1294 防戦
急いで巨大邪人を掃討した俺たちだったが、その間にも戦況はさらに悪化していた。
4体の邪神の欠片との戦いで、チャリオットが防戦一方になっていたのだ。
邪神の涙腺、悪心の放つ邪気の塊によって動きを阻害され、刃尾の鞭のような烈しい攻撃と、火炎袋の爆炎によって神気の障壁を削り取られていく。
美しく輝いていたチャリオットの装甲は薄汚れ、一部の破損は再生が間に合わずにいるようだ。神剣の化身が、追いつめられていた。
マレフィセントたちは、どこにいるか分からない。毒の霧が消えていないので、倒されたわけではないだろうが……。
このまま邪神の欠片へと攻撃を加えるか? それとも、マレフィセントの援護に向かう方がいいのか?
だが、すぐに悩む暇などなくなってしまう。
「!」
『おいおい……ヤバいぞ!』
邪神の欠片たちが一か所に集まると、邪気を放出し始めたのだ。それぞれが放つ邪気が上空で混ざり合い始め、数秒もすると黒い邪気の塊が生み出される。
そこにさらに邪気が流し込まれ、恐ろしく強大な邪気を内包した球体が生み出されていた。しかも、神気も感じられる。
あれは邪神気と同種の力だ。
連携するだけでも驚きだったのに、あんな合体技じみたことまで! どう考えても、尋常な行動ではない。
放っておいたらどれほどの災いとなるのか。
当然ではあるが、カレードたちも座して見ているわけではない。邪気の放出を邪魔しようと、激しく攻撃を加えている。
だが、邪神の欠片たちは防御も再生も捨て、半身を削られようとも邪気の放出をやめようとはしなかった。
『逃げろぉぉ! 距離を取れぇぇ!』
俺の放った咄嗟の叫びを聞き、仲間たちが即座に逃走を開始する。
少しでも邪神の欠片たちから距離を取らねば。全員の本能が、彼らに訴えかけているのかもしれない。その行動に迷いはなかった。
俺はディメンジョン・ゲートを開き、外壁の外へと一行を逃がす。そこには、シビュラたちがいた。勿論、偶然ではない。
「シビュラ! こっちきて! 早く!」
フランが赤騎士たちを集める。シビュラたちも異変を察知していたのか、素直に従った。
そして、破滅の時が訪れる。
溜め込み続けた邪神気が限界に到達したのか、球体の形が歪み、輪郭が崩れた。その瞬間、邪神気の球体が大爆発を起こす。
いや、そう見えるほど瞬間的に、邪気が一気に溢れ出したのだ。
迫りくる壁のような邪気の濁流を見て、全員が障壁を展開する。フランは巨大な守護神の盾を展開すると、仲間たちの前に立ちはだかった。
全員を包み込むドーム状の守護神の盾。アマンダはマールに魔力を与え、その力をフランに移譲している。フォールンドは障壁強化能力を持つ魔剣で守護神の盾を強化し、残った者たちは守護神の盾の上に障壁を被せる。
赤騎士たちはできるだけフランたちの負担を減らそうと、おしくらまんじゅうのように一か所に集まって障壁が小さく済むよう試みた。
一丸となって構えるフランたちを、黒い邪神気の津波が呑み込む。
音はない。だが、凄まじい勢いで邪神気が障壁の周囲を流れているのが分かった。一瞬で、ウルシたちの障壁が砕け散る。残るは守護神の盾だけだ。
「ぐぅ……」
『フラン! 堪えろ!』
フランの表情が歪む。守護神の盾であっても、この邪神気の波には耐えられないのか? 明らかに障壁が削られ、薄くなっていくのが分かる。
これは、本当にマズい!
俺は邪神気を引き出して障壁を張った。だが、即座に消滅してしまう。同じ邪神気でも、総量が違い過ぎるんだろう。
『なら、こうだ!』
防げないなら、防がん!
俺は邪気を受け入れ、吸収することを試みた。
押し寄せる邪神気を吸収し、自身の力に変えていく。自分だけではない。邪神の欠片が封印されている俺の奥深くにも、邪神気を流しいれた。
やばい! 邪神気が強すぎて、一瞬で俺の魔力が満タンに……!
『うぉぉぉぉぉ!』
使え! 魔力を消費し続けて、邪神気を吸収し続ける余地を残し続けろ! 障壁を全力で展開しつつ、邪神気も吸収し続ける。
吸って張って吸って張って――無心でそのサイクルを繰り返した。
意識するな! 循環させるように力を回せ!
〈剣化深度が急上昇中。75%を越えました。危険域に――〉
アナウンスさんが警告を……? ダメだ、今は気にするな! 少しでも集中を乱したら、障壁が維持できなくなるぞ! すまん、アナウンスさん! フランと仲間と赤騎士たちを守るため、失敗する訳にはいかないんだ!
『ぐ、がが……がああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
俺の刀身に無数のヒビが入るのと、ほぼ同時だった。邪神気の奔流が消えていた。フランが守護神の盾を解除し、その場に片膝を突く。
「師匠! だいじょぶ?」
『あぁ、だい、じょうぶ……』
念話も上手く使えん。邪神気による傷だからか? ただ、ゆっくりと再生していく感覚はある。数分もあれば、ヒビは塞がるだろう。
『少し、休めば……』
「ん……」
それにしても、これは……。改めて、恐ろしい。
王都だった場所は、一面荒野と化していた。幾千幾万もの建物は消滅し、剥き出しの大地は大きく抉れて掘り返されている。
爆心地であった王城も当然消え、王都を囲んでいた城壁も消え、そこが王都であった痕跡もすべて消えている。
この場にいない赤騎士たちも無事か? マドレッド、ローザの気配は微かに感じられる。多分、無事だろう。
しかし、ホッとしている暇などなかった。邪神気を放った邪神の欠片は待ってなどくれないのだ。
「マズい」
フォールンドの呟きに皆が反応すると、恐ろしい光景が目に入ってきた。
「カレード!」
あの邪神気の爆発によって、チャリオットも相当なダメージを負ったのだろう。そこを追撃されたらしかった。
赤い巨人が刃尾によって胴を貫かれ、高々と持ち上げられている。そこに他の欠片から集中攻撃を加えられ、次々とその機体が破壊されていった。
「神剣が、負けるっていうの……?」
アマンダが、掠れた声で呟く。あまりにも絶望的な状況で、心が折れかかっているのだろう。これは、本当にマズい。逃げるべきだ。
フランも未だに再生しない俺を抱きしめつつ、唇を噛みしめている。
だが、絶望的な状況を叩き壊すかのように、戦場に軽快な音が鳴り響く。
プオォォォーン! プオォォォーン!
いったい、なんだ? 気配察知も働かないせいで、何が起きているのか全く分からない。
喇叭の音?
プオォオォォォォォォォーン!
一際長い喇叭の音が戦場を走り抜けた後、フランたちが北を見つめる。
「……人がたくさんきた」
「騎馬隊なの? それに、その後ろにはもっと人がいるわ」
『確かに……』
北の丘の上に、無数の旗が翻っていた。その旗のもと、横一列に並ぶのは銀色の甲冑に身を包んだ騎士たちだ。その数、3000以上。
威風堂々。そんな言葉が思い浮かんだ。
しかも、その背後には赤い鎧を着た騎士たちの姿も見える。あれは、赤騎士か? フランの横にきたシビュラが、驚きの表情だ。
「あれは……北征公の旗だ!」




