1272 Side バルフォン
何だ? あれは?
剣だ。剣なのは解る。小娘の持っていた、魔剣だ。
しかし、あの邪気はなんだというのだ。元々の剣の姿は完全に隠れ、膨大な邪気がその周囲で渦巻いている。
それだけではない。
あの、邪気に混じる気配! 間違いない! 宝具の力の源たる、我が国では王気と呼ばれる高次の魔力と同種のものだ!
我でさえ、宝具を通じて僅かに操作することしかできない、超越者の力。
しかも、公爵に下賜された特級の宝具どころか、王の持つ原型――いや、その大元たる封印された神機の如き膨大な力……!
『があああああああ!』
「ガルォォォォォォォ!」
ありとあらゆる力が混ざり合い、白銀の輝きを放つ。
そして、腕が吹き飛んだ。
気づけば、剣が一瞬で我が後方へと移動している。
転移ではない。我ですら知覚できぬほどの、超神速で突進してきたのだ。
宝具の奥の手を使っている最中は動けなくなるとは言え、同時に王気を使った障壁も張っているのだぞ?
その障壁が、全く意味をなさぬなど……なんだというのだ!
「ぬがぁ……!」
再生が鈍い! この、傷跡に纏わり付く、奴の魔力の仕業か?
『うおぉぉおぉぉぉぉ!』
この咆哮は、なんだ? あの剣が……? 魔力が唸りをあげているだけか? まるで人の叫び声のようにも聞こえるのだ。
そして、その叫び声は、我らにとっての凶兆であるようだ。
「またもや……! くぉぉぉ!」
黒き光が、二閃、三閃。
我が肉体が切り刻まれる。やはり、その動きを捉えることはできなかった。しかも、またもや再生が遅い。
『オオォォォォォォォォン!』
やはり剣が咆哮を上げているようだ。奴の飾り紐が分裂し、膨れ上がっていく? あれは狼か? 鋼でできた、狼の頭だ。
その狼の頭が一斉に襲い掛かってくる。剣で斬られるのと同様に、あっさりと我が肉体を噛み千切り、咀嚼する狼頭たち。
幾つものパーツに切り刻まれ、獣に食いちぎられる。まるで、捕食される小動物にでもなった気分だ。
散々に傷つけられた我が肉体はついには崩れ落ち、首が床に転がる。我ながら、これでもまだ死なぬとは、驚きだ。
だがこれ以上はまずい。
一撃一撃に、魂を削り取るかのような金のオーラが込められているのだ。再生があまりにも遅すぎる。
このままでは――。
(いやああああああ!)
ラランフルーラが怯えておるな。生きたまま喰われる経験は、衝撃が強すぎたか。これは、しばらく表には出られんだろう。
これ程の手傷を受けたことなど、過去になかったのだ。斬られた断面から急激に流れ出る血と生命力に、ラランフルーラの狂乱がさらに加速する。
やはり、宝具の影響が僅かに出てしまっているようだ。同じ肉体であっても、違う人格、違う魂だからであろう。
思えば、この娘を選んだのは偶然だった。自らの意思で実験に志願する者の方が生き残る確率が高いと分かっていたので、手に入れた奴隷たちには必ず実験に志願するかどうか聞いていただけなのだが……。
生き残るのがこの娘だけとは思わなかった。だが、十分だ。それだけの潜在能力が、ラランフルーラには秘められている。
人にワルキューレの上位種の因子を合成した、まさに我が戦女神。ラランという娘に、病で亡くなった我が娘、フルーラの名を与えてラランフルーラだ。
この娘の完成を以ってして、我が研究は報われたと言っていい。そして、我らの計画は最終段階を迎えた。
国土国民を犠牲にしての、邪神討滅兼再封印計画。必ず為さねばならない。それが、我がレイドスの存在意義なのだ。
遥か昔、この地に神剣の使い手が降り立った。その男は、愚かな国々によって封印を解かれた邪神の欠片を再封印し、監視や封印の維持を目的とした組織を作り上げる。
それが、レイドス戦士団。
レイドス王国に邪神の欠片が4つも集まっているのは、その戦いの折に邪神の欠片同士が惹かれ合い、一か所に集まったからだ。それを、レイドスの祖が迎え撃ち、弱らせて封印したのである。
邪神を復活させた国々はレイドス戦士団に攻め滅ぼされ、王族は幼子を残して殺されたらしい。その後、レイドス戦士団は国を作り、邪神の欠片が二度と復活しないように様々な手段を講じた。
国内戦力の充実に、公爵家に大きな権限を与えることでの有事への即応体制。さらには、他国を併呑しての国土拡張。
どれもが、封印維持のための施策だ。
邪神を封印した、我が国の祖たる王の神剣。その神剣は、邪神を封印したその時から、開放されたままだった。
普通の神剣というのは短期決戦のための兵器であり、何百年間も使い続けるなど想定されていない。
それでも、我が国は邪神の欠片を封じるため、それを維持し続けてきた。そのために必要なことは、大きく分けて2つ。
1つが、魔力。膨大な魔力を消費し続けなくてはならない。
そのため、魔石を多く集めるだけではなく、国土全土から余剰魔力を回収し、神剣へと供給するための大魔法陣を作り上げたのだ。国土を拡張するのも、この魔法陣のために必要なことだからだ。
2つ目は、神剣開放に必要な代償の供給。我が国の神剣は、使用し続ける間使用者の肉体を人ならざるモノへと変貌させてしまう。そして、最後には神剣へと吸収されてしまうのだ。
神剣の使用者になれるのは、初代使用者の血族のみ。つまり、王族だけだ。その中でも神剣と相性がいいものだけが、使用者となれる。
よって我が国では王というのは神剣に選ばれる者。そして、短命な者である。常に新たなる王族を用意し、その方々を生贄のように王に据え、封印を維持し続けてきた。
だが、この代償が、年々重くなっているようなのだ。300年前の王は、平均で35歳ほどまでは生きられたらしい。
しかし、ここ100年ほどは、王の平均寿命は20歳ほどであった。血が薄まったことと、封印されている邪神の欠片が力を増していることが原因であると思われた。
このせいで子を多く成す前に夭折される王もおられ、直系の王族の数が少しずつ減ってきてしまっていた。その結果何が起きるか?
神剣に選ばれる王族の減少と、その若年化だ。我らは、王としての教育もなされていない幼子たちを傀儡とし、生贄に捧げなくてはならなくなっていた。
王の歳が若ければ、当然ながら子など成せぬ。
いざという時のために、王の血の因子を持ったホムンクルス研究や、王の死霊を生み出す研究なども行われてきたが、結果はかんばしくなかった。戦力増強に繋がりはしたが、最初の目標である神剣の所持者は生み出せなかったのだ。
およそ30年ほど前。我らは邪神の欠片の復活は防ぎ得ぬものと結論付けた。そして、国の方針をその欠片との決戦を行う方向へと舵を切ったのだ。
ありとあらゆる戦力の開発と、国土の拡張。そして、決戦のための超戦力の用意。
しかし、幾つか問題が持ち上がる。元々、王家と神剣については秘事であるゆえ、王、宰相、祭事長、四公爵、隠密頭、この8名しか全容を知らされていなかった。赤騎士でさえ、教えられていないのだ。まあ、緋眼どもは宝具の能力ゆえ、密かに知っていたようだが。
ともかく、長年この8席に就いた者たちが国を動かしていたので、これまで問題はなかった。
だが、長い時代を経て、多くの貴族が傘下に収まり、彼らの権力が馬鹿にならないほどに高まってしまっていた。
神剣が選ぶ――表では、祭事長の儀式によって選ばれることになっている――次代の王に、自分たちの都合のいい王族を推すなどという、愚かな真似をし始めたのである。
他国であればいざ知らず、我が国ではあってはならないことだ。そんな貴族たちをあらゆる手で掣肘すれば、今度は内乱紛いの争いになってしまった。
我らが国民を生贄に捧げる儀式を強行した一因には、戦力とならない者たちの力を数人の強者に集中させようとしたというだけではなく、貴族どもとその権力基盤を一気に消し去るという目的もあったのだ。
全てを明かして協力させることができれば最も良いのだろう。だが、それはできない。我らに下賜された、地位の証たる宝具。その授与の際に、秘密を順守するための契約を結んでしまうからだ。初代からの慣例であり、この契約を結ばなければ宝具に認められることもない。
また、この契約を何らかの方法で解除してしまうと、宝具は手元を離れ、公爵の地位と命を失うことになる。そのため、我ら8名は子や腹心にでさえ、真実を明かすことはできなかった。
さらにもう1つ、大きな問題が持ち上がる。宰相が、計画に難色を示したのだ。もっと穏当な方法があるのではないかなどと言い出し、真実を明かさずにクランゼル王国やベリオス王国に救援を求めるなどとふざけた提案をし始める。
ふざけるな! 我が国がどれだけの犠牲を出して、邪神の欠片を封印してきたと思っている? 生まれ出る邪人や強力な魔獣を間引き、戦力の維持を続けてきたのだ。
我が国の崇高な使命も知らず、惰眠を貪り、我が国から冒険者を奪い去った劣等国どもに頭を下げ、救援を求める? 長い間中央で木っ端貴族どもと付き合ったせいで、耄碌したのだろうな!
やつは独自に動き始めようとしていたが、絶対に許せることではない。我らはクランゼルとベリオス、フィリアースなどに謀略を仕掛け、レイドスと他国の仲をあえて悪化させる策を立てた。
結果、宰相の策は潰れ、我らは国内の力のみで対処することになる。狙い通りだ。まあ、謀略が完全に成功し、クランゼル、ベリオス、フィリアースを傘下に収めることができていれば一番よかったが、今の戦力でも十分だ。
あとは、勝利を手にするだけよ!
そして、復活しつつある邪神を叩き、我が国の本懐を遂げる! そのためにも、負けられぬのだ!




