159 罠って本当に嫌ですね
『フラン、行けそうか?』
「ん」
俺たちは東のダンジョンの14階にいた。すでにウルムットで5日間活動しているからな。低層階ではもうすることが無いのだ。
今はこの辺の階層で魔獣を狩りつつ、罠に関するスキルの腕を磨いていた。オーレルからの依頼もあるが、急いで怪我をしては元も子もない。焦らずゆっくりと攻略を進めているのだ。
現在フランは罠の解除中である。
すでにダンジョンの下層まで来ているだけあり、この辺の罠はその難解さも、嫌らしさも上層階とは段違いだ。
例えば、ダミーのワイヤーが無数に用意されているかと思ったら、実は何もしなければ発動しなかったり。飛び出た矢が違う罠を起動させ、その罠がさらに違う罠を起動させたり。
内容も即死系や、転移系の様な危険罠が増えてきた。また、転移封印や気配察知封印などの、特殊空間も姿を見せ始めている。まあ、封印無効を持っている俺には意味ないが。
ギルマスがダンジョンマスターと交渉をしたとは言え、そこはやはりダンジョン。単なる修行場ではなかった。
「……ん。できた」
『お? どれ』
うん。綺麗に解除できているな。
このダンジョンは、下層に行くと罠の量が凄まじいこともあり、魔獣には罠感知、罠解除、罠作成のスキルを持つものが多い。戦闘力は低いが、罠を利用した嫌らしい闘いを仕掛けてくるのだが、その魔石を吸収しまくったおかげで、俺のスキルレベルは相当上がっていた。
現在は罠解除:Lv4、罠感知:Lv7、罠作成:Lv3である。
しかも練習用の罠にも事欠かない。おかげで、フランの罠解除の腕前は、ダンジョンに入った頃に比べて飛躍的に向上していた。
それに、先日手に入れた氷雪魔術、溶鉄魔術が罠の解除に中々役立ってくれるのだ。
まあ、月光魔術は全然使い所が無いけどね。夜間に使えばステータスが上昇するムーン・フェイズと、一定時間暗視能力を得るナイト・ビジョン。正直微妙だ。しばらくは使わないかな。Lvを上げて、反射系の魔術を早く手に入れたいところだ。
ただ、他の二つはかなり役立ってくれている。
氷雪魔術で罠の内部を凍らせて固めてしまえば、罠の発動を阻害できるし、爆破系の罠ならそれだけで阻止できてしまう。
溶鉄魔術はさらに応用が出来た。その名の通り鉄を溶かして罠自体を無効化したり、ギミックを溶接して動かなくしたりできるのだ。
どちらも戦闘以外での応用が色々と利きそうな魔術だった。
とは言え、さすがは罠メインダンジョン。まだまだ解除が確実とは言い難い。今も、フランが短く声を上げていた。
「あ」
『ショート・ジャンプ!』
「キャイン!」
危ない! 今まで俺たちが居た場所に、超高速で放たれた水の弾丸が降り注いでいる。直撃していたら大怪我だっただろう。頭部などに当たっていれば命も危うい威力だ。
「ごめん」
『まだ完璧とはいかないか』
「ん」
「オン」
とは言え、今の罠は解除しないと先に進めないタイプだったしな。仕方ない。
今の俺たちの目標は、オーレルからの依頼以外に4つある。
1つは俺たちのレベル上げ。1つがランクアップのクエスト達成。1つは各種スキルの習熟。そして、最後の一つが思考操作系スキルを防ぐためのスキルを手に入れる事。
具体的には強制親和や思考誘導の様な、こちらの思考や精神に僅かに働きかけてくる嫌らしいスキルを防ぐためのスキルだ。
状態異常などとも違い、ほんの僅かな操作。簡単な誘導だ。だからこそ、上手く使われると非常に厄介である。
で、これを防ぐためのスキルを探してみたら、このダンジョンの深層にそのスキルを持っている魔獣が居るらしいと分かったのだ。
ディアスによると、そいつには思考誘導が全く効かなかったのだとか。ソラスに面会した時にも同様の質問をして、同じ答えを得られていた。
なので今の俺たちはスキルの練習をしつつも、このダンジョンの深層――つまり18階以降を目指して進んでいた。オーレルの依頼もあるし、一石二鳥だね。
本格的に攻略を目指してダンジョンに突入してから2日。すでに14階への階段の目前だ。悪くないペースだと思う。
俺たちには次元収納があるから、食事も風呂も寝床も問題ないし、フランとウルシに全くへこたれた様子はなかった。むしろ強くなる敵や難易度を増す罠を前に、テンションが上がり続けているほどだ。
14階に降りて最初の部屋には、大きな影が複数佇んでいる。
「グルルルル」
「師匠、ハイ・オーガ」
『っていう事は、この部屋は罠なしか』
このダンジョンに居る魔獣で、唯一罠に対応できない脳筋がこいつらだ。なので、こいつらがいる部屋にはまったく罠が仕掛けられていなかった。絶対に自爆するからな。
その分パワーがあり、ランクD冒険者でも手こずる強さを誇っているが。
正面からの叩きで普通に勝てる俺たちにとっては、罠を気にせずに戦える安心安全な場所であった。
『行くぞ!』
「ん」
「ガルルルル!」
奇襲で一気に殲滅する。あまり時間がかかってしまうと、他の魔獣が集まってくることがあるし。
ウルシがハイ・オーガに一気に飛びかかり、牙を突き立てようとする。
「ガルルァ!」
そして、俺たちに矢が降り注いだ。
『うぉ! エア・シールド!』
「ガウゥン?」
俺は咄嗟に魔術で防ぎ、ウルシは慌てて影に潜る。
どうやらこの部屋には罠があったらしい。ハイ・オーガを見ると、矢が全て硬い皮膚に弾かれている。
なるほどな。ハイ・オーガにとっては全く問題ない罠ってことか。だが、俺たちにとっては十分脅威になる。
14階になって、さらに嫌らしさが増したぜ!
『とりあえずこいつらを片づけちまおう。インフェルノ・バースト!』
「ガルルルッ!」
俺の放った火炎魔術が、1匹のハイ・オーガを貫き、その身を瞬時に炭化させる。さらに、影から飛び出したウルシが闇の槍を降らせて、1匹を串刺しにした。
『もうハイ・オーガが居ても安全圏じゃなくなったか……』
「のぞむところ」
フランがやる気なのが救いだがな。
『この後、罠もさらに難度が上がるだろうからな。気を付けろよ』
「ん」
『ウルシも、気を付けろ。今みたいなことが無いようにな』
「クゥン……」
その後のことだ。進む俺たちは、初見の罠を発見していた。
「ここ、変な線がある」
『良く気づいたな……。俺には薄らしか見えん』
「これも罠?」
映画とかでよく見る、赤外線センサーにそっくりだった。目に見えるってことは、魔力的な何かなんだろうが……。見ただけだと、どんな罠が起動するのか分からないな。
「一回起動させてみる?」
『そうだな……。今後の為にも、情報は欲しいし』
俺たちは罠から出来るだけ遠ざかり、罠を起動させてみることにした。俺が分体を創り出し、センサーに触れさせる。
ゴウンゴウンゴウン……。
何か不審な音が聞こえてきたな。
「師匠、壁が動いてる」
『え?』
フランの言う通りだった。通路の奥の壁がスライドするように動いている。そのまま見守っていると、一直線に伸びていた通路が、右曲がりの構造に変化していた。
なるほど、これが罠の正体か。大掛かりだな。正直、見ただけじゃ構造が理解しきれん。これも何度か解除してみて、慣れるしかないぞ。
そう思っていたら、再び例の振動音が響いてくる。
ゴウンゴウン……。
「師匠?」
『いや、もう分体は消したぞ! ウルシ?』
「オウンオウン!」
ウルシも必死に首を振って、自分じゃないアピールだ。だが、現に壁が動いている。
そして、今度は左側の壁が消え去り、急に通路が出現した。その向こうには1匹のハイ・オーガだ。
『そうか、ハイ・オーガが起動させたんだ!』
つまり、そういう罠なんだろう。自分たちがどれだけ気を付けていても、ハイ・オーガによって各種罠が起動されてしまうのだ。
これだけ深い階層で、地図が使えなくなるとしたら? せっかく覚えていた罠の位置なども変わってしまうだろう。かなり危険度が増す。
「ゴルルルアァァ!」
向こうもこっちに気づいたか。
『まずは奴を片づけるぞ!』
まったく、厄介なダンジョンだな!




