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167 黒虎の力

 ルミナが、とんでもない言葉をさらっと口にした。


「我を殺せば進化できると言ったら、どうする?」

「ルミナ様を――殺す?」

「もしもの話じゃよ。どうするかの?」

「殺さない」


 フランが即答する。


 それはそうだろう。確かに進化はフランの目標だが、それは黒猫族という種族の誇りを取り戻すためでもある。先達の命を奪ってまで、進化をしたいと言うはずが無かった。


 それに、ディアスからはダンジョンマスターを殺すなとくぎも刺されている。まあ、俺たちが殺せるような相手とは思えんが。


 もし殺せたとしても、ギルドから反逆者認定されるだろう。そういう意味でも、俺たちにルミナは殺せなかった。


「そうか……そうじゃな。そう言うじゃろうな。ほんによう似ておる」

「ん?」

「いや、こちらの話じゃよ。済まなかったな、変な質問をして。じゃが、我が伝えることができるのはここまでじゃ……」


 今の質問は一体何だったのか。もしかして、本当にルミナを殺せば進化できるとか? いや、まさかな。だったらそのこと自体を言葉にすることができないはずだ。だが、意味のない質問をするだろうか? 今の質問に進化のヒントがあるとか?


 同胞である黒猫族の命を奪うのが進化の条件とか? もしくは、ダンジョンマスター? いや、以前に俺たちはゴブリンのダンジョンマスターを倒している。ダンジョンマスターを倒すと言うのは違うか。


 うーん、分からんな。


「ほれ、茶じゃ」


 気落ちしたフランを慰めるためか、ルミナが手ずからお茶を注いでくれる。そして、黒猫族の集落での話や、自分が若かった頃の話をしてくれた。進化に関する事でなければ、話すことができるようだ。


 ルミナがまだダンジョンマスターになる前、500年前の話だが、その頃は黒猫族は当たり前に進化が出来て、他の種族とも対等に付き合っていたらしい。いや、むしろ他の獣人たちを従えていた様な言葉さえあった。その辺の詳しい話は出来ないようだが。


 混沌の神の誓約の範囲が今一つわからないな。さらに話を聞いてみると、進化に関する事柄、そして神がなぜ黒猫族に枷を嵌めたか、その辺については話すことができないようだった。


 それにしても、500年でここまで黒猫族の情報が忘却されてしまうものか? 何百年も生きるエルフなども居る訳だし、地球よりも昔の話が残っていても良さそうなものだが。進化していたという事実さえ忘れられてしまっている。これも神の仕業なんだろうか。エルフなどに話を聞いてみたいな。


 その後、結局進化の条件は分からなかったものの、2人ともに久々に出会った同族だ。話は弾み、最後には互いに笑顔が浮かんでいた。


「さて……お主に一つ頼みたいことがある。良いかの?」

「ん。何でも」

「ははは。なに、難しい事ではない。ディアスに伝言を頼みたいのじゃ」

「ディアス? オーレルじゃなくて?」

「うむ。ディアスにじゃ。一言、約定を果たせ、と伝えてくれるか?」

「分かった」

「逆に、主から何か願いはないのか? 出来る事ならば何でもしよう」

「願い?」

「うむ」


 ルミナにそう言われ、フランがじっと考え込んだ。色々と浮かんでは消えているんだろう。


(師匠?)

『フランがしたいようにすればいい。何でも良いって言ってるんだし、思い浮かんだことを言ってみればいいさ』

「わかった」

「決まったかの?」

「ん」


 ルミナの問いに、フランがコクリと頷く。そして、闘志の籠った目で、静かに告げた。


「一手お手合わせを頼みたい」

「ほほう」

「黒虎の力を、見せて」


 強い相手との模擬戦とはフランらしい願いだった。それに、自分が目指す先、その強さを肌で感じてみたいのだろう。


 そんなフランに対して、ルミナは心底楽し気に笑っていた。


「良いだろう。我が力、見せてやろうではないか! ちょっと待っておれよ。準備をしてくるでな」

「ん」

「それまではこいつが主の相手をしよう。なんなりと言いつけるが好い」


 ルミナの言葉と共に現れたのは、執事のような服を着こんだ人形であった。デッサンなんかで使う木人形だ。


 その人形は人間と変わらない滑らかな動作で一礼すると、フランのコップに紅茶を注いだ。


「ありがと」


 フランの言葉にも、人形は静かにうなずく。さらに人形は部屋の隅にあった棚から、クッキーとチョコレートを取り出してきてくれた。そして、どうぞとでも言うかのように、フランの前に取り分けて置いてくれるのだった。


 喋ることは出来ないようだが、ルミナの使い魔とかそう言う存在なんだろう。


「ん。おいしい」



 10分後。


「待たせたな。準備ができたぞ」

「ん?」


 ルミナが戻ってくるが、フランは小首を傾げた。準備ができたと言いながら、ルミナの格好は何も変わっていなかったのだ。


 薄い布の服に、要所を彩る装飾品。鎧の様な物さえ身に着けておらず、貴族の部屋着と言った感じの出で立ちだ。唯一の変化は、腰に下げた一振りの剣だろう。


 ただ、その剣も特に魔力は感じられない。業物ではあるのだろうが、魔剣ではないようだった。


「こちらについてまいれ」


 そう言ってルミナがさっさと歩き出す。慌てて後を追った俺たちが見たのは、直径が100メートル程は有りそうなドーム状の部屋であった。


「戦うのにちょうど良い部屋が無くてな。作ったばかりで殺風景じゃが、手合わせをするには問題あるまい?」


 準備と言うのはルミナの装備などの事ではなく、部屋を用意したという意味だったらしい。さすがダンジョンマスター。スケールがでかい話だ。


(師匠は、見てて)

『分かってるよ。これはお前の戦いだからな』


 まあ、模擬戦だしな。


「さてと、やろうかの?」

「装備は?」

「ほう? 我に一撃を入れる自信があると?」

「勿論」

「ははは。その意気じゃ! 心配しなくともよい。この服は魔力で強化されておる、そこらの金属鎧などよりも余程丈夫じゃ。それに、身代わりの腕輪も装備しておるでな。遠慮せずに本気で来い」

「わかった」

「では――いくぞ?」

「ん!」


 そして、闘いが始まった。ルミナは剣士らしい。フランと普通に打ち合っていることからも高レベルなのは確実だろう。


 鑑定遮断のせいで確認できるスキルは、気配察知などの感覚系スキルばかりだが、どうやら魔術も使うようだ。魔力操作スキルも視ることができたからな。


 始まりは互いの技量を確かめ合う様に静かに。だが、次第にその剣筋は鋭く、激しく変化していく。


「良いぞ! その年でこれほどの腕とは!」

「ん!」

「そらそら! どうした!」

「はぁ!」

「甘いわ! 今のはもう一歩踏み込めたじゃろう!」


 やはりルミナの方が一枚上手だな。フランがほぼ全力なのに対して、ルミナにはフランのミスを指摘したり、指導するように叱咤する余裕が残っているからな。


「これだけではないだろう! もっと本気で来るがいい!」

「ん。ファイア・ジャベリン!」


 フランが炎の槍を投げつけると同時に、斬りつけた。だがルミナは炎の目くらましに引っかかることもなく、あっさりとその二段攻撃を躱していた。


「甘い! その程度では攪乱にもならん!」

「ん!」


 そこからは魔術を絡めた激闘だ。ルミナはやはり魔術を使えたようで。火と風の魔術を要所要所で使ってくる。


 1時間近く戦っていただろうか。


 フランの息も荒くなってきた。対するルミナの表情は満足げだ。


「進化せずにこれほどの強さを手に入れておるとは……。進化に至れば、確実に名を残す戦士となるであろうな」


 そう言って笑う。だが、唐突に表情を引き締めた。


「では、そろそろ終いと行こう。最後に、お主が目指す先、その力の一端を見せてやる。まあ、死にはせんよ」

「望むところ」


 ルミナの体から凄まじい魔力が漏れ出し、俺の刀身がビリビリと震えた。これはヤバイ。漏れ出すだけでこの圧力。リンフォード以来だ。


「行くぞ……迅雷!」


 それだけルミナに対して集中していたからだろうか。やけにハッキリとその呟きが聞こえる。そして次の瞬間、凄まじい閃光と共にフランの体が吹っ飛んでいた。



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