163 ディザスター・ボールバグ
巨大な黒い玉――ディザスター・ボールバグが迫る。こいつが非常に厄介な敵だった。
その巨体を使った突進攻撃の威力は言うに及ばず、さらに機敏さも兼ね備えているのだ。
ギリギリで躱したと思ったら、魔力放出で直角に曲がってきたりもする。ショート・ジャンプで躱さなければ、今頃ペチャンコだったろう。
空中跳躍まで持っており、空中に逃げても追ってきやがった。
さらに面倒なのがその硬さだ。生半可な攻撃では表面を削るだけの様な浅い傷しか付かず、直ぐに再生してしまう。防御力だけで言えばリンフォード並だろう。
しかも、こちらが攻撃した瞬間にカウンターを合わせる様に、振動衝を使ってくるのだ。どうやら察知系のスキルでこちらの動きを正確に把握しているらしい。
攻撃を避けながらの散発的な攻撃では、ディザスター・ボールバグを倒すことは出来そうもなかった。むしろダメージを受ける始末である。
なら話は簡単だ。
「ん。いつも通り」
そう。俺たちお得意の一撃必殺である。
「師匠」
『おう』
このダンジョンで何百回と繰り返してきたおかげか、俺は形態変形をかなり使いこなせるようになっていた。特に使うことが多い刀形態には、もう一瞬で変形できる。しかも、このまま1時間以上は無理なく維持することができるだろう。
「師匠、いく」
『おう! ウルシは奴を引きつけろ』
「ガルル!」
俺たちは気配を消してボールバグから距離をとる。そして、ウルシが奴を挑発してその注意を引き付けた。
ウルシの放つ闇魔術に反応した黒巨玉は、軌道を変えてウルシに向かっていく。ウルシは巨狼の姿なのだが、ボールバグに比べるとちっさいな。
「ガッルルァァ!」
敏捷力ならウルシはフラン以上だし、影渡りもある。危なげなくボールバグの突進を躱していた。途中途中でわざと動きを止めてみたり、魔術を放ったりして、ボールバグの注意を引き付けてくれている。
その間に俺たちの準備も完了だ。とは言え、リンフォードと戦った時ほどの広さが無いので、あの時の攻撃を完全再現することは難しいだろう。上空からの落下による運動エネルギーは見込めない。この後何があるか分からないから、全魔力をつぎ込むこともできない。
だが、やり様はある。俺たちだってただ漫然と逃げ続けていたわけではないからな。
ボールバグが壁に突っ込んで、一瞬だけ動きが止まった隙を見計らい、フランが突進する。
魔糸生成と空気圧縮による糸を使った反動からの突進。さらに風魔術、火炎魔術で加速する。最後は空気圧縮を利用した抜刀術に、一瞬だけ発動した重量増加、属性剣の二重発動で全ての破壊力を切先の一点に集中させた。
「はぁぁ!」
『貰った!』
勝利を確信した俺だったが、相手を侮りすぎていたようだ。単に攻撃力が強いだけの単細胞が、脅威度Cにランクされる訳がない。
ギュリリリリ――。
なんとボールバグの野郎、魔力放出を利用して斬撃と同じ方向に独楽のように回転して、威力を受け流しやがった。
外殻を相当深く斬り裂いてはいるが、中の本体まで傷は届いていない様だった。
『やるな!』
「さすが強い」
『だが、最低限目標は達したぞ』
この攻撃で倒せれば最高だったが、決めきれなかった時のこともちゃんと考えてあるのだ。
俺たちは今穿ったばかりの傷口を観察する。
『やっぱり思った通りだ』
「ん。凍ったら再生できない」
俺たちがボールバグを攻撃するときに使った属性剣は、よく使う火炎や雷鳴ではなく、氷雪だった。
ここまでの攻防で色々と弱点を探っていると、氷雪属性で付けられた傷は再生が非常に遅いという事に気づいたのだ。
狙いはバッチリだったな。あとはあの亀裂にもう一度攻撃を叩きこんでやればいい。今度こそ内部まで到達するだろう。
「もう一度」
『今度こそ仕留めるぞ!』
「オン!」
さっきは魔力放出を使って回転することでダメージを軽減されてしまった。それに、ああも高速で回転されてしまうと、亀裂を正確に狙う事も難しいだろう。
『まずは奴に魔力放出を使わせる。その直後に攻撃だ。あの巨体を動かす程の威力の魔力放出、連続では使えないだろう』
「ん。ウルシまたお願い」
「オン!」
俺たちは奴を倒すべく、再び行動を開始した。やることは同じだ。ウルシは奴の注意を引くように攻撃を繰り返し、俺たちはヒッソリとチャンスを待つ。
そして、その機会はすぐにやって来た。
ボールバグが再びウルシに誘導される形で、壁にめり込んだのだ。しかも、その直前に魔力放出で軌道を変えている。
俺たちは間髪を容れずに飛び出した。さっき俺たちが穿った傷口は、綺麗にこちらを向いている。あそこにもう一発攻撃をぶち込めば俺たちの勝ちだ。
『いくぞ』
「はぁぁ!」
再びの全力攻撃だ。フランが神速で踏み込む。
だが、俺たちはボールバグの底力を見誤っていたようだ。戦いはこちらが優勢。もう直ぐで勝てる。そう思っていた。いや、そう思わされていたということか。まさか蟲に駆け引きで負けるとは。屈辱だ!
ボバン!
なんとフランの斬撃が当たる寸前、ボールバグの傷口が内側から爆ぜ跳んだのだ。
俺たちが躱せない様に、至近距離まで近づくのを待っていたんだろう。奴もかなり無理をしているのか、魔力が大きく減ったのが分かった。
「んぁぁっ!」
『くそぉっ!』
圧縮された魔力の白い閃光と、砕け散って散弾の様になったボールバグの甲殻が、俺たちの視界一面を覆った。




