1295 現れた援軍
「あれは……北征公の旗だ!」
なんと、最後の公爵がここで?
「それに、後ろにいるのは、緋眼騎士団だ!」
これまで連絡が取れないと言われていた、最後の赤騎士団が、公爵とともに戦場に姿を現していた。
仲間なのか?
プォン! プォン! プォォォォン!
先頭にいる、大きな旗を背に差した騎士が、金色の喇叭を規則的に吹き鳴らす。突撃喇叭というやつなんだろう。
そして、騎士たちは無言のまま邪神の欠片目がけて一斉に突撃を開始した。
整然とした隊列で大地を駆け抜けるその姿は、見とれてしまうほどに堂々としていた。
しかも、彼らが乗っているのはただの馬ではない。明らかに馬の範疇を超えた、尋常ではない速度が出ているのだ。
その体からは魔力が迸り、光を纏っている。数千の馬たちすべてが、魔獣であるのだろう。
しかも、戦場に姿を現したのは、彼らだけではなかった。
「! あっちの空!」
「何か黒いのが飛んでいるぞ?」
『なに?』
確かに、西の空には無数の黒い影が舞っている。コウモリのような翼を生やした、無数の黒い何かだ。
ドンドンこちらに近づいてきているのが分かった。
俺もフランも、恐れることはない。その正体が、すぐに判ったからだ。
不吉にすら見える姿と、凶悪な魔力。それらは全て悪魔であった。間違いなく、フィリアース王国の軍勢だ。しかも、フルトとサティアの魔力が感じられる。
彼らの近くには、出会ったことがないほどに強大な悪魔の魔力もあった。きっと、フルトたち以外の王族も一緒なのだ。
「! あっちからも!」
『ああ!』
フランの顔が、今度は東を向く。そちらからも軍勢が近づいているのが分かった。こちらにも、知り合いの魔力がある。
「カーナいる」
『ああ。それに、学院の教師たちに、冒険者もいるな!』
まるで、示し合わせたかのようだ。いや、連携を取っているのか? タイミングを計っていたが、王都が消滅したことで攻撃を開始したのかもしれない。
最初に邪神の欠片とぶつかるのは、北からの軍勢だ。
邪神の欠片から数度にわたって攻撃が放たれるが、それらはほとんど被害をもたらさない。即座に着弾地点を察知して、馬たちが回避してしまうのだ。
爆風に巻き込まれて崩れ落ちる騎馬も僅かにいたが、直撃ではないので死んではいないだろう。後続の赤騎士たちが回収している。
「先頭にいるのは……」
シビュラが見つめるのは、騎士団の先頭をかけるひときわ目立つ一団だ。他の騎士たちと違い、揃いの鎧ではないのだ。
騎士と同じミスリル製の鎧ではあるのだが、微妙に形状が違っている。騎士たちの鎧を量産型とするなら、こちらは各々の趣味で改造した特別製という感じだ。
放たれる存在感も特に強く、指揮官や幹部的な者たちなのだと思われた。
「北征公だ……」
「! 先頭の、おっきい馬の人?」
「そうだ。間違いない。北征公と、その親衛騎士たちだ」
先頭にいる一団は、多くがフルフェイスではない兜をかぶっている。そのため、顔がしっかりと確認できた。いや、普通の人間なら見えないだろうが、シビュラは俺並に視力がいいらしい。
間違いなく北征公と、その腹心たちであるという。
驚きのままに北征騎士団の突撃を見つめていると、再び邪神の欠片から攻撃が放たれた。今度は回避が難しい、閃光のような範囲攻撃だ。
今度こそ、回避しきれない!
だが、騎士たちは止まらなかった。全員の鎧が白い光を放ったかと思うと、邪気の攻撃をものともせずに突き抜けたのだ。広範囲を攻撃するため威力は弱かったが……。
あの銀色の鎧、魔道具か? あの数の魔馬と魔道具を揃えてるっていうのか? そもそも、騎乗している騎士たちは、全員が尋常な使い手ではない。
多分、赤騎士並だろう。冒険者ランクで言えば最低でもD相当。C以上の騎士もかなりいる。それが3000人だ。
凄まじい戦力である。
それでも、俺にはあの軍勢が邪神の欠片とまともに戦えるか疑問だった。確かに強い。小国くらいならあっさりと陥落させることが可能な戦力だ。
しかし、相手は邪神の欠片である。あれと正面切って戦うには、普通の戦力を何万人集めても意味がないだろう。少数でも強者が必要なはずだった。
だが、北征騎士団の強さは、俺の予想を遥かに超えていた。
「長きに渡る邪神討滅のための積み重ね! 今こそ、先達と祖先に示す時! 突撃だぁぁ!」
「にゃはははは! みんな、いくにゃぁ!」
北征公の叫びに続き、その横にいる親衛騎士の一人が何らかのスキルを発動させたらしい。神々しい光を放つ。
すると、騎士全員が同じように輝いたではないか。
スキルの効果はすぐに判った。目に見えて、その進軍速度が上昇したのである。フランの持つ進軍の戦乙女に似た効果があるのだろう。
恐ろしい速度を得た騎士たちは、あっという間に邪神の欠片の足元へと到達していた。そこからどうする? 攻撃方法があるのか?
すると、騎士たちは一斉に剣を抜き放つ。白い光を纏う、魔法の剣だ。次の瞬間、無数の光弾が邪神の欠片たちに降り注いでいた。
オオオォォォォ!
邪神が嫌がっているのが分かる。あれは――。
「破邪の力」
フランが呟いた通り、破邪顕正と同じ性質の力だろう。驚きなのは、それを全員が装備している点だ。
あれだけ強力な破邪の剣を、全員分揃えた? どれだけの手間をかけたんだ?
「……氷の武具ではないだと?」
「どいうこと?」
「北征公の配下は、氷の魔剣と鎧を装備していることで有名だった。宝具の効果だという話だったが……。どうやら、氷雪属性以外の武具も生み出すことができたらしいな」
配下に属性武具を与える宝具? チャリオットも色々な属性を操っていたし、そういう能力もあり得るのか?
それに、武具が強くても、それを使う人間が弱くては意味がない。そう言う意味では、魔馬や武具を集めるよりも、あれだけ強い騎士たちを揃えることが、最も難しいはずだった。
『すげぇな……』
「先頭にいる騎士、黒猫族」
なに? いや、確かにそうだ! 突進力を強化したスキルを使った騎士の頭には、黒い猫耳が見える! あんな強い黒猫族が、こんなところにいたとは……!
他にも、魚人や蟲人なども見える。獣人でも差別なく登用してるらしい。実力主義ってことなんだろう。
北征騎士団が予想を超える健闘を見せる中、東に現れた軍勢から強力な魔術が飛んだ。破邪の力を持った、極大魔術並の砲撃である。
魔術師たちが100人以上で儀式を行っているようだった。とんでもない練度だ。さすが、魔術学院卒業のエリートたちなだけある。
大きなダメージを与えているかと言えば疑問だが、牽制にはなっていた。しかも、1000人の魔術師たちが時間差で砲撃を続けることで、間断なく邪神の欠片を攻撃して足止めができている。
そこに、悪魔の軍勢が襲い掛かった。
暗黒魔術の爆発が無数に広がり、邪神の欠片を吹き飛ばす。ダメージを与えるより、衝撃で動きを止めることを重視しているんだろう。
「援護に行く」
「だが、フランの剣は大丈夫なのか? ヒビが入ったままだが。予備の剣はあるのかい?」
(……師匠?)
『だいじょうぶだ。全く問題ない』
(ほんと? 無理してない?)
『ああ、へいきだ』
フランのためだったらいくらでも無理するさ。俺はフランの剣だからな。それに、再生も進んできて、魔力を操る感覚も戻ってきた。問題ないのだ。
『いこう!』
「ん!」




