閑章 フランとクーネ 02
まだ閑散としている冒険者ギルドだが、建物自体はかなり大きい。新しいわけではないが、手入れも行き届いているように見える。
フランは俺とは別の場所が気になったらしい。
「酒場がない?」
そう言えば、冒険者ギルドとセットと言ってもいい酒場が併設されていないな。あれは冒険者への福利厚生という意味だけではなく、酔った冒険者が外の酒場で暴れないかの監視の意味もあるはずだ。
依頼後の冒険者と酒はセットのようなものだし、どうせ酔って暴れるなら目につくところで暴れさせようって事なのだろう。ガラは悪くなるけどね!
レイドスのギルドはお上品路線でいくつもりなのか?
そう思ったが、違っていた。
「ここは、元々は大きな商会が使っていたそうですよ。そこを譲り受けたのです。ですので、他の場所のギルドとは少々間取りが違いますね」
「なるほど」
「酒場は、隣の建物を改装中です」
ここだけではなく、隣の建物までギルドの物であるようだ。しかも、改修費用などは全てレイドス持ち。レイドス側もギルドに対し、相当気を使っているのだろう。
「こちらへ――」
「隊長!」
コットンと共にギルドの奥へと進もうとすると、横合いから声をかけられた。禿頭のかなり厳つい外見の男だ。
「ん?」
「お久しぶりです! カレー!」
あ、名前はまだ思い出せないけど、何者なのかは分かった。レイドス王国で、フランの部隊に配属された冒険者だ。
フランズブートキャンプを耐え抜いた、猛者である。
「ん。久しぶり。レイドスにきたの?」
「はい! こっちでギルドの初期人員を募集してるって聞きましてね! 依頼料も悪くなかったんでさ」
ギルドを設立したって、働く人員がいなければ意味はない。レイドスで募集をかけたところで、いきなり冒険者になろうって人間は少ないだろうしな。
そこで、ある程度の腕がある冒険者も一緒に連れてきて、周辺の調査や新人への教導役に使っているそうだ。
いや、教導? こいつが? 不適格かどうかって話じゃなくて、フランのシゴキを基準にしてたらヤバくない?
語尾にカレーを付けるブートキャンプサバイバーが増えちゃうんじゃない?
そう思ったが、この男――ワダルの訓練は非常に評判がいいらしい。優しく丁寧だけど、厳しさもある。また、実力もそれなりだ。それで人気にならないはずがなかった。
「はっはっは! 隊長流の訓練は、ある程度の実力がなきゃ耐えられませんや! そっちはいずれですよ!」
てことらしい。いや、いずれあの訓練するんかーい!
「ギルマス。もしかして例の依頼を隊長に?」
「ええ。今からその話をするところでした」
「おっと、そりゃあ邪魔しちまいましたね。この辺についてはそこそこ詳しくなったんで、なにかありゃ声をかけてくだせぇ」
「ん。ありがと」
「オン!」
去っていくワダルを見送った俺たちは、改めてコットンから話を聞いた。
元々俺たちはクリムトから頼まれ、レイドス支部の抱える問題を解決するためにやってきたのだ。
「ちなみに、内容は多少は聞いておられるんでしょうか?」
「なんか、料理してくれって」
「ま、まあ、間違いではないんですが……」
『いや、大丈夫だ。俺がちゃんと聞いているから』
「お、おお! そうですか!」
料理をするというか、料理を考えてくれって感じの依頼だった。
レイドスへの食糧支援だが、ある問題があった。量自体はそれなりに集まっている。
ゴルディシア大陸での責務が一部停止されたことで、その行き先がレイドスへと変更されたのだ。むしろ、無駄にならずに済んだと喜ぶ国さえあったらしい。
ただ、その内訳が問題だった。
まず、保存食が多く、塩漬け肉や魚が半数を占めるのだ。食べられるだけありがたいと思えという意見もあるだろうが、さすがに偏り過ぎている。
まあ、こっちは少しずつ消費していけばいいだろう。日持ちするわけだし。
もう1つの問題が、香辛料が多すぎるという点だ。通常の食料を用意できない小国などは、高価な香辛料を購入し、それを送って支援したという実績にしていたのだ。
支援額ということで言えばそれなりだが、送るための荷船は1隻で済む。そんな香辛料が、大量に届いていた。
レイドスの北部では使う文化がない物も多く、持て余しているらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、フランだ。ランクとか関係なく、香辛料を大量に使うカレーの第一人者という点が最大の理由だろう。
カレーを広めた実績もあるしね。あと、ベリオス王国の学院で教えたマーボーカレーが広まりつつあるようで、そちらの情報もしっかりと知られていた。
ランクSになった時点で、ギルド側も大慌てでフランの情報を集めたらしい。
「レイドス北部の食料事情を軽く話しますと、主食は黒パンと芋です。また、砂糖やハチミツはそれなりに生産できるようで、甘い味付けが多いですね」
パンケーキなども好まれ、ハニーマスタードや甘いクリームなども多用されるそうだ。
そのため香辛料はあまり使われず、支援物資の中に混じる米や蕎麦も消費が進んでいないらしい。そもそも食べ方が分からないようだった。
つまり、カレーの作り方を教えて、広めろってことになるわけかね?
食べ慣れない物を広めるのって、結構大変だと思うんだが……。
「美味しく食すことができれば、きっと食糧事情は改善します。今後、外部との貿易も盛んになるでしょうし」
「ん! わかった! カレー、みんなに食べてもらう!」
「オン!」
「頼もしいです! ぜひよろしくお願いしますね」
カレーを広める依頼なんて、フランが断るわけないよなぁ。




