1270 ラランフルーラとバルフォン
「我が名はバルフォン! 超人将軍の裏の人格にして、東征公! バルフォンなり!」
「いつの間に、ジジイからクソガキにクラスチェンジしたんだい!」
「きしししし! 素晴らしいだろ? 我が研究所の成果さ!」
え? 東征公? 超人将軍が?
だが、だとしたら中身はオッサンなのか?
「最強の戦力を生み出すためだ! 成功作の超人に、俺を融合させ、1つの肉体に2つの魂を入れ込むことに成功した! ラランフルーラが表に出ている時は、正真正銘子供の超人将軍。俺が表に出ている時は、宝具を最大限使うことができる東征公というわけだ!」
他者を支配するという宝具と、研究の末に完成した最強の肉体。その両方を得ようと考えたらしい。それなら、普段から東征公が外に出てればいいと思うんだが……。
「あんたが肉体の主導権を得ていないのは、何か理由があるんだろうね? 後付けで融合されたあんたの人格じゃ、超人将軍の肉体に適合しきれていないんじゃないかい?」
「そんなことあるわけなかろう。単に、相手を油断させるのに適しているからだ!」
おっと、東征公の言葉が完全に嘘だぞ? つまり、シビュラの推論が当たっているってことか? 長くは外に出ていられないようだ。
「……にしても、元に戻れるとは思えないが? 正気かい?」
「きしししし! レイドスがためならば、肉体くらいやすいものだろう!」
「……あなたがどんなに狂っていたってそれは勝手だけど、そこに子供を巻き込まないで!」
アマンダの叫びに、東征公バルフォンが叫び返す。
「これは、ラランフルーラの願いでもある! 力を欲しているのは、この娘自身だ! この娘は元々、クランゼルの民だったのだよ」
ラランフルーラは、なんと6歳までクランゼル王国の寒村に住んでいたらしい。だが、その地の領主が強欲で、生産性の低い村の住民たちを奴隷として売り飛ばそうとしたのだ。盗賊と結託し、襲われたように見せかけて。
結果、多くの村人は捕らえられ、少数の者が密かに国境を越えて逃れた。それを、レイドス王国の者たちが確保したというわけである。
ラランフルーラにも詳しい記憶があるわけではないが、残っているのは目の前で父母を殺された光景と、クランゼル王国への強烈な恨みであったという。
フランが俯く。過去の記憶を、思い出してしまったのだろう。
「子供であろうとも、その憎悪と覚悟は本物であった! だからこそ、大人でさえ正気を失う超人化実験に耐え、見事力を手に入れたのだからなっ! 俺との融合実験も、クランゼルに復讐できるならばと即答で受け入れたわ! 俺はバルフォンであり!」
超人将軍の気配が一気に変わる。
「我はラランフルーラでもある!」
少女に戻ったラランフルーラが、魔力弾を足元に叩きつけ、その反動で大きく飛び退った。
「きしししし! いい具合に動揺しておるなぁ!」
またバルフォンに戻ったらしい。気色の悪い哄笑を上げていた。そんな超人将軍に向かって、アマンダが憤懣やるかたないと言った表情で叫ぶ。
「ラランフルーラ! あなたは! 家族が殺されて、悲しかったのでしょう? 好きな人を失うみんなの気持ち、分かるのではないの? なんで、大勢殺すような真似を許すの!」
「我にとって、大事なのは家族だけであった! それ以外がどうなろうと、知ったことか! むしろ、我が家族が殺されたというのに、のうのうと息を吸っておる全ての者たちが反吐が出るほど憎い! 父も母も、もう微笑みかけてはくれぬ! もう、美味しいものを食べて笑うことも、夕日を見て涙することも、作物の出来に喜ぶこともない! なぜ! なぜ、他の奴らだけが生きている? 許せぬ! 幸せな者たちが! 美しきこの世界が! 許せぬのだ!」
子供の癇癪のようだ。いや、実際そうなのだろう。しかし、その顔は悲しみだけで死んでしまえそうなほどに、痛々しく悲愴であった。
「レイドス王国は、我に生きる意味と復讐するための力を与えてくれた! この国のためならば、命も体も心も、全て惜しくはないわ!」
周囲に叩き付けられた憎悪と殺意は、これまで感じたことがないほどに強力だ。
シビュラが僅かに同情の表情を見せ、フランは父と母のことを思い出して悲しみ、アマンダは少女の慟哭を聞いて動きを止めた。
「きししし! このままいけば、俺とラランフルーラは、どちらも消えるだろう! だが、それがレイドス王国のためとなるならば、本望だ!」
「あんたが、レイドスを語るな!」
「貴様こそ、レイドスを語るな! 何も知らない愚か者めが!」
シビュラが怒りの表情で叫ぶが、バルフォンは嘲笑うかのように顔を歪めた。
「何を知っているっていうんだ! そもそも、どんな理由があろうが、民を虐殺していいことなんてないだろうが!」
「我が国の真の使命も知らず、囀るな! そのためならば、どのような犠牲であっても許容されるに決まっているだろうがぁぁ!」
「真の目的? ああ! 知ったことか! 我ら赤剣騎士団の目的は、王と公爵の暴走を止めること! 民のためにな!」
「暴走なんぞしておらぬわ!」
「しているさ!」
「我らは、大義のために行動しているにすぎん!」
「うるせぇ! 下らん大義とやらの前に、民だろうがぁぁ!」
「民の前に、大義があるのだっ!」
激しく口論をしながら、バルフォンと切り結ぶシビュラ。当然、フランは攻撃を再開していたし、他の仲間たちも攻撃を仕掛けているんだが、神気を纏ったバルフォンは今まで以上に硬かった。
幾度となく攻撃は当たるが、あまりダメージを与えられていない。
(師匠。さっきの最強攻撃! カレー斬り!)
『わ、分かった』
あれをやるのはいい! だけど、後で絶対に名前を変えるからな!
だが、致命の一撃を狙っていたのはバルフォンも同じであった。これだけの強者に囲まれながら、密かに宝具に魔力を流し込み続けていたのだ。
「我が宝具の力、とくと見よ!」
バルフォンの構えた戟から、強い魔力が発せられる。
「最大出力だ! 過去の悪夢で溺れ死ね!」
バルフォンの性格をそのまま魔力にしたかのような、不気味な魔力だ。触れるだけで、吐き気を催すような気色悪さがある。
「!」
『フラン?』
「くぅ……」
『フラン! どうした!』
「ああぁぁ……!」
フランが頭を押さえて、その場で蹲った。




