閑章二 海中ダンジョン 12
タコのような形状の触手を無数に持った、半透明の青い巨大クラゲ。それが、6階のボスの姿であった。
「オロオオオオォォォオ!」
『邪気を纏ってやがる』
「ん」
魔力と同時に、凄まじい邪気も発している。その力は、脅威度Aクラスだろう。
「フラン、師匠! こやつがダンジョンマスターだ!」
「!」
『まじか!』
確かに邪人系のダンジョンマスターだと言っていたが、こんな凶悪な奴だとは思わなかった。そもそも、道中で苦労させられた高難易度のダンジョンを作れるほどの知能を感じないが……。
「このままでは我らに倒されると悟り、ダンジョンマスターが最終フロアを守るボスモンスターと融合したのだ! モンスターの力が強大だったため、マスターが取り込まれるような形になったのだろう。知能は確かに低くなっているだろうが、侮れぬ相手だぞ!」
なるほどな! 元々強いダンジョンのラスボスに、マスターの魔力が加わった感じになってるってわけね! でも、ボスの方が強くて、マスターの精神は消えてしまったと。
アレッサのゴブリンダンジョンもそうだったが、ダンジョンの力があればマスターよりも強力なモンスターを召喚して支配することも可能なんだろう。
ダンジョンマスターにとって狙ってのことなのか、事故なのかは分からんが、確かに侮れない相手になっているはずだ。
「オロオオォォ!」
『回避しづらい攻撃をしてきたか!』
ボスクラゲが無数の触手をブンブンと振り回しながら、その先端から水を噴射する。ウォータージェットのような水流が暴れる触手の動きによって、不規則に周囲に襲い掛かった。
それを転移で回避しながら、魔術を放つ。
「ファイアアロー!」
『おらぁ!』
フランは火魔術、俺は雷鳴魔術と風魔術だ。それぞれの魔術が水の檻を吹き散らしながら、ボスクラゲの触手へと襲い掛かる。
だが、フランの魔術は表面を覆う黒い邪気によって阻まれ、俺の魔術も僅かに傷を与えるだけだった。その傷も、すぐにウニョウニョと再生を始めてしまう。
想像以上に魔力耐性が高いらしい。邪気はさほど多くないかと思っていたが、防御に全振りしているのかもしれない。
ただ、破邪顕正を乗せた風魔法の傷の治りが遅いので、有効であるようだ。
『チマチマしたのは効かないな! 破邪顕正を乗せたデカいので、ドカンと行くぞ!』
「ん!」
静かなる海とウルシは、小型化して遠距離攻撃に切り替えたようだ。
「ぺっぺ! まだ口の中がジャリジャリするわ!」
「オフ……!」
「ぐぬぬ……! まさか自ら不味くすることで、噛み付きを防ぐとはな! やりおるわ!」
「オン!」
接近戦が不利とかじゃなくて、こいつがメッチャ不味いらしい。
自分で自分の味を決めているわけではないだろうが、噛み付きができないのではウルシたちに接近戦は難しいのは間違いなかった。
『フラン。修行はここまでだ。こっからは本気でいくぞ』
「ん! わかった」
フランはボスクラゲから距離を取ると、俺を構えた。そして、静かに言葉を紡ぎ出す。
「我が剣よ。私だけの剣よ。力を、希望を、可能性を、我が手に。私たちに勝利を! 神剣開放、師匠!」
『うおおおぉぉぉぉ!』
どこからか、力が流れ込んでくる! 俺の内に力が満ちる! 自身の格が上がったのが分かる! 今なら自信を持って言える!
俺は、神剣であると!
だが、今の俺は神剣化しているが、その全ての力を発揮できるわけではなかった。
『やっぱり、こいつが相手じゃ足跡の絆も、邪神の影も使えない。でも……』
「ん! だいじょぶ! 師匠から力が貰えてるの、わかるから」
今まで出会った皆から力を借り、邪神の欠片と正面から戦うことができる力を得ることが可能な足跡の絆。
俺の中に封じられている邪神の童心を顕現させ、ともに戦うことができる邪神の影。
どちらも邪神の欠片やそれに準ずる相手でなくては使用できない権能だ。しかし、その力がなくとも、フランは戦える。
「我が血に眠る、神なる獣の荒ぶる力よ。目覚めろっ! 神獣化っ!」
神剣と化した俺から流れ込む力が、フランの血に眠る力を目覚めさせるからだ。そして、そんなフランが振るうのは、一段高みへと昇った俺だ。
「ん。邪神ちゃんも、応援してくれてる」
『ああ、そうだな』
表には出てこないが、邪神の童心とも確実に繋がっている。フランの反動を受け止め、少しでもその身が傷つかぬように祈ってくれているのが分かるのだ。
『まずは俺は触手をどうにかする。フランは止めを頼む』
「わかった」
俺が使うのは、手に入れたてのスキル『分裂』さんだ。このスキル、実は道中で試したが、正直使えるスキルではなかった。
分裂と言っても自分をそのまま複製するようなスキルではなく、要は千切れた肉体を一時的にフレッシュゴーレム化して操るようなスキルなのだ。
スライムとかなら、自身の下へと帰還させて再吸収するとかが可能なのだろうが、そうでなくては弱く小さい分裂体を生み出すだけの微妙スキルである。
俺の場合は、砕けた破片とかをミニチュアの雑魚剣に変えるくらいしかできないようだった。しかも、魂や生命が宿っているわけじゃないから、自動で動くとかもない。本当にただの置物である。
それをわざわざ念動で動かすくらいなら、ゴブリンなどから奪っておいたサビサビの剣を取り出して操る方がまだ強いだろう。
だが、今の俺なら――。
『形態変形! からの、分裂! そして、魔力供給!』
元々形態変形で刃を巨大化させたり、飾り紐を鋼糸化したりはできていた。そこに分裂、魔力供給スキルを併用すると、完全に自分から独立させた部分も、手足のように感じることができていた。
『思った通りだぜ!』
5本の分裂体が生み出され、俺の周囲に念動で浮いている。
この分裂体の凄いところは、神気を遠隔で纏わせることができるところだ。なんせ、自分の体の一部だからね!
まあ、神剣化してる状態じゃなきゃこんなことできないだろうけど。
『まずはその邪魔な触手、ぶった切ってやんよ!』
9/10に呪われ料理人の3巻発売されました。
また、今月末には、呪われ料理人と転剣のコミカライズが発売予定です。
コラボキャンペーンなどもあるようなので、ぜひよろしくお願いいたします。
予約日時を出遅れテイマーと間違えて、2日早く投稿してしまいました。
次回は9/21更新予定です。