1268 天才錬金術師ゼライセ
「ゼライセ覚悟」
「ここで、終わらせてやる!」
フランとシエラが魔剣ゼライセへと近づく。ゼライセはどうにか逃げ出そうと足掻いているようだが、俺が放つ邪気によって転移などは阻害され、障壁から脱出することができないでいる。
『僕は、こんなところで、消えるわけにはいかないんだよ! 最悪の大罪人として、歴史に名を残すんだ!』
ゼライセも念話が使えたらしい。金切り声で怒鳴っている。そこには、いつもの飄々とした様子は欠片もなく、本気で焦っているようだった。
「ふん。お前はここで消えて、歴史の闇に葬られる」
シエラがそう告げると、ゼライセがさらに狂ったように叫び始めた。
『なんだよ! お前らは! いつもいつも僕の邪魔ばかりしてさ! もうちっとも面白くないんだよ! 所詮脇役なんだから、僕を楽しませたら役目は終わりなんだよっ! とっとと退場しろよ! いつまでもいつまでも邪魔ばかり! 身の程を弁えろ!』
「……聞くに堪えないんだよ。クソ野郎」
「……ん」
当然、シエラとフランに響くわけもなく、2人はそれぞれの武器を振り被る。
『うあああああぁあぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ! もう! いいよ! ならお前らも道連れにしてやるっ! 僕がタダで死ぬと思うなよ! ばあぁぁかっ!』
魔剣ゼライセが金切り声で叫ぶと、剣内部から凄まじい邪気と共に数個の魔石が転がり出た。自分の内部に収納していたアイテムを取り出す場合は、あまり邪気の影響を受けずに済むんだろう。
いや、下手したら、転移ができないことすら演技の可能性もあるか? こちらを油断させようとしているのかもしれん。
ともかく、今は魔石に対応しなくてはならない。
どれも、内部に凶悪なレベルの邪気を秘めている。そして、それが解き放たれようとしていた。
魔石と邪気を使った爆弾って感じなのだろう。急激に邪気と魔力が高まりを見せる。さすがにこれは、守護神の盾でも防ぐことはできそうもない。
つまり、障壁を解除して魔石をどうにかせねば、甚大な被害が出かねなかった。ゼライセはそれが狙いなんだろう。
障壁を解かせて、一瞬でも隙を作ろうとしているのだ。
(師匠!)
『ああ!』
フランの声に反応し、俺は邪神気を纏った。そして、フランが真上から魔石目がけて振り下ろす。すると、その斬撃は障壁をすり抜け、魔石だけを攻撃していた。
『はぁ?』
守護神の盾は、こちらの攻撃はすり抜けるのだ。当てが外れたゼライセが、間抜けな声を上げた。ざまあみろ!
魔石はかなり硬かったが、巨大魔石のような無敵さはない。俺は刀身を変形させて無数の槍を作り出し、全ての魔石を吸収した。
爆弾全部吸収してやったぜ。
だが、ゼライセは悔しがるどころか、歓喜の声を上げた。
『あはははははは! ひっかかったひっかかった! この魔石、ただの邪気を込めただけの魔石じゃないのさ! 僕でさえ狂わされてしまう、究極の毒が込められているんだ! その剣がどれだけ強くて、優秀でも、この魔石を吸収してまともに済むはずがない!』
フランが不安な顔をした。ゼライセがこれだけ確信をもって、究極の毒と言い切るのだ。どう考えても、ヤバイ。
『邪気の中に眠る、邪神の狂気! それだけを集め作り上げた、最悪の邪気。この魔石に込められているのは、それさ! 破壊と殺戮! 邪神によってもたらされるその呪いは、この世に存在するありとあらゆるものが影響を受け、逃れることなんてできないんだよ! さあ! 狂っちゃいなよ!』
ああー、そういうやつね……。確かに、メッチャ声が聞こえる。
『壊セ! 破壊セヨ! 全テヲ殺シツクセェェェ!』
まるで耳元で叫ばれているかのようだ。邪気の中から、邪神による支配の力だけを抽出して、まとめたらしい。
どう考えても、超技術だ。ゼライセがいかに天才か分かるな。こんな邪気を浴びせられては、普通なら激しい破壊衝動に呑まれ、暴走してしまうのだろう。
まあ、普通ならね。こっちの世界で生まれた者たちであれば、かなりの強者であっても危険だったはずだ。しかし、俺には全く通用しない。
「……で?」
『馬鹿な!』
「そんな邪気くらいで、この剣は狂ったりしない。むしろ美味しくいただいた」
まあ、正確には俺の中の邪神の欠片が吸収したね。邪気のせいで魔石値は1だが、相当な量の邪気を回収できたのだ。
『な、なんだよその剣! ありえない! どれだけ、僕の邪魔をすれば気が済むんだよ!』
「永久に邪魔し続ける」
『うがあぁぁぁ! ふざけんなぁぁぁ!』
今度こそ、心からの叫びだろう。まさか、全く影響が出ないとは思ってもみなかったらしい。
「最期の悪あがきは、終わりか? ならば、引導を渡してやろう」
シエラが魔剣ゼロスリードを構えた。そこに、再び邪気と火炎属性が渦巻き、赤黒いオーラを放つ。フラン曰く、激辛カレー色のオーラだ。
『ふ、ふざけるなよ! 僕を見下しやがって! こんな障壁! ああああああああ!』
「おじちゃん、いくよ」
シエラが独り言の後、軽く頷く。魔剣ゼロスリードと会話しているのだろう。
『やめろぉぉぉ!』
「フラン、タイミングを合わせてもらえるか?」
「任せて」
『ううあああぁぁぁぁぁぁぁ!』
ゼライセが往生際悪く、障壁を張ろうとしているようだ。ゼライセが全魔力を集中させた障壁は、さすがに邪気だけでは無効化できんな。
そこで、俺はお返しをしてやることにした。
『ほれ、濃縮邪気だぞ。くらえ』
『が! ぐがが! があああああ! な、が、はかい、せよ……? いがああああ!』
ゼライセが魔石に込めていた濃密な邪気を、ゼライセ本人に浴びせてやったのだ。
たまらず悲鳴を上げ、動きを止める毒々しいマインゴーシュ。
「消えろ! ゼライセェ! はあぁぁぁぁぁ!」
『僕は! 錬金術師ゼライセ様だぞっ! 歴史に名を――』
それが、散々人々を翻弄した天才錬金術師の、最期の言葉であった。
 




