131 力と技
「師匠ちょっと、試したいことがある」
『おういいぞ。ぶっつけ本番は怖いしな』
「ん。空気圧縮……魔糸生成」
事前にフランから言われてセットしたスキルは、火炎魔術、風魔術、気流操作、空気圧縮、空中跳躍、振動牙、重量減少、重量増加、属性剣、突進、並列思考、魔糸生成、魔毒牙、連携の14個だ。
空気圧縮スキルにより、やや開く様に突き出したフランの両掌の前に、空気のキューブが2つ生み出される。間隔は150センチほどだ。まあ、目には見えないが。その空気のキューブの間に魔糸生成で糸が張られた。
『なるほど。考えたな!』
これを応用したら、空中に糸を張り巡らせることも可能だろう。やり方によってはスパイダー〇ンとか立体機動装置的なことも可能かもしれない。
フランはそのまま糸に背を預けて、体重をかけていく。徐々に糸が伸び、たわんでいった。そしてその反動を利用して、跳ぶ。
「ふっ」
最初はプロレスラーみたいだと思ったが、どちらかと言えばパチンコっぽいかもな。フランは俺の刀身に空気圧縮で空気の層を纏わせると、大上段から振り下ろす。
「ん。行ける」
フランが何をしたいのかいまいち分からないな。だが、ここはフランを信じよう。今の練習の結果に満足そうな顔をしてコクコクと頷いているし。
「次は本番。師匠、おねがい」
その後、俺はフランの作戦を聞いて驚いた。普通に考えたら明らかに無謀だ。だが、面白い。
『わかった。行こう』
俺はフランの作戦通りロング・ジャンプを発動した。その跳躍先は遥か上空。リンフォードの真上である。
「いく」
『サポートは任せろ!』
「ん!」
転移したフランは即座に空気圧縮、魔糸生成を発動した。さっきの練習と違い、魔力を限界まで込めて強度を上げてあるようだ。
だがフランは自由落下中である。当然、作った直後にはもう糸は頭の上にといった具合だ。しかしそれで良かったらしい。
「ふっ」
フランは空中跳躍で真上にジャンプする。後は地上での練習通りだ。ただし、撃ち出される方向は横ではなく、真下であったが。しかもその勢いを利用して走り始めた。
フランは空中跳躍に突進、風魔術を組み合わせ、空を足場に真下へ向かって駆ける。俺はフランに構えられた状態で、空気抵抗を減らすための気流操作を発動した。さらに重量増加を使う。
今の俺の重さは50kg以上あるはずだが、フランの腕力と、重量軽減スキルを使う事で問題なく構えることが出来ている。重量増加、重量軽減は自分だけではなく、装備品にも効果があるのだ。なのでフランが俺に対して発動させることも可能だった。
あっと言う間にリンフォードの巨体が迫ってきたな。隠密系スキルのおかげでまだ気づかれてはいないようだ。
俺はその間に形態変形を使い、その姿を変化させていた。地上でフランのイメージを聞いた時には驚いたね。斬ることに特化させた反り返った形状は、まさに刀そのものだったからだ。刀についてフランに教えたことはない。フランが自分で考え、斬ることに適した形状を導き出したのだ。
不安なのは剣術スキルで刀を扱えるのかという事だ。一応刀術スキルは持っているがレベルは低いし。それに刀術と剣術が別々になっているってことは、扱いが違うってことだろうし。そこがどうなるのか……。なので反り返りつつも両刃は残し、ロングソードっぽさも残してみた。形状は反り返ったロングソードってところだろうか。
「ぬ?」
残り25メートルと言うところで、リンフォードがこちらを見上げた。これだけ接近すれば気づかれるか。リンフォードは血走った目でフランを睨んでいる。
「小娘ぇ! まだ生きておったかぁ!」
リンフォードが憎悪の込もった叫び声を上げると、口から紫色の煙のような物を吐き出した。邪気の煙だ。触れた場所が肌でも鎧でも、酸に触れたかのようにボロボロと溶かされてしまう厄介な技だった。俺達も広範囲をカバーするこの技には散々苦しめられたのだ。
どう回避するのか――?
「ワンパターン」
フランはリンフォードがこの煙を使うと読んでいたらしい。たしかにさっきの1対1の闘いでも、こいつは俺たちに接近される度にこの煙でこっちを攻撃していたな。
「バーニア」
Lv2火炎魔術『バーニア』。爆炎を利用して、術者を瞬間的に加速させる魔術だ。急激な加速によって相当な負荷がかかるため、使用が難しい術だった。単に直進する分にはあまり気にならないが。
なんとフランは風の結界で最低限身を守りつつ、さらに加速して一気に煙を突っ切る作戦をとったのだ。
ダメージを受けつつも煙を突き抜けて現れたフランを見て、リンフォードが目を見開いている。
「小癪なぁ! ぬう!」
危機を感じ取ったのだろうリンフォードが腕を交差させて頭を守った。
馬鹿め! フランの殺気と目だけを使ったフェイントに引っかかったな。本命は頭じゃない。
「はぁぁっ!」
『はぁぁっ!』
フランが頭ではなく、胴体に向かって斬撃を放った。
連携:Lv5のおかげで、言わずとも互いのことが感じ取れる。俺はフランの攻撃に合わせて全力の属性剣・火と振動牙、魔毒牙を解放した。
フランも斬撃に合わせて、重量増加、属性剣・火、振動牙を発動している。俺の使っている分も合わせると2重発動なのだが、その発動は1秒にも満たなかったかもしれない。だがフランがもっと長時間発動していたら、俺の刀身が保たなかっただろう。その位の凄まじい負荷が俺にかかったのだ。フランにもそれが分かっていたのだろう。
だが、フランにはその一瞬で十分だった。空気圧縮で刀身に纏わせた空気の層を鞘に見立て、抜刀術の様に俺を走らせる。
加速と斬撃とスキル、全てのエネルギーをその一瞬一撃に集中させるような、神速の一振り。
俺の念動カタパルトの様な、力任せのごり押しではない。スキルを使って生み出した超加速に、剣の技術が加わった、まさに必殺の技だ。
「ぬがあああああああああぁぁぁぁっ!」
斬撃はリンフォードの左の肩口から胴体の半ばまでを深々と斬り裂いていた。ドクドクと怪しく蠢く心臓を、一刀両断にした感触が確かにあった。
しかし俺はリンフォードの詳しい様子を確認する間もなく、フランが地面に激突する直前でショート・ジャンプを発動した。
「師匠、ありがと」
『結構ギリギリだったな』
あと1秒遅かったら、地面に叩きつけられていたぞ。それでも平静なのはさすがフランだ。自惚れるつもりはないが、フランが俺を信じてくれていたのが分かった。
僅かに離れた場所に転移した俺たちは、リンフォードの様子を確かめる。
「おのれぇっ! おのれぇぇ!」
リンフォードは片膝をついて苦しんでいた。フランに切り裂かれた傷からは大量の血が溢れ出し、リンフォードの生命力が一気に半減したのが分かる。
というか、死んでないのかよ! 心臓真っ二つにされて、即死しないとは。どんだけしぶといんだ。まじでゴキ並みだな。でも、倒すことは出来なかったが、一矢報いたことに変わりはない。
『やったなフラン』
「ん! 必殺技ができた」
まあ、使える場所や相手はかなり限定されるだろうけど。狭い場所じゃ使えないし。この後行く予定だったダンジョンでは無理かもね。
でも、空気圧縮を使った抜刀術モドキは今後も十分使えるだろう。ここで言う抜刀術っていうのは、地球にもあったリアルな奴ではなく、鞘の内側に刀身を走らせて加速させる方の抜刀術だ。普通だと腰に下げた鞘に刀を走らせるため、胴体への横薙ぎしか種類がない。しかしこの空気圧縮抜刀術なら上段でも使えるので、重量増加などとも相性が良いのだ。
魔毒牙もきちんと仕事をしてくれた。奴が毒状態になったのが分かる。リンフォードには再生能力と状態異常耐性があるので、毒によるダメージはあまり期待できないだろう。だが再生能力を軽減させるだけでも、アマンダ達には十分だ。あれだけの面子相手に、再生できないというのは致命的だからな。
「フランちゃんの作ったチャンスを無駄にするんじゃないわよ!」
「む」
「おう! フラン嬢ちゃんよくやったぜ!」
「了解だ!」
「ドワーフの意地を見せてやる!」
「はっはは! どいつもこいつも斬りがいがありそうだが、今はジジイだな!」
「頑張ってください!」
アマンダの号令に合わせて、オールスターズの集中砲火がリンフォードに放たれた。俺たちも参加したいが、先程の必殺技の負荷によって俺の耐久値がやばい。瞬間再生で回復しても、今からじゃ間に合わないだろう。フランも魔力をほとんど使い切ってしまっているし。残念だ。
過剰に注ぎ込まれた魔力で光り輝いた無数の魔剣がリンフォードの全身につきささり、真上から叩きつけられた鞭の1撃が後ろの建物ごと右腕を斬り飛ばす。アッパーの様に放たれたコルベルトの拳が片膝をついたままだったリンフォードの体を浮かせ、フィリップの騎士槍が左腕を抉っていた。ドワーフのギルマスが叩きつけたハンマーが右足を粉砕する。
「ぐがががぁぁぁぁぁぁぁ! き、貴様らぁ!」
「止めは貰ったぁ!」
「この、裏切り者めぇ……」
最後にゼロスリードが放った斬撃が残った足も刎ね飛ばし、リンフォードは大地に崩れ落ちる。やはり共食いを狙ってやがったか! 止めをもってかれてしまったか……。
いや、まだだった。
「ガルルアァ!」
フランの真似をしたのだろう。上空から凄まじい勢いで駆け下りて来たウルシが、リンフォードの首筋を牙で抉り裂いたのだ。そして、地面に衝突する寸前に影潜りで姿を消す。ウルシ! 美味しい所を持って行ったな!
「ぐあううぅあぁぁぁぁぁ……なぜ、わしがこんなやつら、に……」
そんな締まらない台詞が、リンフォードの最後の言葉であった。
「ああ! あの犬っころ! また俺の邪魔しやがってぇ!」




