1274 キメラ
「絶技・四天王砕きぃ!」
「うあああああああああああああああ!」
バルフォンが絶叫とともに、凄まじい魔力と光を放つ。魔力を周囲に放出して、鞭の威力を弱めようと言うのか?
閃光が地下空間を満たす。
そして、光が去った後には、下半身を失い倒れ伏す少女の姿があった。
「あ……が……ララン……」
再生が始まらない。血は流れ出すまま、内臓は零れるがままだ。失った下半身が生み出されることもなく、瀕死の少女がそのままうめき声を上げ続けている。
魔力は驚くほど減ってしまい、これ以上戦うのは誰が見ても不可能だった。
しかし、俺は妙な不安を覚えていた。なんだこの危機感は?
『フラン止めをさせ!』
「ん!」
「ふはは……よもや、我が足を引っ張るとはな……バルフォン様、申し訳ありませぬ。我らは、ここが終わりのようです……」
バルフォンの気配が再び変わった。ラランフルーラに戻ったのか?
「だが、タダでは死なぬ! 目覚めよ……キメラァァァ!」
「はぁぁぁ!」
フランの突きがラランフルーラの顔面に突き入れられるのと同時、ラランフルーラの体が爆発したかのように膨れ上がった。
フランは怯むことなく俺を突き立てて、黒雷と火炎魔術を叩き込む。しかし、ラランフルーラの膨張は止まることなく、凄まじい速度で肥大化していく。
「!」
『離れろ!』
まるでスライムのように、ラランフルーラの肉が触手と化して俺に絡みついてきた。
魔力が一気に吸われる。
転移で距離を取ると、ラランフルーラがいた場所には大きく蠢く肉塊があった。驚くほどの速さで膨張、変形を繰り返す肉塊。
伸ばされた肉の触手は巨大魔石に次々と絡みつき、その表面を覆っていった。それだけではなく、英雄ゾンビたちや、聖母にも襲い掛かっていく。
英雄ゾンビはともかくマレフィセントや聖母はどうだ? マレフィセントはペルソナを抱きながら、逃げているな。
だが、聖母がマズい。聖母が触手に巻き付かれ、取り込まれていくのが見えた。
「聖母!」
「放っておきな! 今はそれどころじゃないだろ!」
シビュラが言う通り、部屋を触手が蹂躙していく。逃げ場が狭まるが、フランが守護神の盾で全員を覆った。さらに、テイワスの集団転移で、研究所上空へと脱出する。
マレフィセントのことも、しっかり運んでくれたな。正気を取り戻したようで、ペルソナをしっかりと抱きしめながら、こちらに襲い掛かってくるような素振りはない。
「風の精霊よ! 翼の如き飛翔を!」
ウィレフォの精霊魔術が、全員を浮かせてくれる。ここなら大精霊の影響も、巨大魔石の影響もない。精霊術を、存分に行使できるらしい。
10人以上の仲間を安定して飛翔させるのは、かなり難易度が高いはずだ。ようやく、英雄らしい活躍が見れたのである。ウルシは自力以外で飛行するのが珍しいらしく、ちょっとはしゃいでいるのだ。
上空から研究所を見下ろす。内部からの圧力で研究所全体が崩れ、肉の触手が暴れる姿が見えた。
どこまで大きくなるんだ? そう思っていたら、波が引くように触手が一気に収縮し、最奥の部屋の中央に集まり始める。
それから僅か数十秒後。
そこには、巨大魔石や聖母を内へと取り込んだ、まさに巨人と呼ぶしかない存在が立っていた。
顔はラランフルーラにそっくりだ。素っ裸なのだが、まるでマネキンのように生殖器は見当たらない。あくまでも、似たナニかってことなのだろう。
その身長は10メートル近い。背には白い翼を生やし、全身からは神気を放っている。そして、その胸部には聖母が埋め込まれていた。取り込まれても、吸収されなかったようだ。
これは、他の超人たちのようにリミッターを解除したのか? だとすれば、わざわざ相手をする必要はない。
放っておけば、勝手に消滅するはずだ。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
その巨体に見合うような、まるで怪獣のような低く重たい咆哮。それだけで、吹き飛ばされそうな圧が俺たちを襲った。
「ゼライセはクズではあったが、天才であった! 奴の研究成果! キメラとの融合制御実験は、成功だ!」
またキメラって言ったか? 奴のあの姿は、俺たちがゼライセに奪われたキメラの魔魂が関係しているようだ。
必ず暴走し、国すら滅ぼしたという人造魔獣キメラ。そのキメラを生み出すための核となるアイテムが、魔魂だ。
ゼライセは、その制御に成功したってことらしい。
そして、凄まじい魔力が放出される。目標は俺たち――ではないな!
狙いを外したにしては、あまりにも遠すぎる。俺たちがいる場所の20メートルほど横を、赤黒い魔力の閃光が通り抜けていった。
その余波だけで暴風が吹き荒れ、肌を焦がすような熱が襲ってくる。もし俺たちに向けて放たれていたら、防げたか?
あの魔力の閃光は、それほどの威力を秘めていたのである。
しかし、どこを狙って――。
飛んでいった先を見つめて、俺は戦慄した。遥か南、そこにあるのは山だ。しかし、その先には?
俺がそのことに思い至った瞬間、山の向こうから閃光が放たれた。太陽のような強烈な光が、山の稜線を浮かび上がらせる。
遅れて、轟音が鳴り響いた。
「アレッサはあえて外した。だが、貴様らが逃げれば、次はアレッサに当てる。あと十分もせずに死する我が身であるが、アレッサを消滅させることくらいたやすいぞ?」
奴は嘘をついていない。逃げ道は塞がれたか。
「本来は、復活しつつある邪神の欠片を倒すための力だ。舐めるなよ?」
「邪神の欠片を倒す? お前らが復活させたのに?」
「ふん。初代国王様による封印が完全に解ける前に、あえて復活させたのだ。国土国民に敵国の兵士どもを生贄に捧げて得たこの力を使い、邪神の欠片を倒すためにな!」
邪神の欠片の力を利用して、クランゼル王国を滅ぼそうとしてるんじゃないのか? だが、考え込んでいる暇はなかった。
「さあ! 我と戦え! クランゼル王国の守護者たる、冒険者たちよ! 貴様らを食らってくれる!」
転剣コミカライズ最新話が公開中です!
フランが楽しそうでなによりですね。




