144 ディアスの能力
エルザが去った室内。ギルマスが軽くため息を吐く。
「ふー、彼も悪い人間じゃないんだけどね。合う合わないがあるから」
生理的に無理っていう奴はいるかもな。フランは平気そうだけど。でも、まだ距離感は掴めてない感じだ。
「彼は、何というか少し特殊だろう?」
「男なのに、女?」
「それもあるね」
それも? それもって言ったか?
「他にもあるの?」
「まあ、君はエルザくんと関わることも多そうだし、教えておいた方が良いかもな。フランくんがエルザくんの毒牙にかかったりしたら、僕の身が危ない」
ディアスが真面目な顔で何やらブツブツと呟いて、思案しているな。
「エルザくんはね、男だが女性の心を持っている。でも、男性と女性、どちらも愛せるんだ。しかも愛せる年齢の幅が広い。それこそ、フラン君から、僕までと言えるくらいね。あと、ちょっと虐められるのが好きっていう変わった趣味の持ち主なんだ」
『…………』
(師匠?)
『はっ! やばい、一瞬とんでた』
オカマでバイでストライクゾーン超広めで、しかもマゾ? 生物としての本能に全力で逆らい過ぎだろ! なんかもう色々盛り過ぎでお腹パンパンです。俺の精神の均衡のためにも、エルザには出来るだけ近寄らない様にしよう。
「???」
フランの頭上に?マークが大量に見える気がする。
(師匠? 分かる?)
『ま、まあな。でも、フランは分からなくてもいいぞ』
(なんで?)
『お、大人の事情だ。子供の内は知らなくて良い。というか、知らない方が幸せだ』
(う?)
むしろずっと知らないままでいてほしい。
『と、とにかく、エルザはちょっと変わった奴なんだ。それだけ分かってればいいから』
(ん。わかった)
ふう、良かった。フランにエルザの性癖を詳しく説明する羽目になってたら、俺の精神がもたないところだったぜ。
「エルザくんは子供ならば見て愛でるだけで手を出す様な真似しないし、自分から迫る様なこともしないんだけど……。あれでもウルムットのエースだからねぇ。彼に憧れて、ちょっと変わった趣味に走っちゃう子がいてね」
ああ、それが毒牙にかかるっていう事? むしろ毒されるって言った方がいいな。
「実は君のことをある人物からお願いされていてね。これでフランくんがエルザくんの影響を受けるようなことになったら……。僕が彼女に殺されちゃうかもしれない」
「ある人物?」
「うん。鬼子母神のアマンダ。知り合いなんだろう?」
「ん」
「バルボラから鷹で手紙が来てね。これなんだけど」
ディアスが苦笑しながら1枚の手紙を見せてくれた。そこにはフランの名前や特徴、そしていかに可愛くて良い子なのかという説明がびっしりと書き込まれていた。最後には「フランちゃんは可愛くて目立つから、きっと他の冒険者が意地悪するわ! あなたが何とかしなさい! 良いわね! あと、エルザは絶対にフランちゃんを気に入るから、監視しなさい!」と書かれている。
「彼女とエルザくんは仲がいいんだけど、アマンダくんは子供に関しては一切妥協しないからねぇ」
「ん」
「本当に悪い人間じゃないんだけど……」
ありがとうアマンダ。ギルマスとの縁とかそれ以前に、エルザに関してギルマスの協力が得られそうなのが一番嬉しい。いや、俺だって悪い奴じゃないっていうのは分かるんだが……。
もしエルザに気に入られて、四六時中纏わりつかれるような事になったら、俺が持たないのだ。
「さて……。ちょっと真面目な話があるんだが、良いかな?」
ディアスが急に真面目な顔になり、イ〇リ司令みたいに顔の前で手を組む。何だ急に?
「その剣、普通の剣じゃないね?」
そして、いきなり爆弾発言を投下してくれやがった。
『なっ!』
「!」
「ふふ。何故バレたのか、疑問の様だね? もう一度僕を鑑定してみてくれるかい?」
「?」
「ほらほら、騙されたと思って」
うーん。ここはディアスの言葉に乗っておくか。どうして俺の正体がバレたのか、その秘密は知っておきたい。俺はディアスを再度鑑定してみた。
(師匠?)
『うーん? ああ、スキルが増えてるか?』
ステータスの数値などに変化はない。スキルのレベルなども。ただ、スキルが2つだけ増えていた。鑑定偽装と、読心。共にレベル8だ。
「見えたかい?」
「ん」
「鑑定偽装は全体的にステータスを誤魔化すことにも使えるけど、僕みたいに隠したいスキルだけに効果を集中させて、完全に隠蔽するのにも使えるんだ。読心は僕の切り札だしね」
鬼に金棒、ディアスに読心。搦め手の戦いが得意そうな奴には相性が良さそうなスキルだな。
「相手の裏をかくのにも使えるし、技能忘却とも組み合わせられる。鑑定があれば簡単なんだけど、僕には適性が無くてね。どれだけ修練を積んでも覚えられなかったんだ。まあ、武器スキルや魔術は見れば分かるし、スキルだって使う時にそのことを全く考えない人間はほとんどいないからね。読心でも対応は可能なのさ」
それは分かるけど、俺はもっとヤバイことに気が付いた。
読心:対象の思念を僅かに読み取る
読心スキルはその名の通り、相手の心を読むスキルだ。で、これを応用したら、俺の思考が読めるんじゃないか? つまり、剣なのに精神があって、思考をしているってことがばれるんじゃ?
「ふふふ。焦ってるね。気づいたかな? そう。読心で君たちの思念を読み取った結果、フランくんの背負う剣に意思があると気づいたわけだ」
『やばい、思考をまた読まれてる』
「まあ、切っ掛けは偶然だけどね。喧嘩を近くで見てて、もしフランくんが彼らの命を奪う気だったら止めに入ろうと思って、読心を使ってたんだ。殺意は読みやすいからね。そしたら、誰かと思念でやり取りをしているじゃないか。で、背負っている剣に意思があると気づいたわけさ。一応言っておくけど、普段から誰彼構わず思考を読んでいるわけじゃないからね?」
俺たちに声をかけてきた時には、もう俺の事に気づいてたって訳か。フランを呼び出したのも、この話をするためか?
「さて、その剣の正体、教えてくれないかな?」
(どうする?)
『うーん。ここまでばれちゃってるんなら、隠そうとしてもディアスの不興を買うだけだろうし……』
とは言え、証拠がある話じゃない。知りませんと突っぱねても良い気がする。ディアスの目的も分からないし。最悪、俺を取り上げて自分の物にしようとしている可能性だってあるんだ。
「はっはっは。すごく不審がっているね。大丈夫、悪いようにはしないよ。アマンダくんに誓って。僕は彼女に大きな借りがあるから、彼女に頭があがらないんだよ。ほらほら、僕の切り札も教えたんだし、そのお返しってことで1つお願い。ね?」
ディアスはそう言って邪気の無い笑顔でお願いしてくる。言葉にも嘘はないが……。
はぁ。しょうがないか。この町に滞在するのにギルドマスターを敵には回したくない。それに、どう言いつくろってもこの男相手じゃ直ぐにボロが出そうだ。
『いいか?』
(ん。しょうがない)
バレた相手が悪すぎた。
『仕方ないな』
「おお? も、もしかして今の声は……」
『おう。フランの剣だ』
「はははは! 凄い、まさか会話までできるとは! 人間と変わらないじゃないか」
「ん。師匠は凄い」
「師匠?」
ここで毎度のやり取りである。俺の名前が付けられた経緯を説明し、無理やり俺の名前を褒めさせる。ディアスは空気が読めるようで、良い名前だとフランを褒めまくりだった。まあ、ちょっと褒め過ぎなくらいだったが。
『それで、俺に何か用があるのか? それとも単なる好奇心か?』
「ああ、ごめんごめん。インテリジェンスウェポンなんて初めて見た。興奮しすぎて目的を忘れていたよ。いや、好奇心があることは認めるが、君たちにいくつか忠告をしておこうと思って」
「忠告?」
「そう、師匠くんに忠告。君みたいに、鑑定を持っている者に多いんだけど、結構お気軽に鑑定を使ってるでしょ?」
『まあ、そうだな』
「僕が言えたことじゃないけど、使う相手は気にするべきだと思うよ? 鑑定って、場合によっては相手の秘密まで暴きかねないし。特に王族や貴族には嫌がる人間が多い。それこそ、使っただけでスパイ行為とみなされて、投獄される可能性だって十分あり得るんだ。師匠くんの場合は、フラン君の罪になっちゃうよ? 王族は、僕みたいな鑑定察知スキルを持った人間を侍らせていることが多いしね」
言われてみたらそうだよな。見ただけで相手の個人情報を丸裸にしちゃうわけだし。秘密の多い人間からしたら、絶対に使われたくないスキルだ。そこまで気にしたことがなかったぜ。
「フランくんみたいに将来有望な冒険者は、王族と謁見する機会が絶対に来る。その時に下手な真似したら、即コレなんだから気を付けて」
ディアスが手刀で自分の首をトントンと叩く仕草をする。だよな。王族に不敬を働いたら、無事じゃ済まないだろうし。そう思うと、誰彼構わず鑑定しまくるのは、実は恐ろしいな。ご忠告通り、気を付けるとしよう。
「鑑定に関しての忠告はそんなところかな。で、もう一つの忠告だ」
「もう一つ?」
「そう。君たち、察知系のスキルのレベルが低いでしょ?」
『なんでそう思う?』
「だって、僕がスキルを使ったことに、全く気付いてなかったじゃないか。技能忘却、読心、思考誘導、視線誘導。そりゃあ、僕はそういった気配を隠すのが上手い方だよ? でも、いくら何でも無防備すぎる。君たちは何というか、戦闘力の高さや、隠さなければいけない秘密の凄さに比べて、脇が甘すぎるんだ。ちぐはぐと言っても良い。戦闘力と同じくらい察知系のスキルが育ってれば、僕に対して僅かな違和感くらいは覚えたはずだ」
確かに、察知系スキルはいくつかのスキルを複合して使っているので、個々のレベルはあまり高くない。一番高レベルのやつでも気配察知のレベル5が最高だし。
『例えば、気配察知がレベル5じゃ足りないか?』
「そうだね。強い奴らと渡り合うにはレベル8は欲しいところだ。もしくはレベル6以上のスキルを3つ以上かな」
どちらも遥か遠いな。
「エルザくんみたいに隠すことなど何もない! っていうのなら気にしなくていいんだけどね。フランくんに師匠くんは、そうも行かないだろう?」
『まあ、そうだな。他ならぬ俺の存在が一番の秘密だし』
「ということで、ここからは提案だ。良い修行場を紹介するから、そこに潜ってみないかい?」
『修行場? 潜るってことは、ダンジョンか?』
「ご名答。ウルムットにダンジョンが2つあるのは知ってるよね?」
「ん」
「素人向けの西のダンジョンと、玄人向けの東のダンジョンて言われてるね。西は罠が少なく、正面から戦うような魔獣が多い。初心者のレベリングに適していると言えるね。逆に東は罠が多く、奇襲をかけてくるような魔獣が多い。特に下層はその傾向が強くて、ランクD冒険者でも命を落とすことがある」
『話の流れからすると、東のダンジョンで修行しろってことか?』
「その通り。あそこなら感知系スキルを鍛えるのにもってこいだ。どうだい? いきなり高レベルには成れないだろうけど、無駄にはならないと思うし。東に潜るには、普通なら西のダンジョンの踏破実績が必要だけど、それは特別に免除してあげるよ?」
『ダンジョンには潜るつもりだったから、構わないんだが……』
スキルレベルが上がるかはともかくとして、スキルをもっと上手く使うための修練にはなるだろう。効率よく鍛えるのが難しい察知系を練習できるのであれば、こちらとしても有り難い。だが、どうしても気になることがあった。
『どうしてそこまでしてくれるんだ?』
どうも信用しきれないんだよね。それに、単なる善意だけでここまでしてくれるとも思えないし。
「ははは。別に騙してるわけじゃないよ? でも、これは冒険者ギルドにも益のある話なのさ」
「? 私が東のダンジョンに潜るのが?」
「その通り。だって、君が西のダンジョンに潜ったら、町の外みたいなことが繰り返されるよ? 西のダンジョンは下級の冒険者たちばかりだからね。君を見て実力を推し量るなんて真似、彼らには無理だ。絶対に君に絡む。確実に」
これから武闘大会に向けて冒険者の数はますます増えるだろうしな。その手の馬鹿は幾らでも湧くだろう。フランが騒ぎを起こさないってだけでも、冒険者ギルド的には有り難いんだろうな。
「東のダンジョンはそれなりに腕の立つ奴らが多いし、冒険者の数自体が少ない。ギルドから告知しておけばそうそう君に絡むような真似はしないだろう」
『だから西には潜らず、東に潜れと』
「互いに益のある話だ。どうだい?」
『フランどうする?』
「私は構わない」
「うんうん。やる気があって結構なことだね」
俺たちが頷くのを予想していたのだろうか。ディアスは机の引き出しから東ダンジョンへの通行許可証を取り出すと、フランへと手渡した。ご丁寧に、フランの名前入りだ。準備が良すぎるぞ。
憎めないんだけど、どうも信用しきれないんだよな。




