1302 師匠
戦場からは誰も逃げなかった。
全員が邪神の欠片を睨みつけ、戦意を昂らせる。喇叭が高らかに吹き鳴らされ、戦士たちが雄たけびを上げた。
ウルシの覚悟が、戦士たちの心に火を灯らせたのだ。
それは、フランも例外ではなかった。
「ウルシ、かっこよかったよ」
「オフ……」
「次は私たちの番」
ああ、そうだな。
(師匠?)
いこう。フラン。
「師匠?」
フランの魔力が俺に熱を入れる。今なら、何だって斬れそうだ。そう、俺はフランの剣だからな。
フランが斬りたいものを斬り、フランが殺したいものを殺す。そのためだったら、何だってやれるさ。
ああ、ダメだ。こんな無駄な思考をしていたら、剣失格だな。もっと合理的な思考をせねば。アナウンスさんのような――。
「師匠! 師匠っ!」
『!』
なんだ? フランの声?
なんで、そんな悲しそうな顔をしている?
『……フラン?』
「師匠! どうしちゃった?」
『何がだ?』
「師匠……もしかして、剣に……」
なんで泣いて――フランが、泣いてるのか?
どうしてだ?
『フラン……?』
〈剣化深度100%達成。魂の最適化が完了いたしました〉
アナウンスさんか。
〈神属性への親和性を確認。神属性の供給路を確保。個体名・封人剣・師匠、個体名・フラン双方の願いにより、剣化の制御に介入――〉
ど、どうしちまったんだ?
〈剣化に伴い――ガ、ガ――〉
なんか、混線したみたいな音が……。
〈剣化達成により、剣化補助機構の再起動を確認――〉
アナウンスさん?
〈素晴らしい。異界の魂と邪神の欠片の間に、回路を確認しました。機構の構築を開始します。新たなる神剣の誕生です!〉
いや、違う。同じ声だが、アナウンスさんじゃない? アナウンスさんよりも感情的なのに、アナウンスさんのような温もりは皆無だ。
機械が人っぽさを真似ているだけのような、薄気味悪さがあった。
いや、それよりも何って言った? 神剣の完成?
〈名付けを開始します〉
ダメだ。話が全く通じない。ただ、俺が神剣になれるってことか? だとしたら、今以上にフランの役に立てるぞ!
〈精査中――初期情報から、邪狼剣・フェンリルの――ガ、ガ〉
また、ノイズが……。
〈邪気による干渉を確認。可能性が歪められたことにより、分岐が発生しました。邪友剣・フォールン・ゴッドを推奨〉
俺は――。
〈キシシシシ! ざまあねぇな!〉
『なんだ?』
〈お前がいらねぇって言うなら、この体俺が使ってやるよ!〉
〈新たなる分岐を提示。狂魂剣・ファナティクスの名を取得可能〉
ファナティクス――。
〈あら? それなら私でもいいわよねぇ! すべて私によこしなさい!〉
〈新たなる分岐を提示。氷妬剣・ファンナベルタの名を取得可能〉
ファンナベルタ――。
〈師匠! 気をしっかり持て! 俺の名前なんざ、お前には必要ないだろう!〉
〈おい! 俺に体を明け渡せ! 俺の復活こそが最高の選択だろ!〉
〈再び主のために働ける! 私を選ぶのよ! さあ! さあ! さあぁぁぁっ!〉
〈――!〉
ぐぅ……! 痛みが……! 頭の中で声が響いて、割れる!
〈師匠! 正気に戻るんだ!〉
〈黙ってろ! 死に損ないがぁ!〉
〈さあ! 私の名を選びなさい! あなたの名前はファンナベルタよ!〉
〈師匠は師匠だ!〉
〈ファナティクスと叫べ! それだけでいいぜぇぇ!〉
〈――!〉
ああ……俺の中の声が段々と大きくなっていく。俺が、消える……。
凄まじい力が綱引きをしているのが分かった。勝った声が、新しい俺になるのか……?
それは、いいことだ。強い剣として、フランを守ることができる。
それがきっとフランのために――。
うん? あれ?
フラン、泣いてるな……。なんて悲しそうな……。前もこんな顔させたことあったなぁ。そうだ、魔術学院の課外授業で……俺の剣化が進んでさ……。
そうだよなぁ。フランは神剣なんかよりも俺の方がいいって、何度も言ってくれるんだ。俺が最高だって。
そもそも、神剣になるって、本当にフランのためなのか?
フラン、悲しむんじゃないか?
え? そう言えば、なんで神剣になるとかいう話になってる?
〈くそ……! 力が抑えきれん! 剣化を補助する機構が、何かしてやがるな……!〉
〈いいから早く選べよ! 俺様をなぁぁ!〉
〈私の名を選べ! 駄剣!〉
〈――!〉
あー! うるさい! 考えがまとまらないだろうが! だいたい、何だよお前ら! さっきから好き勝手に!
フェンリルさんはまだしも、ファナティクスにファンナベルタに邪神の欠片? お前らなんぞに大事なフランを任せられるか!
〈ファナティクスこそ選ばれるべき名だ!〉
〈ファンナベルタの名を!〉
〈――!〉
『うるせぇぇぇぇぇぇぇ!』
どいつもこいつも! 黙れ!
俺は師匠だ! フランの師匠なんだ!
〈名を選んでください。決めかねるようでしたら――〉
お前も黙れ! アナウンスさんモドキが! お呼びじゃないんだよ! アナウンスさん呼んで来い!
神剣? 知ったことか! 俺は俺のまま、フランの横にいる! じゃなきゃ、フランがもっと泣くだろうが! それは絶対ダメだ!
〈名を選んでください。名を――〉
『俺は、インテリジェンス・ウェポンの師匠! それ以上でもそれ以下でもない! フランの相棒で、フランの師匠だ!』
〈――魂の願望を確認〉
おお! その声はアナウンスさん!
似た声なのに、何故か理解できる。
〈是。ケルビムの残滓及び剣化補助機構は私に統合されました。個体名・封人剣・師匠の強い希望と、個体名・フランの願望が、魂の名を確立させました〉
『えーっと、俺とフランが強く嫌だって思ったから、神剣にならずに済んだって事?』
〈否。神剣化は停止不可能〉
ちょ! それヤバいじゃん!
〈否。師匠としての魂が完全に確立したことで、貴方はもう神剣の力になど負けません〉
アナウンスさんの言葉の直後、俺の中から力が湧き出してくるのが分かった。その出所は、フェンリルさんでも、邪神の欠片でもない。俺の魂から溢れ出した力だ。
〈自らの志によって神剣へと昇りつめた、史上初の存在。所有者を守り、援けることだけを望んだ神剣。異界の魂よ。貴方が神から与えられし新たなる名は、師匠剣・フランズ・マスター〉
『師匠剣・フランズ・マスター……!』
うん? なんか、頭痛が痛いとか、力isパワーみたいな感じになってない? え? これで決定? まじ?




