1288 4体の邪神の欠片
出城へと突入し、邪人を退けたまではよかったんだが……。
赤騎士と俺たちの間には、微妙な空気が流れていた。
向こうからすれば、クランゼル王国の主力たちだからな。それがシビュラたちと一緒に現れて、何故か自分たちを助けたのだ。意味が解らないのだろう。
特にフランに対しては、戸惑いや怒りの感情が多く向けられていた。赤騎士たちを最も倒したのはフランだし、団長たちも討ち取っている。助けられたからと言って、素直に礼を言えるような関係ではなかった。
そんな中、血死騎士団長のローザが近寄ってくる。
赤地に紫の差し色が入ったドレスアーマーという、相変わらず派手な格好のおば様だ。左腕に装着された巨大ガントレット型宝具、ブラッド・メイデンが凄まじい威圧感を放っている。
皆が固唾を呑んで見守る中、ローザはやや硬い表情で口を開いた。
「シビュラから話を聞いたわ。ありがとう。助かりました」
「ん」
「……正直言えば、部下たちだけではなくて私も完全には割り切れていない。でも、私たちは赤騎士。この地を守るためなら、命も捨てる覚悟がある。だったら、かつての敵と手を取り合うくらい、なんてことはないわ。まだ生きている民たちを守るためならね」
ローザがそう言って、手を差し出す。フランがその手を握ると、赤騎士たちの雰囲気に変化が現れた。
確かにクランゼル王国勢に対して思うところはあるが、今はともに戦う味方である。そう、自分たちに言い聞かせているらしい。
ローザがあえて皆の前で自分の心境を吐露したのも、フランだけではなく赤騎士たちに聞かせるためでもあったのだろう。
心が一つになったわけじゃない。だが、全員が同じ方向を向いたのは間違いなかった。これで戦えるのだ。
ただ、このまま王都に突入する訳にはいかない。赤騎士たちは消耗しきっており、とてもではないが激戦には耐えきれないのだ。
そのため、まずはこの出城で体を休めることにした。どうせもう夜なので、相手が有利な夜に突入するよりも、体を休めたうえで明るくなってから戦う方が有利だろう。
無論、邪人たちは押し寄せるが、部隊を分けて休憩と戦闘を分担する。
俺たちは、最初の見張りを担当することになった。出城の周辺に聖浄魔術の結界を張り巡らせ、敵の侵入をできるだけ防ぐ。
昼に戦った高位の邪人相手だと、意味ないだろうけどね。ただ、群がるウザい雑魚をシャットアウトできるだけでも、だいぶ楽になるはずだった。
俺とフランは持ち場に出現した邪人を倒し、一息つく。俺たちがいるのは、王城から続く脱出路の入り口だ。出城の地下の、そこそこ広い部屋である。
赤騎士たちは子供に重要箇所を守らせるのは不安なようだったが、アマンダとフォールンドが強く推したのだ。俺とウルシ、アヴェンジャーがいることを知っているからね。
アマンダたちはそれぞれ、四方の城壁を監視しているはずだ。
「……」
「……」
この場にいるのは、フランとウルシ、カレードだけだ。カレードは自分で最も危険な場所を守ると言って、この場所の防衛を買って出ていた。シビュラもマドレッドも、フランと一緒ならと折れたらしい。
戦闘の後は、沈黙が場を支配している。元々無口なフランと、友達が多くなさそうな少年王。しかも、出会ってまだ1日も経っていない。
そりゃあ会話も弾まないだろう。
それでも、カレードはフランのことをチラチラと見ていた。少し見て、視線を逸らし、無言で悩んでまたフランを見る。その繰り返しなのだ。
おいおい、王様よ。もしかして、うちのフランに惚れちゃったか?
フランは超かわいいし、出会いはそれなりに劇的だったし、吊り橋効果抜群の状況だ。フランを好きになっちゃってもおかしくはないけどさ!
ダメダメ! ダメだぞ! そりゃあ、将来性がありそうな顔立ちだし、王様っていう点と、神剣使いっていう属性はポイント高いよ? 今までのお婿さん候補たちの中じゃ、一番の有望株かもしれない!
でも、クランゼル王国で活動してる冒険者のフランと、レイドスの王様じゃ立場が違い過ぎる! まるでロミオとジュリエットじゃないか! 互いの気持ちが燃え上がっちゃって、なんか後の世で語られちゃうかもしれないだろ! いかん! 俺は許さんぞぉぉぉぉ!
(師匠?)
『な、何でもない。何でもないよ? 念動で嫌がらせしてやろうとか考えてないよ?』
(?)
俺がカレードをどうしてやろうかと妄想していたら、フランが少年に話しかけていた。
「邪神について、知ってることある?」
「……ああ、あるぞ」
フランの質問を聞き、カレードが邪神について語り出す。必要なことなら問題なく喋れるらしい。
「王族に伝わる知識によれば、封印されている邪神の欠片は4体」
「ん」
「滂沱の如く邪人を生み出し続けるという『邪神の涙腺』。竜すら焼き尽くす炎を吐く『邪神の火炎袋』。あらゆるものをなぎ倒し、切り裂く『邪神の刃尾』。人を支配し、狂わせるという『邪神の悪心』。全てが、恐ろしい力を秘めている。僕が最も警戒しているのは、邪神の悪心だ」
「なんで?」
邪神の欠片ともなれば、どれも規格外だろう。あえて邪神の悪心を一番警戒する理由はなんだ?
むしろ、他人を支配する能力は他の邪神の欠片も持っているはずだし、特別強いようには思えないが?
「……公爵たちの精神が歪んだのは、邪神の悪心が何かをしたんじゃないかと思って……。チャリオットに守られたが、僕も悪心から干渉を受けたことがあるんだ」
「なるほど」
他者の支配に特化しているからこそ、僅かに封印が弱体化しただけでも外に影響を及ぼすことができたってことか?
長い年月をかけて歪んでいたことも確かだろうが、公爵たちに最後の一線を踏み越えさせたのは邪神の悪心なのかもしれない。
「神剣使いでなくては、操られるかもしれない」
「私はだいじょぶ。操られない」
「そうなのか?」
「このすーぱー凄い剣の力!」
「そ、そうか」
「ん!」
それに、他の邪神の欠片が弱いわけではない。邪神の火炎袋、邪神の刃尾は、単純に強いタイプだ。
その力が戦闘力に全振りな分、破壊力は途轍もないらしい。
そして、邪神の涙腺もかなり厄介な能力を持っている。こいつは邪人を生み出すことに特化しているが、眷属が吸収した力を受け取って育つらしい。
深淵喰らいに似ているが、あっちも邪神の欠片が混ざっているらしいしな。同じ系統の能力を持っていてもおかしくはないのだろう。
「きっと、強いのだろうな」
カレードがそう言って、俯く。語っている内に、邪神の欠片の恐ろしさを再認識してしまったのだろう。その顔は、暗い。
そんなカレードに対し、フランが収納から取り出したあるものを差し出した。
「これ」
「これは……?」
「カレー。これ食べたら、元気出るから」
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