1275 鬼子母神
「我が手で、叩き潰してくれる!」
その巨体でありながら、恐ろしく速い。翼と魔力放出、圧倒的な跳躍力が合わさった結果なのだろう。気づけば、俺たちの上を取られていた。
ラランフルーラの巨体に遮られ、日が陰る。
その眼が睨みつけるのは、鞭を構えるアマンダだ。アマンダは先程までの激しい攻勢のせいで、力を使い果たしている。逃げることさえ覚束ないようだった。
そんな彼女を守る様に、英雄ゾンビたちが立ち向かう。先頭にいるアポロニアスが、全身に炎を纏いながらハルバードで魔力弾を弾き飛ばした。
「いいかげん、レイドスの問題はレイドス人で解決しなければな!」
「燃えよ!」
アポロニアスの後ろからベガレスが火炎を放つが、ラランフルーラに傷一つ付けることができない。障壁に弾かれている。
ただ、俺たちはその間に、テイワスの転移で地面へと降りることができていた。高速で飛行可能な相手に空中にいたままでは、いい的だからな。
本調子ではないマレフィセントはジャンとペルソナを連れて、物陰で障壁を張っている。すでに神剣は解除したが、悪魔の力は使えるようだ。暴走も収まっているし、しばらくは隠れていられるだろう。
落下するように追ってくるラランフルーラに、弾幕が集中する。しかし、牽制にすらならない。やつの纏う障壁が硬すぎる!
ぶち抜いたのは、俺とシエラの攻撃だけだろう。邪気があれば障壁を打ち消して攻撃を通せるようだった。
「死ねぇぇ!」
今度の標的もアマンダだ!
相変わらず、アマンダの動きは鈍かった。まだ体力が回復していないのだ。
「何が子供の守護者だっ! 私のことは助けてくれなかったくせにぃぃ!」
「……ごめんなさい」
ラランフルーラの逆恨みのような言葉に対して、アマンダは目を伏せて呟く。彼女にとっては、見知らぬ子どもであろうが、敵であろうが、救えなかった子供が目の前にいるという時点で良心の呵責が凄まじいのだろう。
それ故、子供の守護者の称号を神から与えられたのだ。
アマンダはその場で足を止めてしまった。もしかして、贖罪のためにわざとやられる気か? そう思ってしまうほどに、アマンダは申し訳なさそうな顔をしていた。
「吹きとべぇぇ!」
「ごめんなさい。私はもう、子供の守護者じゃないの」
「!」
アマンダの鞭がラランフルーラの拳を打ち据え、その軌道を変える。さらに数度振るわれた鞭が、ラランフルーラの巨体を大きく揺るがせていた。
「称号は、取り上げられちゃったわ」
バルフォンが表に出ていても、その中にはラランフルーラがいる。その相手を救うためとはいえ、殺そうとしたことで称号が取り上げられてしまったらしい。
「アマンダ……」
「そんな顔しないでフランちゃん。別に、称号にこだわっていたわけじゃないし。それにね、新しい称号も貰えたわ。鬼子母神。それが、私の新しい称号」
なんと、自身の異名と同じ名の付いた称号を得たらしい。
「鑑定なんかしなくても分かるわ。子供を救うために戦うなら、きっとこの称号は力を与えてくれる」
アマンダの全身から神気が溢れ出し、鞭の速度がさらに上がる。
「……ラランフルーラ。あなたを倒すわ」
子供へと攻撃を加えているというのに、アマンダの存在感が増していく。ただ庇護するだけではなく、アマンダが救おうと考えていれば攻撃であっても称号が働くってわけだ。
「くそぉぉぉ! 何なのだ貴様らは! 我はバルフォン様が作り上げし、最強の超人! 貴様らごときに負けるわけがないんだぁぁぁ!」
鞭の嵐の中、ラランフルーラが高速で突っ込んでくる。鞭を障壁で相殺しつつの、捨て身とも思える攻撃だ。
だが、巨人化した今の大質量なら、有効な行動だろう。だが、そんなラランフルーラの前に立ちはだかったのは、フォールンドだった。
その前に、20近い魔剣が浮かんでいる。
「魔剣結界」
「ぬが! この程度の魔剣でぇぇ!」
障壁、反射、硬化、時空断絶etc。様々な防御系スキルを持った魔剣の力を同時発動することで、一瞬だけ凄まじい防御力を発揮したらしい。
バランスを崩したラランフルーラに、ウルシがその巨体で体当たりを仕掛けた。障壁で弾かれるが、最大サイズのウルシの衝撃は受け止めきれなかったらしい。
その隙に、アポロニアスが俺に寄ってきた。
「主よ。奥の手を使う許可をくれ」
決意の表情で俺を見ている。
『む。だが……』
「このまま、逃げ回っていては赤騎士の名折れ! たとえ仮初の存在だとしても、そこは譲れん!」
「おうさ! ここで消えることになろうとも、奴に一矢報いねば!」
アポロニアスとベガレスが咆える。
道中に教えてもらったが、彼ら英雄ゾンビは不完全な存在だ。特に、奥の手を使うと顕現していられる時間が大幅に削れてしまうという。
場合によってはそのまま消滅もあり得た。しかし全員が、やらせろとその顔で訴えている。あまり主張が強くないジンガやウィレフォまでもが、覚悟を決めた顔をしていた。
しばらく耐えきれば、死ぬ相手だ。ラランフルーラ自身が、十分もせずにと叫んでいた。だが、だからこそ一矢報いたいのだろう。彼らが守るべき民を生贄にしつくした、怨敵なのだ。
「どうせ私たちは永遠に存在し続けられるわけじゃないしねぇ?」
「そうっす。魂もない半端な存在なんすよ。だったら、ここで出し尽くしてもいいっしょ? 俺も一応、赤騎士なもんで」
ヴィオレッタとルッカードが、答えも聞かずに飛び出していった。
『……英雄ゾンビども! 全力を出せ! ここで、全部使い切ってもいい!』
「「「うおおおおおおぉぉぉぉ!」」」
最初に動いたのは、ロブだ。赤い旗を地面に突き立てると、叫ぶ。
「荒れ狂え、戦う者たちよ。全てを捧げよう! カーディナル・フラッグッ!」
ロブの魔力が一気に失われ、代わりに彼の周囲にいた赤騎士たちが紅の魔力に包まれる。
反動で、命すら危うくなるという超強化。その力を以って最初に攻撃を放ったのは、ベガレスだった。
「燃やし尽くしてくれよう! 我が身もろともなぁぁ!」
「障壁を重ねろ! 聖母ぉぉ!」
ベガレスの手に握られたカーマイン・フレイムの砲身から、赤い閃光が放たれた。あの宝具の奥の手、神炎励起だろう。
だが、以前見たものよりも遥かに強力だ。多分、使用者の力量と、宝具に流し込んだ魔力の差だろう。
ベガレスの叫びの通り、自分が消滅することも厭わず、文字通りすべての力を注ぎ込んだのだ。
ラランフルーラが障壁で受け止めようとする。聖母も一緒に取り込んだのは、巨大魔石を制御する外付けの制御装置として使うためだったらしい。
ラランフルーラの障壁とは明らかに魔力の性質が違う、強力な障壁が生み出されていた。
周辺の空間ごと燃やしつくすような朱の光線が、障壁とぶつかり合う。だが、神属性を与えられた凶悪な朱炎でさえ、障壁によって受け止められていた。
やはり、今のラランフルーラは化け物過ぎるのだ。
ニヤリと笑うラランフルーラ。しかし、すぐにその表情が凍り付く。
「穿て、ダスク・レイン!」
「爆ぜなさい! ブラッドメイデン!」
「死を見せろ。ヴァーミリオン・アイ」
背後からは、眼前の朱い光と同等の神気を秘めた矢が襲い掛かってきているうえ、左右からやはり宝具の力を全力で使用した二人が加勢してきていた。テイワスの転移と、ウィレフォの精霊による加速補助で、ラランフルーラすら反応しきれていない。
四方からの神属性の攻撃が、障壁とぶつかって赤い閃光を散らす。
「「「はあああああああああ!」」」
「馬鹿な……障壁がっ! 我は、最強のはずなのにぃぃぃぃ!」




