1290 邪神の涙腺
邪人たちを退けながら、日の出までの数時間ほど出城を守り切ったクランゼルとレイドスの連合部隊。未だ薄暗い中、出城の中庭に全員が集結していた。
王都の異変を目の当たりにして、一言も発さず厳しい顔の赤騎士たち。そんな家臣たちの前に、カレードが進み出る。そして、ローブを脱ぎ去った。
誰もが少年王の体を見て、驚きの声をあげている。
「僕の状態を見て、聞きたいことはたくさんあるだろう。だが、今は詳しく話している暇がない。今は、もっと大事なことがある」
ざわついていた赤騎士たち全員が、背筋を伸ばして傾聴の姿勢となった。やはり、王というのは特別な存在であるらしい。
「王都の地下には、邪神の欠片が眠っている。長らく、王家や公爵はその封印を維持してきた」
全員が驚きの表情だが、騒ぎ出す者はいない。シビュラたちが睨みを利かせているというのもあるが、短い時間でカレードが赤騎士たちに認められていた。
夜番の赤騎士たちを見舞ったりしていたからだろう。
「だが、僕たち王家の力及ばず、邪神の封印が解けようとしている。すまない」
「陛下のせいではありません。公爵どもが暴走して……!」
「だとしてもだ! 国内で起きた事件なんだ。王が責任を取るべきなんだ」
シビュラの言葉に対し、首を横に振るカレード。そこには、昨晩見せたような迷いの色は欠片もなかった。
「だが、相手は邪神の欠片。簡単には勝てないだろう……。力が必要だ。皆の、力が!」
カレードがその場にいる全員の顔をゆっくりと見回す。
赤騎士たちが、覚悟を決めたのが分かった。少年王が示した覚悟に、鼓舞されたのだろう。それは、フランたちも一緒だった。
「邪神の欠片だけではなく、産み出された邪人も掃討しなくてはならない。邪人が増えれば、それだけ邪神の欠片が強化されるからだ。皆にも血を流して戦ってもらわなくてはならない」
ここに集結した誰もが、命を賭して邪神の欠片と戦う決心を固める。これが、王のカリスマ性ってやつなのか? 俺でさえ熱くなったのだ。
その覚悟を受け取った少年は、静かに頷く。
「心配するな! 王家には――僕には切り札がある! この体を見よ! これこそは、神剣チャリオットに認められた証だ! 神剣とは、邪神の欠片と戦うための力! そこに皆の力が合わされば、絶対に勝てる!」
「「「うおおおぉおぉぉぉ!」」」
赤騎士たちの士気が最高潮に高まった瞬間であった。
このタイミングを見計らっていたわけではないだろうが、赤騎士たちのテンションと同じように王城の邪気が高まりを見せていた。
オオオオオオオォォォォォォ!
大型木管楽器のような重低音が王都中に響き渡る。それは紛れもなく、巨大な何かの咆哮であった。
次いで、小さな揺れがフランたちを襲う。
「王城がっ!」
出城の屋上から周囲の見張りをしていた騎士が、悲鳴のような叫び声をあげる。フランが屋上へと跳び上がり、兵士の見ている方角を見ると――。
「お城から、黒い柱」
『出てくるぞ!』
王城の内部から立ち上る黒い光の柱によって、尖塔が崩れ落ちていた。邪気が、間欠泉のように噴き出しているのだ。その勢いは、王城の屋根や壁を高々と吹き飛ばしてしまうほどだった。
そして、黒い柱の中から、ナニかが出てくる。
何と表現すればいいか……。
それは全身が真っ黒な、長い肉の塊だった。ワームや蛇っぽくも見える。地面をズルリズルリと這いまわっているせいで、余計にそう見えるのだろう。
「オォォォォォォォ!」
再び、咆哮が聞こえた。口などは見当たらないが、間違いなく肉塊が放ったものだ。
異様で醜悪な姿。あれが、邪神の欠片だ。
全身に邪気を纏うどころの話ではない。その肉全てが邪気で構成されているかと思ったほどに、濃密な邪気の塊だ。
「邪神の、欠片」
「間違いないわ」
「ああ」
フランの呟きに、追いかけてきていたアマンダとフォールンドが頷く。彼らも、本能で理解したんだろう。
邪神の欠片の内部で、強い邪気が膨れ上がる。同時に、50メートルを越えそうな長さの巨体が、ブルブルと震えだした。
「! 何かやる!」
邪神の欠片が、蛇の鎌首のように先端を高々と持ち上げる。そこに、邪気が集まっていた。邪気が圧縮され、まるで小さなブラックホールがそこにあるかのようだ。
そして、邪気の雫がしたたり落ちた。まるで大粒の涙を流しているかのように、ホロホロと邪気の塊が大地へと落ちていく。
すると、大地の染みとなった邪気の塊から、巨大な何かがはい出してくるのが見えた。何と、二足歩行の巨大な邪人だ。
全身を邪気のヴェールに覆われているため、姿や種族はよく分らない。道中で見た邪気を纏ったミノタウロスより、さらに大きいだろう。
横に巨大な邪神の欠片がいるため、あまり大きくは見えない。しかし、その身長は10メートル近かった。
僅か数分で、巨大で強力な邪人が、20体以上生み出されていた。
あれが、邪神の涙腺で間違いなさそうだ。
周囲を荒れ狂う邪気の嵐の中、巨大な邪神の欠片と邪人たちの咆哮が轟く。それは、怪獣映画とホラー映画を併せたような、恐怖心を呼び起こす光景だった。
巨大邪人たちが、歩き出すのが見える。明らかにこちらを目指しているだろう。
出城の屋上へと登ってきたカレードが、邪神の欠片を睨みつけた。
「……邪人を皆に任せて、僕が本体を叩く。それで、いいか?」
「任せて」
「頼んだ」
フランに対して軽く微笑むと、少年は機械の腕を天高く掲げ、叫ぶ。
「目覚めろ! 機械仕掛けの赤き騎士王よ! 来い! 戦騎チャリオットォォォォォ!」




