156 Side 冒険者
Side 冒険者
馬鹿で哀れな青猫族の男たちの場合
悪夢だ。
これは悪夢に違いない。
「お、おい。タルカス? ラース? トルド? 何してんだよ?」
俺の目の前に、仲間たちが倒れていた。全員が両手両足を失い、激痛と絶望の叫びを上げながら血だまりの中でもがいている。
「てめぇ! よくもタルカスたちを!」
「……」
「すかしてんじゃねえ! 死ねや! おらぁ!」
「ん」
「馬鹿な! くそ、離しやがれ!」
嘘だ! 俺の棍棒を、こんな小娘が素手で止めるなんて! あるわけがない! しかも、腕力だけはランクD並と言われるこの俺様がどれだけ力を入れても、ビクともしやがらねぇ!
「ひ、卑怯者が! どんなトリックを使ってやがる! じゃなきゃ、黒猫族なんぞに俺様が負ける訳が――」
「ふん」
「がっ!」
何をされた、腕と足が焼ける様に熱い。があああああああああああ――。
凄まじい激痛が俺を襲う。
一瞬の後、俺は気づいた。俺が相棒たちと同じような姿で倒れ伏していることに。
何で、こんなことになった? たった10分前まで、気持ちよく酒を飲んでいたっていうのに――。
「なあ、あれ見てみろよ?」
「なんだ?」
「ほら、あそこだよ」
「なんでガキがこんな場所に居やがるんだ?」
タルカスが顎をしゃくった方を見ると、どう見ても酒を飲める年齢には見えないガキが、1人で飯を食っていた。
ここは冒険者が集まる酒場だ。普通だったらあんなガキは入り口で抓み出されるはずなんだがな。
「ぐへへ。ここは俺たちが大人として注意してやらなきゃなるまい?」
「へっへっへ。何が大人としてだ。泣かせがいがありそうなガキ見つけて、喜んでるくせによ」
ラースがニヤリと楽しげに笑う。トルドの言葉通り、ちっとばかり説教をくれてやって、その代わりに授業料を頂いてやるつもりなんだろう。
酔った足取りでガキに近づいていく。
「おい、ここはお前みたいなガキが来るような場所じゃないんだよ」
「そうそう。ここは冒険者だけが入れる酒場なんだ。ガキが入っていい場所じゃねえ」
「……」
「おい! 何黙ってやがる!」
「何とか言ったらどうなんだ? ああん?」
「……」
「ビビッて声も出ねえのか?」
「だったら最初からこんな場所に来るんじゃねえよ。おら、とっとと消えろ。そうすりゃ軽くヤキ入れるだけで済ませてやるよ」
「けひひ。これも勉強だと思って諦めな! 世の中には怖ーい大人も居るんだってことを知れてよかったじゃねぇか?」
「ああ、勿論授業料は頂くぜ? 俺達も鬼じゃねえ。着てる物は許してやるよ。それ以外は置いていきな」
「ぎゃはははは。俺達って優しいなぁ!」
「……」
「ちっ。本当に喋らねぇな」
「おい、タルカス。このガキ、黒猫族じゃねえか?」
俺様としたことが、酔ってて気づかなかったぜ。よく見たら、黒い耳に、黒いしっぽの猫獣人。黒猫族だ。
「げっへっへ。なんだお前黒猫族なのかよ? だったら前言撤回だ。着ている物も全部置いてけ」
「そうそう。なんせ黒猫族だからなぁ。お前らは俺たち青猫族の餌って決まってるんだぜ? ああ、言わなくても分かってるか? なにせ生まれついての最弱奴隷種族、雑魚猫族だからなぁ!」
良いところで財布を見つけたぜ! どんな理由でこんな場所にいるのか分からないが、黒猫族は俺たち青猫族にとって良い獲物だ。そう決まっているのだ。
「うるさい。黙れ」
「ああ? 今何か言ったかぁ?」
「くさいうるさいきもい。口を閉じて消えろ」
雑魚猫族如きが俺様に口答えしやがった! 青猫族のこの俺様に! これはちっとばかしお仕置きが必要だな。
「こ、このガキ! 黒猫族如きが、俺らに逆らいやがったな!」
「今すぐ這いつくばって命乞いをしやがれ!」 「そうすりゃ半殺しで許してやる! 雑魚猫族如きが対等だと思うなよ!」
「……むぅ」
くくく。俺たちの恫喝にビビったのか、小娘は声も出せずに震えてやがる。だったら最初からたて突くんじゃねえぇ! 財布代わりの最弱種族の癖しやがって。だが、この小娘は許さねえ。雑魚の黒猫族如きが、青猫族である俺たちに逆らったんだからな!
しかし、俺たちは武器を抜くことさえできなかった。
「クズの青猫族。せいぜい後悔して余生を生きろ」
メスガキの言葉の直後だった。
まずはラースが吹き飛んだ。ほぼ同時にトルドも。そして、直後にはタルカスが。その次は俺の番だった。
「うがぁぁ!」
殺すつもりで振り下ろした棍棒は素手で掴み取られ、手足を切り刻まれて床に転がされる。
「あああああああああああ」
うるさいな、何だ? ああ、俺の口から出てる悲鳴か。
なんでこうなった? 俺たちは黒猫族のガキをちょいと甚振ってやろうとしただけなのに。
俺の前にガキが立つ。何て目をしてやがる。殺意と憎悪じゃない。殺意や憎悪は対等な相手に向ける感情だ。だが、こいつの目には嫌悪しかない。汚い油虫でも見るかのような、路傍に転がる生ごみでも見るかのような、そんな目だった。
「お前は雑魚猫族って2回言った」
ガキは振り上げた剣を躊躇なく振り下ろす。
「ぎぃぁぁ!」
このガキ! 俺の尻尾を! ああああ!
なんでこんなことになった!
助かった白犬族の男の場合
俺はただ唖然としながら目の前の光景を見つめていた。
とてもじゃないが、現実のこととは思えない。それくらい有り得ない光景だった。
この光景を認めてしまったら、今までの常識が揺らぎかねない。
だが、伝わってくる音と振動は、これが現実のことであると嫌でも教えてくれる。
「はぁぁ!」
「グギャァオオォォオォッ!」
少女の振り下ろした剣が、最後のハイ・オーガを両断した。
「まじ、かよ……」
俺は思わず唸ってしまう。あんな幼い少女が、脅威度D魔獣の群れを一蹴してしまった。ほぼ一撃一殺。鎧袖一触って言うのは、こういう光景を指す言葉だろう。
ハイ・オーガは弱くない。というかメチャメチャ強い。一発でフルアーマーをぺしゃんこにする馬鹿力と、異常な再生力。そして、ろくに刃を通さない硬い皮膚。
十分すぎる程に強敵だ。よーく分かっている。何せ数分前まで殺されかかっていたんだからな。あいつら、俺の剣程度じゃ全くダメージを通さないでやんの。本気で死を覚悟したね。
そこに現れたのが、あのお嬢ちゃんって訳だ。
絶望からの希望。そしてそこからの絶望だよ。だってそうだろ? 殺されかけているところに助けが来たと思ったら、それが黒猫族の少女だったんだぞ?
相手はハイ・オーガの群れだ。このダンジョンで最も強く、最悪の相手。5匹の群れであれば脅威度Cに達するだろう。とてもじゃないが、あの少女が勝てるとは思えない。というか、勝負にならないだろう。俺が逃げる時間くらいは稼いでほしいところだが、それさえ不可能なはずだ。
いや、そのはずだったんだが……。
結果は想像外。5匹のハイ・オーガを殺すのに、3分かかったか? 俺が同じ数のゴブリンを殺すのよりも速かった。
「黒猫族のガキ……」
俺は最近囁かれている1つの噂を思い出した。
最近ウルムットに現れた、ランクD冒険者。ただそれだけなら、よくある話だ。ここはクランゼル中から中級、低級冒険者が集まってくる町だからな。
だが、その冒険者は全てが規格外であった。
曰く、年端もいかない少女である。曰く、最弱の種族、黒猫族である。曰く、ちょっかいを出したやつは尽く冒険者生命を絶たれる。曰く、パーティーを組まずソロで活動している。曰く、それでありながらダンジョンに潜り続け、凄まじい戦果を挙げている。
馬鹿らしい。酔った奴らが適当にホラを吹いているか、自作自演だろうと思った。名を上げるために自分で噂を流す奴が時折いるのだ。
そもそも黒猫族が強いという時点で有り得ない。それが俺たち獣人の常識だった。
獣人ていうのは、強さを信奉している。多少素行が悪くても、強けりゃ許される。逆に言えば、何をされても弱い奴が悪い。そんな風潮が根強い。そんな獣人の中にあって、黒猫族っていうのはヒエラルキーの最下位だ。青猫族のクズどもみたいに売り飛ばそうとまでは思わんが、下に見ていることは確かである。
だからこそあんな小さい、しかも黒猫族の少女が自分よりも圧倒的に強いなどと信じられなかった。他の冒険者たちもその思いは同じだったのだろう。だからこそ、その噂は強さや外見についてよりも、その種族について語られることが多かった。
「あのガキが、噂の黒猫か」
噂は本当だったらしいな。
最近になって黒猫という異名で呼ばれ始めた少女は、こっちを見る事さえしない。ハイ・オーガがメインで、俺を助けたのはほんのおまけに過ぎなかったんだろう。
俺のプライドはズタズタだ。これでもランクD冒険者だったんだがな。
だが、俺は幸運だ。プライドなんてもんに拘れるのも、生きていればこそだからな。
怪我もせず、命も落とさず済んだ。
それに、黒猫に絡んで冒険者生命を絶たれる前に、黒猫の強さを知れた。初対面が酒場だったりしたら絶対に絡んでいただろうしな。
「皆にも教えてやろう。あいつら俺と一緒で馬鹿だから、絶対あのガキに絡むに決まってるからな」




