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1307 フランのマグカップ


「はいよお嬢さん。こちらが修復依頼されてた品物だ」

「おー、ありがと」

「状態を確かめてくれるかい?」

「ん。分かった」


 邪神の欠片との戦いから1ヶ月後。


 事後処理なども色々あったが、それらを何とか終わらせた俺たちは、クランゼル王国へと戻ってきていた。


 今いるのはアレッサの町にある、錬金術師の店である。


 フランは店主から渡された箱をそっと開く。すると、中には白いマグカップが入っていた。小さな黒い渦巻き模様が描かれた、シンプルなマグカップだ。


 しかし、フランは満面の笑みでそのマグカップを手に取った。まるで宝物を取り扱うように丁寧に持ち上げると、そっと抱き寄せる。


 そして、最後は天高々と掲げ、自慢げに背後を振り返った。


「マグカップ、直った!」

「はっはっは。よかったな」

「ん!」


 そこにいたのは、コルベルトである。ベリオス王国からの援軍としてアレッサにやってきたのだが、今はアレッサに滞在していた。邪神の欠片との決戦に直接参加できなかったことが本当に悔しかったらしく、フランに色々と話を聞きに来ているのだ。


「ありがと!」

「またのご利用を」

「ん!」


 フランが外に出ると、多くの人々に声を掛けられる。


「黒猫さん。こんにちは」

「あー、フランねぇちゃんだ!」

「黒雷姫殿に敬礼!」


 大人気だ。足跡の絆によって、アレッサの多くの人々がフランの戦いを見て、理解した。この小さな戦士が世界を救うような活躍を見せたことを。


 そのため、今やフランはヒーローであった。


 しかも、それだけではない。


「神剣さん、かっけー!」

「神剣殿、ご苦労様です!」

「あれが邪神を封じた神剣か……」


 ぶっちゃけ、俺の存在もバレたよね。フランが俺と喋ってるところとか、師匠って呼んでるところとか、足跡の絆を繋いだ人々と戦場にいた人々に完全に見られてたし。


 邪神ちゃんが創世の話を語る頃にはもう接続は切れていたようだが、その存在は知られてしまった。ただ、もっと騒がれるかと思ったが、案外そうでもなかったのだ。


 そこは神剣への信頼度の高さを舐めていた。


 邪神を封じて使役する? 邪法じゃないか! え? 神剣の能力? だったら大丈夫か。神剣ってやっぱすげー!


 そんな感じで、だいたいの人が納得してしまうらしい。


「いやー、カレー師匠も大人気ですな!」

「当然。師匠は最高の剣だから」

「うんうん。神剣にしてカレーの伝道者。最高の剣と言っても過言ではないな」

「ん! コルベルト解ってる」

『いやー、余り持ち上げられても困惑するだけっていうかさぁ』


 神剣になっても俺の庶民魂は変わらんし、なんかむず痒いっていうの? 特にフランとコルベルトが揃うと突っ込み役もいない状態なんだよな。誰かこの2人に落ち着けって言ってくれ!


『ウルシ!』

「オン?」

『……なんでもない』


 歩きながらひたすらデカい骨をしゃぶっているウルシを見て、助けを求めることは断念した。こいつもボケだったわ。


 ウルシも神剣使いとともに邪神の欠片を倒した英雄として、めっちゃ人気なのだ。もともとモフモフ要員としてアレッサでは可愛がられていたが、今や歩いているだけでエサ貰いまくりのアイドル狼と化していた。


「フラン!」

「む? アリステア!」

「相変わらず人気だな」


 通りの向こうから近寄ってきたのは、神級鍛冶師のアリステアだった。一緒にアースラースもいる。


 この2人も足跡の絆によって事態を知り、何か力になれればと駆け付けてくれたのだ。まあ、アリステアの場合、俺への興味が強いんだろうが。


 散々調べられて、ちょっとアリステアのことが苦手になっちゃったくらいである。


「お? 可愛いマグカップだな」

「ん」

「でも、特に効果もないのかな? よかったら、割れないように強化してあげようか? なんなら、モンスターくらい殴り殺せるようにしてあげるが?」

「いい。これはこのままで」

「そうか?」

「ん」


 フランはそう言って、マグカップを撫でる。その嬉しそうな表情を見ていると、こっちも楽しくなってしまうぜ。


 そうしてアリステアたちと話をしていると、フランに飛びかかってくる影があった。襲撃かと周囲の人間は驚いているが、フランは躱そうともしない。


「フランちゃーん!」

「フランさん。こんにちは」


 振り向くと、フランに飛びついてきたアマンダと、その後ろで苦笑いするネルの姿があった。フランの首にぶら下がりながら、ほおずりしてくるアマンダ。


「フランちゃん! 会いたかったぁ!」

「ん。久しぶり」

「1週間ぶりよ! もっと泣いて喜んでくれてもいいのに!」

「喜んでる」


 アマンダはレイドス王国の魔獣狩りに出ており、しばらくアレッサにいなかったのだ。現在レイドス王国は、クランゼル、ベリオス、フィリアース、世界各国の支援部隊の監視下にあり、国としては機能していない。


 貴族も大幅に減ったので、今後どうなるかは分からなかった。ただ、大勢の民が亡くなったとはいえ、ゼロになったわけではないし、王と北征公がいる。武力は十分残っているので、無理な占領政策は取られないだろう。


 北征公は完全なる武人タイプの気難しそうなオッサンだったが、その分裏表がなく信用できそうな人間だった。いずれ邪神の欠片を倒すことを目指して、何代も前から準備してきたらしい。


 奴隷を買い漁っていたのも、戦力として鍛えるためだった。それだって、無理な追い込みはしておらず、見込みがないものは後方支援などに回されていたらしい。それ故、奴隷たちからは非常に慕われており、解放を自ら拒む者ばかりであった。


 そうそう、神剣使いでもあるカレードだが、彼は生き延びている。封印していた邪神の欠片が滅びたことで、神剣を常時開放する必要がなくなったからだ。


 今後、頻繁に神剣を使用することをしなければ、まだまだ生きられるだろう。機械の体ではあるが……。今は俺たちが渡してきた大量のカレーがあるけど、いずれレシピを渡してあげられたらと思っている。


 マレフィセントとペルソナは、密かに姿を消していた。どこに行ったのかは分からない。ただ、ペルソナが普通に生活を送れるようになったのだし、どこかで静かに暮らすのかもしれない。


 ナイトハルトは、デミトリスと一緒に修行をすると言ってやはり消えた。まあ、デミトリスは目立つから、いずれ情報が入るだろう。彼の場合、仲間を助け出して目的が達成できたし、ほとぼりが冷めたら姿を現すはずだ。


「ギルドったら、私をこき使い過ぎじゃない?」

「すぐサボるくせに、何言ってるのよ」

「だってだってぇ!」


 アマンダの愚痴を聞きながら歩いていると、俺たちは目的の店へと辿り着いた。そこは、アレッサ周辺に集まる各国からの支援部隊などのために新しく増設された、新区画である。


 土魔術持ちたちが頑張って、200軒ほどの小屋が作られていた。その一角に、目当ての店があるのだ。


「おー、あった!」

『看板もちゃんとしてるな』

「ん! カレーの店!」


 まんまな名前なのは、フランが決めたからだ。まあ、ストレートで分かりやすいネーミングだし、悪くはないんじゃないか?


 中に入ると、見知った料理人たちが出迎えてくれた。


 元ランクA冒険者にして竜膳屋の主、フェルムス。そして、孤児院の天才料理人イオさんだ。この二人も何かできることはないかと考え、わざわざアレッサにやってきてくれたのだ。


 イオさんは孤児を保護するつもりだったらしいが、アマンダがいるからね。結局、フェルムス、イオさん、フランの3人共同で、カレーの店を期間限定オープンすることになっていた。


 とりあえず、1ヶ月ほど各国の兵士たちのための店を続ける予定だ。フランは食材調達の名目で、ほとんど店にいることはないが。


 最初は働く気満々だったのだが、フランが有名になり過ぎちゃったからね……。15席くらいのお店では、完全なキャパオーバーになるだろう。誰もが想像できてしまったので、フラン看板娘化計画はお預けとなったのだった。


 ただ、今日は店の視察ではない。店の天井からは横断幕のようなものが垂らされ、綺麗な文字で「フラン、ランクS冒険者昇格おめでとう!」と書かれている。


 そうなのだ。今日は、フランが正式にランクS冒険者になったお祝いの席であった。


「おめでとうフランさん」

「お、おめでとうございます!」


 フェルムスとイオさんの言葉に続いて、店の中にいた知り合いたちが口々にお祝いを言ってくれる。


 知り合いの冒険者だけではなく、ランデルやサティアたちまでいる。


 皆、忙しい中無理をして集まってくれたのだ。


 口々にお祝いされ、プレゼントまで貰えてしまう。フランは心底嬉しそうだ。


 しかも、この後はカレー食べ放題が待っている。フランのニコニコが止まらないね。


 そんなフランが、ふとテーブルの上に置かれたマグカップに向く。早速熱々のコーヒーを注がれ、湯気を立てるマグカップ。


 フランの表情がほんの一瞬、寂しいような、懐かしいような、何とも言えない顔をした。


『フラン。大丈夫か?』

(ん? だいじょぶ。おとーさんとおかーさんに、報告してただけだから)


 俺が念話で会話可能だとバレてるんだけど、フランは癖で心の中で会話をする。まあ、内緒にしたいこともあるし、それでいいと思うけど。


『報告? ランクSになったよって?』

(違う)


 フランは首をフルフルと横に振る。そして、俺を見ながらにっこりと笑ってくれた。


(私はだいじょぶ。師匠がいるから。もう寂しくない。そう報告した)

『フラン……』

「師匠がいてくれて本当に良かった。これからも、よろしく」

『おう! 勿論だ!』

「ん!」


 フラン、こちらこそだ。転生したら剣でしたなんて、よく分からない状態だった俺を手に取り、師匠にしてくれたのはフランだ。


 フランじゃなければ、俺はもっと違う状態になっていただろう。今頃剣化してるか、地球に戻っているか……。


 フランがいてくれて本当に良かった。心からそう思う。


 俺からも、ありがとう。

改めて、各動画配信サイトで転剣のアニメ第1期が無料公開されています。

まだアニメを見たことがないという方も、もう1度見たいという方も、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 師匠とフランが出会った後、元々孤独や不運に向かっていた人生の終わりが、変わりました。彼らはお互いに頼りにし、共に過ごすパートナーとなりました。お互いに感謝し合う気持ちが心に満ちています。こ…
[一言] あとは邪神の欠片、コンプ位かね?師匠が邪神の欠片特化になっちゃってるし。他の問題、深淵喰らいはフランの仕事じゃない気がするし…… 邪神の欠片をコンプしたら師匠やフェンリルは当初の使命はなくな…
[一言] ランクSおめでとう!私の人生の中で好きな物語の一つです!
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