1286 レイドスの神剣
(……どっかで見た、気がする)
『フランもか?』
(ん)
〈ベリオス王国で接触した少女、カーナと血縁である可能性、88%〉
なるほど! カーナか!
ベリオス王国に向かう国境付近で、行動を共にした商家の娘――という設定だった少女だ。騎士を連れていたり、冒険者のことを全く知らなかったりと、不審な点が多かった。
フランは、黒猫族を馬鹿にせず、物怖じしない彼女を気に入ったらしいけどね。
彼女はレイドス出身の疑いがあったが、本当にそうだったらしい。というか、この少年と血縁ってことは、王族だったのか?
(カーナ、お姫様?)
『らしいな』
まあ、ここで指摘するようなことじゃないし、今は移動を最優先にしよう。
「我が馬車に乗せるのがいいだろう」
「む……これは」
「宰相。今は緊急事態だ、我慢してくれ」
「……うむ」
骨で構成された死霊馬車は、外見が邪悪過ぎるんだよな。何も知らない人が躊躇してしまうのは当然だろう。だが、今は時間がない。
シビュラが強引に宰相を馬車へと押し込んだ。
ロボは動かせないので、この場に置いていくしかない。収納もできんし、ウルシが近づくと障壁が邪魔をするのだ。
そのまま急いで王都から離れる。
5分ほど駆けた場所で一度止まり、宰相たちを介抱しながら話を聞こうとした。だが、宰相は語らない。いや、語れない。
「邪神――ぐぅっ!」
何かを説明しようとしたが、急に苦しみだしたのだ。彼の腕に嵌められた、銀の腕輪が強い魔力を放っている。
呪法魔術と似た魔力だ。何らかの魔術的な契約を破ろうとして、苦しみを与えられているようだった。
呪法魔術でどうにかできないかと考えたが、すぐに無理だと諦めた。その契約の強固さは、奴隷契約などの比ではなかったのだ。
呪法魔術を所持しているからこそ、その凶悪さがよく分った。これは、俺たちにはどうしようもない。
しかし、宰相はそれでも抗い続けていた。
「やはり……今ならば! ぬおぉぉぉぉ!」
苦し気に顔を歪めていた宰相が咆えた直後、腕輪が砕け散る。同時に、お爺さんだった宰相が、さらに老け込んでしまった。見た目的には20歳ほど老けてしまっただろう。契約を破った、反動か?
「宰相! 大丈夫か?」
「こうなっては、時間がない。今は話を聞いてくれ」
「……分かったよ」
どう見ても大丈夫ではないが、宰相はその場に倒れ込むように寝転がると、疲れた表情で口を開いた。
「不可思議な、結界のようなものが――」
レイドス全体を結界が包み込んだすぐ後、王都の地下に封印されていた邪神の欠片が力を放ったらしい。
明らかに封印が解けようとしている。宰相は焦った。まだ何年も先のことだったはずなのだ。対処する準備などできていない。
邪神の欠片の復活は、公爵たちの独断であったのだろう。
「あの者たちはもう、自分たちが暴走していることさえ気づかぬほどに、狂ってしまっておる」
宰相が力なく項垂れる。同輩の暴走を止められなかったことを、悔やんでいるようだ。
「王への忠心を口にしよるが、儂から見れば紛いものだ。自分たちが正道を歩んでいると思い込むため、王へと責任を転嫁するため、忠義を口にしておるだけなのだ。王のため国のためになると言えば、どのようなことも許されると思っておった……」
邪神の欠片を自分たちの手で復活させるという暴挙すら、王のためと言い張っていたらしい。
「まだ完全でない内にあえて復活させて、倒す。言うだけなら簡単だが、どれだけの被害が出る? いや、それどころか、奴らは民を生贄に捧げおった……。馬鹿どもが! 結局あ奴らは、自分たちの手で邪神の欠片を倒し、世に認めさせたいのだ。自分たちが、凄いことをやったのだとな……」
「……東征公と南征公は、倒したよ」
「そうか……。周囲に迷惑をかけるだけかけて、逝きよったか……。あやつららしい最期じゃ」
宰相がそう吐き捨てながらも、語る口は止めない。
公爵たちが身勝手な理屈で復活させようとした邪神の欠片。そんな相手に立ち向かい、封印の解除を遅らせたのが何を隠そう新王自身であったという。
僅か数か月前、新しく王に選ばれた少年。公爵たちの陰謀も、邪神の欠片についても知らされず、何も分からぬまま王位を継がされた男の子。
彼は騙し討ちのように全ての事実を聞かされ、それでも王であることを受け入れた。全霊をかけて、邪神の封印を維持し続けたのだ。
だが、その反動で、一気に代償が襲い掛かった。それが、体の機械化だ。
宰相が、寝かせた少年のローブをそっと脱がせる。その下は、見たこともない状態になっていた。
金属の全身鎧を着ていると思っていた少年は、実はそんなもの着ていなかったのだ。肉体そのものが、金属と化していたのである。
腕の関節は、まるで球体関節だ。ただ金属のようになっているわけではなく、明らかにロボットのような状態に変形してしまっていた。
目を覚まさぬ少年の肉体は、もう7割くらいは機械化してしまっているだろう。
「これは……。おい! 宰相! どういうことなんだい!」
「陛下のこれは、戦騎剣・チャリオットを使うための代償なのだ」
「「「!」」」
その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。
チャリオット! 有名な神剣の1つだ! ゴーレムみたいなものを呼び出す能力があるって話だが……。金属のゴーレムっていうのは、俺が想像していたよりももっとメカニカルな存在だったらしい。
そして、王から与えられるというレイドス王国の宝具たち。あれもまた、チャリオットの産物なのだろう。
その代償が、この機械の体というわけだ。寿命の減少や、悪魔化するという代償があるのだから、機械化するくらいは驚くことじゃないのかもしれない。
しかし、この少年はまだ若い。王になって数ヶ月しか経っていないという。それで、これほど代償による変異が進むなんてことありえるのか?
ただ、その疑問も宰相の言葉を聞いて、氷解する。
「邪神の欠片を常時封印し続けるため、王は神剣を開放し続けなくてはならない。しかも、邪神が復活しようとするのを押し止めるため、陛下は限界以上の力を使ってしまわれた」
無理に神剣を開放し続けたため、機械化の進行が異常に早かったらしい。
「それでも陛下は封印維持を止めなかったのだが、そこに襲撃があったのだ」
「さっきの、邪気塗れのゴブリンかい?」
「うむ」
王と宰相は地下で邪神の封印と相対していたため、地上の情報がほとんど分からなかった。秘密の場所であるため、伝令なども入れないからだ。
「結局、無数の邪気ゴブリンどもに追われ、赤騎士たちの手を借りて城を脱出するしかなかった。外では邪気を纏ったミノタウロスたちに襲われ、陛下は力を使い果たされてしまった」
「……ということは、封印は……」
「間もなく、解ける」




