1271 怒り
ラランフルーラの戟から魔力が溢れ出した直後。
フランが頭を押さえて、その場で蹲る。目を瞑り、小さく悲鳴を上げながら何かに耐えていた。
それはフランだけではない。症状の大小はあるが、この場にいる全員が似たような状態に陥っていた。
バルフォンの放った魔力は、本当に人を気持ち悪くさせる効果があったのか? だが、それだけではなさそうだ。
フランに浄化魔術をかけても、治癒魔術をかけても、治らないのである。
「……まけ、ない。お前なんかのいいなりにならない!」
『フラン?』
やはり、バルフォンの宝具に操られそうになっているようだ。あれは、強者であれば跳ね返せるって話だったが、ラランフルーラの生い立ちを聞いて精神が少し不安定になっているからな。
それに、操るというよりは、悪夢を見せている感じだ。奥の手は、精神干渉全般を可能とするのかもしれない。
「うあああぁ! やめろぉ!」
フランはついにはその場に蹲って、頭をイヤイヤと振り始めた。その眼の焦点は合っておらず、何か悪夢のようなものでも見ているらしい。
影響はフラン以外にもあり、シエラもフランと同じように取り乱してしまっていた。
「くぅぅ……。やめてくれ! やめ……やめてよぉぉ!」
シエラの手に握り締められた漆黒の剣が、大きく震えている。シエラに声をかけているんだろう。
しかし、その声も聞こえないようだ。
また、アマンダもかなり危なそうだ。しかし、フランやシエラのように、その場で蹲るほどではない。
「子供たちが、不幸に……こんな悪趣味な夢なんて……!」
フラフラとしながらも、何とか悪夢を振り払おうとしているようだ。
比較的正気を保っているのは、フォールンドか? だが、余裕があるわけではなさそうだ。さらに、アマンダの悲鳴が響き渡った。
「マレフィセント! やめて!」
「うおおおぉぉぉぉ!」
ヤバイ、マレフィセントまで動き出したのか! しかも、明らかに悪い暴走の仕方をしている。
元々、悪魔によって意識を奪われかけていたマレフィセントだ。
バルフォンの宝具の効果が、ダイレクトに効いてもおかしくはないが……。
「があああああああ!」
「ちっ! なぜこっちに来る!」
運良くなのか? 赤いオーラを纏うマレフィセントは、バルフォンに襲い掛かっていた。
「ぐが……ぺるそ、な……!」
「それほどあの仮面の小娘が大事か? 忌々しい!」
「ぐおおぉぉぉお!」
マレフィセントは、明らかにペルソナを見ている。あんな状態になっても、ペルソナを認識できている?
むしろ、固まった状態から抜け出すためのきっかけになったまでありそうだ。明らかに手加減している。
ペルソナを巻き込まないようにしているんだろう。永久の忠節の効果もあるのか? あとは、長年悪魔と精神の綱引きをやってきた成果なのかもしれない。
「うぅ……おとーさん、おかーさん……どこ?」
『フラン……! ヴィシュヌッ!』
「なんで……いないのぉ……? やめて! 私はもう、奴隷になんか……!」
ヴィシュヌを使っても治らないということは、異常扱いじゃない? いや、宝具の効果がずっと発揮されていて、治る端から精神干渉されてしまっている?
俺はフランの目からポロポロと流れ落ちる涙を見て、凄まじい激情が湧き上がるのを感じていた。
『ふざけやがって……!』
激しい怒りに、震えてしまう。後から後から、怒りが湧き上がってくるのが分かる。
『フランを、こんな目に遭わせたのは……!』
過去を乗り越えて、前を向いて進むフランに、過去の悪夢を見せて泣かせる?
最悪だろうがっ!
『許さねぇ……!』
視界が怒りで真っ赤に染まった。自分が正常じゃないことが分かるが、止められないのだ。
〈――〉
アナウンスさんが何か言ってるか? 分からん。何も聞こえない。
それでも、力が溢れてくる! これはなんだ? 怒れば怒るほど……。
まあいい! どんな力だって構うものか! あのクソ野郎を殺す!
『うおおおぉぉぉぉぉぉ! 邪神の欠片! 力を貸せ! 貸せるだけ全部だ!』
「!」
『ははははは! そうか! お前も怒ってるか!』
「!」
邪気が溢れてくる! 今までにないほど濃密な邪気だ! だが、馴染む! 不思議と制御が苦にならない!
だが、足りない! まだまだ足りない!
『うるあぁぁぁぁぁぁぁ!』
邪気だけじゃダメだ! もっと力を! 奴を八つ裂きにする力を!
魔力をありったけ使って! 神気を引き出してやる!
「オオオオオォォン!」
『ウルシ! いいぞ!』
『ガル!』
お前も怒っているんだな! そうだ! 魔力を貸してくれ!
『があああああああ!』
「ガルォォォォォォォ!」




