでおいた。街道近くに放置して、大型の魔獣を呼び込んだらまずいからな。
「師匠、あっちにもゴブリン」
『まだいたか』
「どうする?」
『どうせ進行方向なんだし、やっておくか』
「ん」
フランが再び駆け出す。しかし、その先では思いもかけない光景が繰り広げられていた。
「くそっ! あっちいけゴブリンども!」
「ギィギギ」
「グルルア」
1台の馬車が、ゴブリンたちに襲われていたのだ。ゴブリンの数は6体、対して馬車に乗っているのは1人の様だ。
『さっきのゴブリンは見張りか』
仲間が馬車を襲撃している間、冒険者などがやってこないか、街道を監視していたのだろう。
「助ける」
『おう頑張れ』
やはり、気配を消して、背後からの奇襲だ。短縮発動したトリプル・スラストで、3体を斬る。3連撃な分、威力が弱い剣技だが、ゴブリン相手なら何の問題もない。
「た、助かった!」
「ギィイ!」
「うるさい」
突然現れたフランに、威嚇の声を上げるゴブリンたちに、フランはザシュザシュッと斬りつける。
残った1匹が逃げようと背を向けるが、フランは俺を投げつけ、止めを刺すのだった。投擲スキルのお蔭で、きっちり腹を貫いている。逸れたらコッソリ軌道修正をするつもりだったが、必要なかったな。
「あ、ありがとう、お嬢ちゃん。助かったよ」
「ん」
「しかし強いな。1人なのか?」
「ん?」
「いや、話したくなければ、話さなくていいんだが」
単にフランが無口なだけなのだが、その態度を見て、語りたくないのだと勘違いしたようだ。実際、下手に情報を渡したくはないので、有り難い。俺はフランに、このまま勘違いさせておくように指示した。
「なあ、もしよかったら、馬車に乗っていくかい? アレッサへ向かっているんだろう?」
アレッサというのは、向かっていた町のようだ。しかしこの男、優男に見えて結構強かだな。
好意で馬車に乗せてやろうと言いつつ、恩を売ってゴブリンから助けてもらった借りを相殺し、さらには護衛も手に入れる気だ。
ただ、俺たちも情報が欲しいので、彼の提案に乗ることにした。しかし、命の借りは、そんなに軽くはないんだぜ?
フランに言葉を指示する。
「町まで護衛してあげてもいいけど?」
「あ、うん。そうか」
ふふん。苦笑いしてるな。
「知りたい情報と引き換えで、護衛料はただでもいい」
「はははは。面白いね。気に入った! 乗ってくれよ」
「ん」
「僕はランデル。君は?」
「フラン」
「じゃあ、道中よろしく頼むよ、フランさん」
馬車に乗る前に、ゴブリンの角をはぎ取ることも忘れない。そして、早速男に聞いてみた。まあ、フランが聞くんだが。
「ゴブリンの角は売れる?」
「ゴブリンの角か~、すごい安いよ。一応、魔力触媒になるけど、品質は最悪だしね」
なんと、そうなのか。剥ぎ取りさせて損したな。だが、ランデルはさらに語る。
「でも、邪人は発見次第の駆除が推奨されてるから、冒険者ギルドに持っていけば、報酬が出るはずだよ」
鑑定で見た説明にも、駆除推奨って書いてあったな。考えてみると、ずいぶんと恣意的な説明だ。
なにせ、明らかにゴブリンと敵対してる側からの説明だったし。そもそも、あの説明は誰が書いてるんだ? 神様? だとしたら、邪神を滅ぼした側の神様なんだろう。メチャクチャ偏った内容だった上、邪悪って明記してあったし。
ゴブリン側からしたら、彼らなりの正義があって、人間を邪悪だって思ってるのかもしれないけどね。
ま、だとしても文句はない。だって、散々ゴブリンを殺した後だったんだ。あの説明に、実は善良で、顔が怖いだけの、気のいい奴らです。とか書かれてたら、さすがに罪悪感を覚えただろう。邪悪って書かれてたからこそ、免罪符的に感じることができたのだ。むしろ、狩りがはかどったくらいだった。
それが、説明文を書いたやつの目的かもしれないが。俺を焚き付けて、敵対している陣営の邪人たちを狩らせるつもりなのかもしれない。
説明文を書いたやつは、やはり神様? そう言えば、この世界に転生した時に、聞こえた男性の声。あれが神様だったりして。だとすると、結構いい人?そうだったな。少なくとも、俺を騙して操ろうとしている風には聞こえなかった。いや、それが作戦なのか? いやいや、でも…………。止め止め。情報がない状態で闇雲に疑い出したらキリがない。まあ、今のところ害はないんだし、深く考えるのはやめておこう。
「しかし、こんな街道でゴブリンの群れに襲われるなんて、今までなかったんだけどな」
「そうなの?」
「ああ、この街道は冒険者が定期的に巡回してるし」
冒険者ね。ギルドもあるみたいだし、これぞファンタジーだよな。今からギルドに行くのが楽しみだ。
「ゴブリン1、2匹なら、追い返せるんだよ」
ちなみに、ランデルのステータスはこんな感じだ。
名称:ランデル 年齢:39歳
種族:人間
職業:商人
状態:平常
ステータス レベル:20
HP:62 MP:85 腕力:30 体力:31 敏捷:34 知力:45 魔力:40 器用:41
スキル
運搬:Lv3、御者:Lv2、交渉:Lv2、算術:Lv5、商売:Lv6、槍術:Lv3、話術:Lv2
称号
なし
装備
卑鉄の槍、牛革の胸当て、蜘蛛糸の外套
まあ、1対1でゴブリンには負けないだろうけど、囲まれたら厳しそうだ。むしろ、レベル4なのにランデルさんを超える、フランのステータスのチートっぷりが酷い。
「どうも、ここ1月ぐらい、魔獣の動きが活発みたいなんだよ」
1月前か。俺がエリア5の攻略をしてた頃だな。
「なんで?」
「分からないんだ。でも、魔狼の平原で、何かがあったのかもしれない」
「魔狼の平原?」
「知らないかい? ここから東に行ったところにある、A級魔境さ」
「有名なの?」
「もちろん。10大魔境には劣るけど、A級だからね」
魔境というのは、ダンジョンなども含めた、魔獣の支配する領域を指すらしい。それぞれの危険度でG~Sにランク分けされており、A級は上から2番目のランクだった。
Aより上は、10大魔境と呼ばれるS級のヤバい場所しかないので、A級でも十分危険な場所と言える。
そんな場所で狩りをしてたのか、俺。そう言えば、ボスは強かったしな。
ただ、気になることが1つ。フランに質問させてみる。
「なんで魔狼の平原って言うの?」
あの平原に、狼タイプの魔獣はほとんどいなかった。むしろ、エリアボスはネコ科だったし。魔狼の平原と呼ばれる理由が分からなかった。
「大昔、あの平原でフェンリルっていうS級の魔獣が死んだっていう伝説があってね。今でもフェンリルの魔力が平原の中心部に残っているそうだよ。そのせいで、中心に行けばいくほど魔獣が弱くなるっていう、面白い特性があるんだ」
なんと、結界だと思っていたのは、フェンリルさんとやらの魔力でしたか。しかも、もうお亡くなりになってるとか。あの結界が無ければ、もっと過酷な生活になっていただろうし、フェンリルさんにはぜひお礼を言いたい。ただ、そんな場所に俺が刺さっていたのは、何か関係があるのか? 気になるな。
「平原の中心には、祭壇みたいなものがあるらしいけど、それがどういった由来の物か、分からないんだって。いろんな人が調べたけど、不明なままらしいよ」
『え? 俺は? 剣が刺さってたとかいう情報はないのか?』
「祭壇に、剣が刺さってたりは?」
「剣? さあ、聞いたことがないな」
『うーむ。俺の由来が分かるかもしれないと思ったけど、そう簡単にはいかないか』
ランデルはそれ以上の情報を持っていなかった。残念だ。
「魔狼の平原は、枯渇の森っていう、魔力を吸収する特殊な森に囲まれてるんだ」
あれには俺も苦労させられた。二度と入りたくない場所だ。
「そのおかげで、魔狼の平原の魔獣たちが外に出て来ないんだけど、影響が全くないわけじゃないんだよ。数年に1度、縄張り争いがあったりして、大型の魔獣同士の戦闘が起きるんだ」
なるほど、エリアボスの世代交代みたいなことかな?
「その時に、枯渇の森や、その周辺に住む魔獣たちが怯えて、とても攻撃的になる。強い魔獣たちの気配に怯えて、逃げてきた魔獣が、街道に出没したりもするし。今回も、縄張り争いが起こったんじゃないかな?」
これ、完全に俺のせいだよな。なにせ、エリアボスを全狩りしたし。その戦闘の余波が、この辺まで及んでしまったという訳だ。てへぺろっ。
ランデルは街道を引き返すか迷ったが、戻ると運搬依頼の期限に間に合わないため、無理をして進んできたらしい。
はっはっは。すまなかったランデルさん。お詫びに、どうにかふんだくろうと計画していた護衛料は、せびらないでおくからな。いや、まじでごめん。




