1278 ラランフルーラの最期
「ふはははは! シビュラが怪物と化す様を見ているがいいわ!」
ヴィシュヌを使い続けても、シビュラの苦しみ様は変わらない。失われていたフォールンドの腕は、既に再生している。ヴィシュヌの効果が弱いわけじゃない。
「てめぇ! いいから止めろ! ぶち殺すぞ!」
アポロニアスがハルバードをラランフルーラの頭部に突き付けたが、高笑いを上げるだけだ。
「無理だと言っただろう! シビュラを苦しめているのは暴れ出し始めた因子そのものよ! 我は切っ掛けを与えたにすぎん!」
「てめぇ!」
「我はもう数分で消える。シビュラが暴走する姿を見れぬだろうが……。貴様らはせいぜい、暴れるあの女と殺し合うがいい!」
アポロニアスがハルバードを振り上げ、そのまま動きを止めてしまう。ラランフルーラの言葉が嘘で、本当は止める手段があるのではないかと考えたのだ。
そのせいで、止めも刺せない。
ただ、ラランフルーラは全く嘘をついていなかった。残念ながら、本当に止める手立てはないのだ。
「……嘘じゃない」
「主は、嘘を見抜けんのか?」
「ん」
「そうかよ」
アポロニアスが憎々しげな表情で、ラランフルーラに向かってハルバードを振り下ろした。
「お前らなんか嫌いだ! こんな世界! 滅んでしま――」
「うるせぇんだよ」
幼稚な呪詛を叫び散らしながら、ラランフルーラの頭部が砕け散る。最後まで、同情はできても理解はし難い相手だったな……。
アポロニアスは興味を失ったかのように踵を返すと、シビュラに駆け寄る。
「シビュラよぉ! 頑張れ!」
「くぅぅ……おやじ」
「根性があれば、何とかなる!」
「は……じょうとうだ……」
苦しそうにしていたシビュラは引きつった笑みを浮かべると、アポロニアスの手を握り返した。
「うぐ……が……」
シビュラの肉体が、蠢く。まるで、皮膚の下で蛇か何かが暴れているかのようだ。瞳孔が竜のように縦に割れ、牙が鋭く伸びる。手や足には鱗が生え始め、体内からはボギボギと骨が割れるような鈍い音が鳴っていた。
ラランフルーラは因子の暴走と言っていたな? 多分、リミッター解除のことだろう。
だが、シビュラは抗っている。
超人たちのように一気に怪物化することもなく、何とか自身の因子を制御しようとしているようだ。
「うがああぁぁぁぁ!」
「うごっ!」
シビュラの左腕が、超巨大化した! しかも、その形状は既に人のものではなく、灰色の竜のものだ。
その竜の腕が、アポロニアスを殴り飛ばしていた。
「おや、じ……!」
「俺のこたぁ、気にすんな!」
アポロニアスは再び立ち上がると、シビュラに近づいていく。竜腕が反応するがその攻撃を躱し、シビュラの手を再び握り締めた。
「俺には、こんくらいしかしてやれん。すまんな」
「ぐ……」
シビュラの竜腕が動きを止める。
(アポロニアスが手を握ってると、シビュラの動きが止まる?)
『なるほど! 確かに、そうかもしれんな』
(間違いない。お父さんが応援してくれたら、頑張れるのは当たり前)
『……そうだな』
(ん!)
ともかく、アポロニアスの邪魔をさせないことが一番重要か?
「障壁張る」
『おう』
英雄ゾンビたちにも指示を飛ばし、アポロニアスの回復と、障壁を張る係に分かれて動き始める。フォールンドたちの回復で俺も相当魔力が減っているが、ここが踏ん張りどころだ。
なんとかシビュラの因子を制御する方法が解ればいいんだが……。
すると、シビュラが人の姿に戻った左腕で、腰の剣を抜き放った。全部が真っ赤な、魔剣だ。最近作り上げられたというシビュラの宝具、赤剣だ。
赤剣が、刀身よりもさらに濃い真紅の魔力を纏う。その瞬間、シビュラの全身がさらに激しく蠕動した。
肥大しては縮小しを繰り返し、完全に暴走が加速しているように思える。
アポロニアスもそう思ったのか、心配そうな顔だ。
「シ、シビュラ! 大丈夫なのかよ!」
「わ、かんね……」
「分かんねぇって、おい!」
「さわぐな、おやじ。この剣は、わたしの力のせいぎょ装置だ……」
赤剣から、何とも言えない力を感じる。邪気でもなく、神気でもない。なんだ?
力の源泉を探り、ようやく判った。これは、混沌の力だ。混沌識でさらに視ると、赤剣の中心部にダンジョンコアが埋め込まれているのが感じられた。
〈赤き剣に対し、制御の補助を行いますか?〉
『アナウンスさん? そんなこと可能なのか?』
〈使徒たる、個体名・封人剣・師匠であれば可能です〉
わざわざ俺を封人剣って呼ぶってことは、そのことで得られた力が必要ってことか? つまり、『混沌の神の使徒』、『混沌識』を使えってことね。
『力を注ぐだけじゃダメだよな?』
〈是。スキルを使い、混沌の魔力を赤き剣に注ぎ込んでください。私が制御します〉
『頼む』
そして、俺は使徒としての自分を意識した。混沌の神の使徒としての力を使い、ダンジョンコアと近しい魔力を生み出す。
不思議と、労せずに魔力を変換できている。色は輝く金。どうやら、フランと苦労して生み出した金色の魔力は、本当に混沌の神に連なる力であったらしい。
あの経験のお陰で、混沌の力を扱うことに慣れることができていたのだ。
『アナウンスさん!』
〈お任せを〉
アナウンスさんの補助により、混沌の力が赤剣に流れ込んでいく。そして、その中で統合され、吸収されるのが分かった。
「これ、は……」
よし、シビュラがだいぶ楽になった顔をしているぞ。さすがアナウンスさんだ。でも、まだ肉体の変化は完全に止まっていない。何か、最後の一押しは――。
「私の力を使います」
『聖母?』
その場に響いたのは、優し気な女性の声だった。
今年も年末年始は少しお休みをいただこうと思っています。
更新予定としては、12/21、12/23、12/25の後、1/4を考えています。
少し間が空きますが、ご了承ください。




