11 旅立ちのお昼
『勝ったどぉ~っ!』
切っ先を天に向け、勝どきを上げる。
俺の下に横たわるのは、エリア5最後にして最強のボスだった。
タイラント・サーベルタイガー。正直、負けるかと思った。
10メートル超の巨体でありながら、風の様に早く動き、空中跳躍を使って3次元の動きで襲い掛かってくる。魔力で強化した牙と爪は、どれもが凶悪で、掠っただけで500近いダメージを受けた。
しかも、魔力で覆われた毛皮と、硬い筋肉は、俺の刃さえ通さない。
最終的に、ドッペル・スネイクから得た王毒牙を、自己進化ポイント15も支払い、魔毒牙に進化させ、長期戦の末勝利したのだった。ステータス鑑定で、毒耐性が低かったので、それにかけたのだ。ダメだったら、逃げるつもりだった。
何とか毒が効いてくれ、動きが鈍ってきたサーベルタイガーを攻撃し続け、ようやく倒した時には、戦闘開始から4時間以上が経っていた。
ただ、危険を冒した成果はあった。まずはスキル。
新しく得た、振動衝、振動牙というスキルが、凄まじい。振動衝は振動を伝導させ、内部から破壊する打撃スキルだ。そして振動牙は、超振動で牙の切れ味を増幅させる、いわゆる超振動ブレードの様なスキルだった。攻撃力が爆発的に跳ね上がるので、俺に相性の良いスキルだった。
しかも、それだけではない。なんと、振動衝と空気弾発射を合わせ、振動弾発射という新スキルを生み出せたのだ。遠距離にたいしての振動攻撃という、恐ろしいスキルである。
もう1つの成果は、自己進化ランクの上昇である。エリアボスの魔石は、それぞれ150を越える魔石値を持っていたので、エリア4での狩り成果と合わせて、進化可能な魔石値がもう溜まってしまったのだ。
名称:不明
種族:インテリジェンス・ウェポン
攻撃力:392 保有魔力:1650/1650 耐久値:1450/1450
スキル
鑑定:Lv6、高速自己修復、自己進化〈ランク7・魔石値2109/2800・メモリ47・ポイント68〉、自己改変、念動、念動小上昇、念話、攻撃力小上昇、装備者ステータス小上昇、装備者回復小上昇、保有魔力小上昇、メモリ小増加、魔獣知識、スキル共有、魔法使い
しかも、自己進化のお蔭で、全快だ。
『まだ夜には時間があるんだよな』
そして、目の前には謎の森。
エリア5を囲むように広がる森林地帯だ。調査はまだ先になるだろうと思っていたが……。
『どうしよっかな』
ノーダメージだし、時間もある。行ってみても良いのでは?
『ここまで来たんだしな。何もせずに引き返してもな』
という事で、エリア外の探索が急遽決定した。
一応、いきなり突っ込んだりはせず、様子を窺ってみた。暗視や熱源探知を駆使する。
『うーん、何もいないか……?』
動物は結構いるみたいなのだが、魔獣がほとんどいない。ゴブリンくらいはいる様なんだが。今更、無理に追い回して倒す相手でもない。
『魔獣は雑魚ばかりか』
エリア6的な感じで、勝ち目がないような神獣でもいるかもしれないと、少々身構えていたのだ。
だが、これではエリア1と変わらない。正直肩すかしな感じだった。
『なーんか、期待して損したな~』
いつでも逃げるように身構えながら、慎重に森を観察していた自分がバカみたいだ。
『もういいや。入っちゃおう』
念動カタパルトでバビュンと飛び出す。
眼下に広がるのは、単なる森だ。大きな魔獣の気配もない。
『お、開けた場所発見』
森の途中に、木が生えていない、原っぱのような場所が見えた。念動で方向転換し、広場に向かって下降する。
そして、刺さった。
『よし、着地成功!』
念動カタパルト移動法だと、体が斜めになり、柄から着地したり、剣の腹から地面に激突してしまうこともある。まあ、俺にはほとんどダメージがないのだが。それは、俺的には着地失敗であった。
今回の様に、上手く刀身から地面に刺さったら、着地成功だ。なんとなく気分が良くなる。
着地直前に念動を使えば、綺麗に着地するのは簡単である。でも、着地の成功失敗で遊んでいるため、大体は重力に任せて落下することが多かった。数少ない、狩り以外の楽しみなのだ。
刀身から伝わってくる感触だと、どうやら泥地のようだった。湿った感触と、粘土のネットリとした感触が伝わってくる。
『じゃあ、もう一跳び……。あれ?』
体が動かないぞ。粘土質の土が思った以上に俺をくわえ込んでいるのか? 少々強めに、念動を発動させてみる。
『ば、馬鹿な……。念動が発動しない?』
いや、正確には、発動した瞬間に強制終了してしまう。こうなったら全力だ。魔力を込められるだけ込めて、念動を使う。
ポス
気の抜けるような軽い音。そして、何も起きない。
『無理か』
魔力が地面に吸収されていくのが分かった。あれだけの量を込めた魔力も、ほとんど一瞬で消え去っている。
『じゃあ、これでどうだ』
スキルを使用する。振動牙で刀身を振るわせて、地面と刀身の間に隙間を作る作戦だ。だが、振動牙も発動しない。
なら、空気弾を刀身から撃ち出し、空気圧で自分ごと吹き飛ばすのは? やはり発動せず。
火魔術で、地面ごと自分をブッ飛ばす! はい、発動しないね。
『えー……。何でだよ~』
1回脱出をお休みして、周囲を観察してみた。単なる森だ。それ以上でも、それ以下でもない。だが、平原の魔獣が、森に進出していかない理由は、間違いなくこの魔力吸収現象のせいだろう。高位の魔獣ほど、生命活動に魔力が重要なのだし、下手にこの森に入ったら、身動きが取れなくなるかもしれない。今の俺みたいに。
『腹が減らないのが唯一の救いか……』
それから、少し試してみたが、外に魔力を放出するタイプのスキルは、全く発動できないようだった。
刀身の中から魔力を吸われるようなことはないので、変にスキルを連発しなければ、活動不能になることはないだろう。
刀身内の魔力で制御されていると思われる俺の視覚に関しても、特に問題なさそうだった。
ただ、地面に刺さったまま数時間が経過し、あることに気づいた。
『魔力回復しないじゃん』
大気中の魔力が希薄なせいだろう。魔力が自動回復しなかった。まだ半分以上残っているが、無駄に使うことはやめておいた方がよさそうだ。
やばい、もう俺にはここを自力で抜け出す術がない。
あー、何でこんな事に……。
はい、あれから3日間が経過しました。依然、変化なし。初日はスキルを見ながら、脱出方法を探ったのだが、すぐに無理だという結論に達した。
何せ、外に魔力を放出できないという事は、攻撃系はおろか、魔術や念話も使えないという事だ。
あとは、偶然通りかかった他の生物が、偶然俺に興味を持ち、偶然抜いてくれるのを待つか。
奇跡的に天変地異が起きて、吹き飛ばされたりするのを待つしかない。
最高なのは、人間が来て、抜いてくれることだけどな。
刺さってから10日が経過しました。すいませんでした。現実見てませんでした。もう人間じゃなくてもいいです。散々殺したゴブリンさんには謝ります。もう、経験値とか呼びませんから。お願い、誰か抜いてください。もし抜いてくれたら、一生ついてきます。コボルトでもゾンビでも何でもいいです。お願いします。
1ヶ月経過。ああ、誰でもいいから拾ってくれ。頼むから! 俺ってば優良物件だよ? 何せ魔剣的な何かだし。自分で考える剣なんて、そう多くはないよ? 料理とかもできるし。スキルもあるし、本当だよ。なんなら、ポイント使ってレベル上げちゃうし。ほらほら、料理Lv10だって。〈料理がLvMaxに達しました。ステータスおよび、料理スキルにボーナスが付きます〉〈自己進化ボーナスに、新たな項目が追加されました〉解体も持ってるよ? 便利だよ? これだってレベル上げちゃうし。ほーらレベル10!〈解体がLvMaxに達しました。ステータスおよび、解体スキルにボーナスが付きます〉鑑定も持ってるよ。これもレベルアップできちゃうからね。ほら、レベル1つあげました。凄いでしょ? 戦闘力だって高いですよ。剣術も剣技もLv7だし。なんなら、魔術スキルも上げちゃうよ? 火魔術をLv10にしました! どうです? 〈火魔術がLvMaxに達しました。火炎魔術Lv1がスキルに追加されます〉だって! おお、更に上があったんだ。どうですか? 俺ってば、拾っておいて損はないでしょ? あと、このスキルも――――
「――……っ!」
ああ、人恋しすぎて幻聴が聞こえてきた。もう末期かも。
「お――! ……れを――っ!」
うん? 本当に幻聴か?
ガタガタガタガタ!
僅かな振動が、地面を通して伝わってきた。何の音だろうか。
「まだ――追って――」
「ち……しょう! なん――」
やっぱり人間の声だ!
やった、人間が来たんだ! 神様ありがとう。
おーい、俺はここだよ! ほら、剣が刺さってますよ? まるで伝説の剣みたいですよ? だから引っこ抜いて! プリーズ!
ガタガタガタガタ!
振動の正体は馬車の車輪だった。1台の幌馬車が、森から姿を現す。
なんか、スピード出し過ぎじゃない? そんな速度でカーブしたら――。
そして、俺の目の前で馬車が横転した。
ガシャーン!
うわちゃー! 中の人平気か? しかし、何であんなに慌ててるんだ? 何かに追われてるみたいだけど。
今の俺は念話も使えないので、ただ見ているしかできない。馬車に乗っている人たちの安否を気遣いながら見ていると、馬車から人が這い出してきた。
おお、無事だったみたいだな。ファンタジーに出てくるテンプレな感じの商人だった。ドラ〇ンクエスト3の男商人に、外套を羽織らせた格好と言えば、分かりやすいだろうか。
さらに、その部下っぽい小男が出てくる。小男が馬車の中に声をかけると、更に数人の男女が出てきた。
ただ、その恰好は何というか……酷かった。
明らかに洗濯していないボロボロの布を、紐で胴体に縛りつけただけの着衣とも呼べない着衣。髪も薄汚れ、首には大きな首輪がはめられている。
『奴隷だな。この世界にも奴隷がいるのか』
なんか、がっかりだ。せっかくの異世界が、汚された気分だ。別に、奴隷たちが悪いわけじゃない。ただ、どの世界でも人間ていうのは変わらないんだな~と思っただけだ。
「おい、奴隷どもに荷物を持たせろ!」
「へい、今やらせます! おい、お前ら早くしろ! 荷物を持て!」
「うう」
「さっさとしろウスノロ!」
うわ~。クズだ。人間のクズがいる。小男が奴隷を鞭で叩いて、重い荷物を背負わせようとしている。見ているだけで気分が悪くなってきたぞ。
「や、奴が来る!」
「ひぃい! 来た!」
そして、彼らが慌てている原因が姿を現した。
「グルルル」
それは、首を2つ持った、熊の魔獣であった。




