1293 邪神の欠片たち
轟音を立てながら地面に落下するチャリオット。その赤い機体からは、もうもうと煙が立ち上っている。
高温を伴った攻撃でチャリオットを地面に叩き落としたのは、新たに姿を現した真っ赤な色の邪神の欠片だろう。
それは、赤い肉塊だった。
内包する凄まじい邪気からも、邪神の涙腺が生み出した新たな邪人ではなく、邪神の欠片なのだと理解できる。
草食獣の内臓のようにも見える赤い肉塊は、その周囲が陽炎でユラユラと歪んでいた。凄まじい熱気を放っているんだろう。
実際、その肉体の下や周囲の瓦礫が、赤熱し始めていた。
『あれが、邪神の火炎袋か……』
「熱そう」
『チャリオットは、無事だな』
赤い巨人は背中から魔力を放出し、その勢いで背を地面に擦るように移動しながら一気に上昇して起き上がった。
装甲の一部が融けているが、すぐに再生していく。さすが神剣。再生能力もしっかり完備しているか。
だが、邪神の火炎袋は攻撃の手を止めない。表面に無数の穴が開くと、そこから火炎が吹き出したのだ。
上空へと打ち上げられた100近い火の球は、明らかに重力に引かれるよりも速く大地へ向かって落ちてきていた。
どんどんと加速し、チャリオットに襲い掛かる火球。
雨霰と落ちてくる火球を、赤い巨人は華麗に躱していった。しかし、邪神の欠片の攻撃が、あの程度であるはずがない。
火球が、突如大爆発を起こす。回避した直後であったため、爆発はチャリオットの真横で起きているはずだ。
その一発が起爆剤となったのか、火球が同時に爆発を起こし、チャリオットは巨大な爆炎に包まれた。その余波は凄まじく、周辺の瓦礫が散弾のように周囲へと飛び散っている。
軽々と飛んでいるように見えるが、最も大きい瓦礫は直径10メートルを超えるだろう。それが、まるで発泡スチロールのように見えた。
飛んだ瓦礫が家屋を押し潰し、広範囲に凄まじい被害が出ている。
チャリオットは――黒煙の中から光線が放たれ、邪神の火炎袋を貫いた。無事だったらしい。
吹き散らされた煙の中から現れたチャリオットの右手には、巨大な弓が握られていた。マドレッドの持つ宝具、ダスク・レインとそっくりだった。まあ、こちらの方が数百倍大きいだろうが。
邪神の火炎袋が起こした大爆発も、チャリオットの巨弓も、極大魔術並の威力があっただろう。それだけの攻撃を応酬し合いながらも、目立ったダメージは両者に残っていない。すでに再生済みなのだ。
改めて、神剣も邪神の欠片も、人知を超えた存在だと思い知らされた。
「邪人を倒して、援護いく」
『待て。焦ると危険だ。それに、援護は任せればいい』
チャリオットに気を取られているように見えた邪神の欠片たちに、紫色の霧が勢いよく襲い掛かった。
「マレフィセント!」
『ああ。ヘルの神毒だ!』
紫の霧から、神属性が放たれている。最初から全力だった。
霧に触れた瓦礫が、消滅したのかと思うほどの早さで溶けて消えていく。その毒を食らった邪神の欠片たちは、今まで以上に大きな咆哮を上げる。
確実に、影響を与えていた。
邪神の涙腺は、その表面がゆっくりと紫に染まり、溶け始めているのが見えた。邪神の火炎袋は自身の周囲に炎を纏い、神毒を防いでいるようだ。ただ、動きは完全に止まっている。
邪神の欠片と言えど、無視することができないのだろう。ただ、大きなダメージは見られない。
邪神の欠片たちの防御力が恐ろしく高いのだ。生きとし生けるもの全てを死滅させる紫の霧の中でも、その形を保っている。このまま、ヘルの力だけで倒しきることは難しそうだった。
だが、この場には神剣が二振り揃っている。もしかしたらマレフィセントはそのことも織り込み済みで、奴らの動きを止めることを優先したのか?
多分、そうなんだろう。
紫の霧が邪神の欠片たちを襲っているその間に、チャリオットは攻撃の準備を整えていたのだ。
チャリオットの周囲には、5つの金属の球体が召喚されている。金属フラスコよりも数倍は大きい金属球。その表面がバチバチと帯電し、紫の光が弾けている。
同時に、膨大な神気が弓に集中していくのが分かった。顕現するのは、神気を圧縮して生み出した、1本の矢である。金属球は、チャリオットのエネルギー制御を補助する力があるらしい。
限界まで引き絞られた弦に魔力が巡り、弓全体が赤い光を放つ。
「うぉぉぉぉ! くらえぇ! クリムゾン・ミーティアァァァッ!」
カレードの声が響き、流星のような矢が天から降った。
空気を激しく震わせながら、邪神の欠片2体の丁度中間あたりに着弾する赤い流星。直後、爆発するように閃光が広がった。
真っ赤な光のドームが邪神の欠片だけではなく、王城や周辺を覆い隠す。爆風や衝撃は驚くほど少ない、あのドームが内部に破壊エネルギーを閉じ込めているんだろう。
マレフィセントは大丈夫だ。赤いドームのすぐ外に、微かに魔力が感じられる。ちゃんと連携を取っていたらしい。
赤いドームが弾けるように消えた後、体を大きく削られた邪神の欠片たちの姿があった。邪神の涙腺は、その体が半分ほどの長さになっている。邪神の火炎袋は、30メートルほどの巨体の上半分がごっそりと削り取られている。
再生もゆっくりで、邪神の欠片たちが明らかにダメージを受けたことが分かった。これは、チャンスなんじゃないか?
カレードもそう感じたらしく、数種類のゴーレムを召喚し、上空から矢や火炎弾を放っていた。マレフィセントも毒を生み出して、攻撃しているようだ。
これは、やったのか? フラグを立てたくないので、口には出していないぞ? それでも、このまま攻撃を続ければ――だが、戦況は突如覆されていた。
「柱! なんか出てくる!」
『2体同時に、邪神の欠片が復活しやがった!』
柱の中から、2つの巨大な影が飛び出し、チャリオットに対して攻撃を仕掛けた。
黒い邪気の砲弾が幾つも放たれ、大爆発を起こす。チャリオットもマレフィセントも、攻撃を中断せざるを得なかった。
1体は、邪神の涙腺よりもさらに細く長い、50メートルほどの体だ。しかし、その全身が白く硬い鱗のようなものに覆われ、先端には大鎌のような刃が生えている。非常に攻撃的で、力強い印象だ。
根元に当たる部分は無数の短い触手が生え、大地に根を張ろうとしている。こいつが邪神の刃尾だろう。
もう1体は、巨大な口であった。表面がスベスベな紫色の球体に、サメの歯のような鋭い牙が並んだ大きく裂けた口が付いている。さらに、球体の表面からは触手のようなものが10本ほど伸び、その先端には目玉が付いていた。
残るこいつが、邪神の悪心なんだろう。悍ましさというよりは、こちらの精神を不安定にさせるような気持ち悪さがある。
「……あれは、ダメ!」
3体目の巨大邪人を葬りながら、フランが悲鳴のように声を上げた。その顔からは血の気が引いてしまっている。
フランでさえ、4体の邪神の欠片に恐怖を感じているんだろう。
邪神の欠片たちが放つ邪気が、ここまで届いているのだ。操られることはないといっても、その悍ましさはフランの精神をかき乱すらしい。
オオオオォォォォォオ!
『今なら、逃げ――』
「逃げない!」
『ははは。そう言うと思ったよ。だったら、巨大邪人を先に処理するぞ! 焦らず、手早くな!』
「ん! ありがと師匠。ちょっと弱気だった」




