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1279 母と娘


 倒れたまま動かないので勘違いしていたが、聖母の精神はまだ消滅していなかったらしい。地面に横たわっていた聖母が、こちらに語り掛けてくる。


「私ならば、その娘に干渉し、僅かなりとも暴走を抑えることが可能です」

「……シビュラ、助けられる?」

「何もしないよりはましでしょう」


 フランは既に聖母のことは信用しているが、アポロニアスたちはまだ半信半疑であるらしい。


 敵である黒骸兵団の所属だったし、仕方ないが。


 しかし、ラランフルーラに取り込まれた時も抗っていたようだし、聖母はずっと協力的だった。アポロニアスたちも、それは分かっているようだ。


「アポロニアス、だいじょぶ」

「……主がそう言うんなら……」

「ん。聖母、お願い」

「分かりました。私をシビュラの横に」


 シビュラの隣に寝かされた聖母は、ゆっくりと手を動かす。聖母はほとんど体を動かせないらしいが、これくらいは可能らしい。


 そして、自分の左手とシビュラの右手をそっと重ねた。


「いきます」

「ん」


 聖母から微かに魔力が発せられる。聖母の力の大半は、既に失われていた。下手をすれば魔力を使い切って、聖母自身が消滅するかもしれないのだ。


 そう考えると、あまり魔力を使うことはできないと思うが……。


「眷属理智化」

「うぐ……!」


 配下のアンデッドたちに理性を与えていた、聖母のエクストラスキルだ。暴走しようとするなら、スキルで強制的に理性的にしてやれってことなのか?


 ともかく、効いてはいるようだ。シビュラの体の変化が、明らかに抑えられ始めている。


 でも、どうして効果があるんだ? だって、眷属を理智化するスキルだぞ? 眷属にしかきかないんじゃないのか?


 俺が疑問に思っている間にも、聖母からシビュラに流れ込む力が増していく。それに比例して、シビュラの表情は和らいでいった。


 このままいけば、完全に――だが、意識を完全に取り戻したシビュラが、不意に聖母の手を振り払ってしまった。


「やめろ。これ以上は、あんたが……」

「シビュラ! どうしたんだよ! おい!」

「聖母の魔力が、もう残りわずかだ。これ以上私に力を注いだら、消滅しちまう……!」


 聖母が無理をしようとしていることを察して、止めたらしい。だが、シビュラの症状はまだ完全に治まったわけではなかった。


「ぐ、がぁっ……!」

「言わんこっちゃねぇ! シビュラ!」


 再び苦しみ始めてしまうシビュラに、アポロニアスが声をかける。このままでは、シビュラはどうなってしまうのか……。


 そんな中、聖母が再びシビュラに手を添えた。そして、スキルを発動する。


 やはり、聖母のスキルが有効か。シビュラの苦しみが目に見えて緩和されていた。


「聖母! あんた、なんで……」

「あなたが暴走すれば、どうせ私たちも散ることになります。ならば、暴走を止めるのが最も有効的なのです。私を消滅させたくないというのならば、その前に因子を抑え込んで見せなさい」

「……わかった」

「それでいいのです」


 聖母の叱咤とも思える言葉を聞き、シビュラの瞳に力が戻った。


 自らの内で暴れる力に抵抗するため、赤剣の柄を強く握りしめ、歯を食いしばる。


「ぐ……あぁぁ……!」

「その調子です」


 聖母の残り少ない魔力が、ドンドン目減りしていく。大丈夫なのか? 聖母は、どうしてここまでする?


「うが……あああぁぁぁ!」

「頑張りなさい。あなたならば、きっと乗り越えられます」

「そうだぜシビュラ! おまえは赤騎士団長なんだ! きばれ!」

「うぐ……」


 聖母とアポロニアスの応援と、シビュラの苦悶の声だけが聞こえる。英雄ゾンビたちも、静かに見守るだけだ。


「ふぅぅぅ……負け、ねぇぞ」


 よし! シビュラの魔力が急速に安定してきたぞ!


「ぐぅ……」

「頑張りなさい! シビュラ!」


 シビュラが再び呻き声をあげると、聖母の叫び声が響いた。その瞬間、シビュラの肉体の蠕動が完全に止まる。


 魔力の流れも淀みがなく、完全に暴走が止まったことが分かるのだ。それどころか、力が増している。因子を抑え込んだことで、むしろ制御する力が上がったらしい。


 だが、聖母は……。


「よくやりましたね……」

「あんた、なんでここまで……」

「生き残るためですよ」

「嘘つけ! フランたちに担いでもらって、ここから逃げたってよかったじゃないか! あんた、もう……」


 シビュラが悲し気に目を伏せる。聖母は限界を超えてしまっていた。シビュラの腕に添えていた手はもう、砂のように崩れてしまっている。


 シビュラに見つめられて、誤魔化しきれないと悟ったのだろう。


「……母親の真似事をしたくなったのかもしれません」


 そう呟き、残った右手をシビュラに伸ばす。その皺枯れた手が、愛おし気にシビュラを撫でようとして、崩れ去ってしまう。


「私がお腹を痛めて――いえ、私は痛みを感じませんが、私のお腹の中で育ったあなたは、私の子のようなもの……」

「はぁ? あんたが、私の母親? だが、私の母体になったアンデッドは、レイドスが生み出した特殊なアンデッドだと……」

「そりゃあ、嘘だ。昔の魔道具を自分たちが作ったと申告して研究費を引き出すような馬鹿、いくらだっていらぁ。潰した研究所の奴らにお前のことを聞いたら、本当は大昔から存在する強力なアンデッドを母体にしたとゲロった」


 娘として引き取ったシビュラが真っ当に成長できるのか心配になり、シビュラを生み出した研究を調べていたそうだ。


「じゃあ、本当に……?」

「ふふ……母などと名乗れるような存在ではありませんが……」

「ま、待て! 待ってくれ! 聞きたいことが!」

「ああ……最後に、貴女を救えてよかった」

「おい! 聖母! お、お袋っ!」

「ふ……」


 最期に、動かないはずのミイラの顔が笑ったように見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんたる因果か…。 [一言] 聖なる母よ、どうか安らかに。 貴女の想いはきっと、受け継がれている。
[良い点] 聖母よかったね [一言] 聖母のために涙ながすのはオレだけなのかもしれないけどさよかったよ、マジで泣いてます
[一言] ああ…聖母さま…
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