1267 ネームレス撃破
「見ぃぃつけたぁぁぁぁぁぁっ!」
その叫び声は、狂気すら孕んでいるように聞こえた。
少年は邪気に包まれた剣を頭上高々と掲げて、ネームレスに向かって突っ込む。
「! 今の声!」
『ああ、間違いない。シエラだ!』
違う時間線からやってきた少年、シエラ。その手に持つのは、邪気を放つ魔剣、ゼロスリード。ベリオス王国の湖では共闘もした、ゼライセへの復讐に燃える少年である。
自分たちを酷い目に遭わせたあっちのゼライセ、つまり魔剣となったゼライセをずっと追っていたはずだが、まさかここで再び出会うことになるとは思っていなかった。
ジャンと知り合っていたらしい。レイドス王国内で出会ったのか?
邪気のお陰か、その速度はかなりのものだ。シエラ個人ではランクD冒険者程度の力しか持っていなかった以前よりも、格段に強くなっていた。
本人が強くなったこともあるだろうが、魔剣ゼロスリードの能力を使いこなせるようになったことが大きいだろう。
「また貴様かぁ!」
また? どうやら、シエラがネームレスを追い詰めるのは今回が初めてではないようだ。もしかして魔剣ゼライセを使っていなかったのは、シエラに居場所がバレるから?
「にがさぬ、よ!」
「くっ! 放せ!」
突っ込んでくるシエラから逃げようとしたネームレスだったが。その体を4本の白い腕が捕らえていた。再生したマークだ。しかも、その腕はより長く、より太く、強化されているように見える。
「くそ! この死にぞこないがぁ!」
「ふは、そちらもおなじような、ものだろう?」
ジャンにしがみ付かれたネームレスは、完全に動きを封じられていた。俺たちによって与えられたダメージによって、かなり弱体化しているのだろう。
ラランフルーラがジャンに攻撃しようとするものの、シビュラが動き出す方が一瞬早かった。
「へへへ。よく分らんが、お前らの敵対者なんだろ? 邪魔はさせんさ」
「そこをどけ!」
「どけと言われてどく馬鹿、いないんだよ!」
ここでラランフルーラに邪魔されるわけにはいかん!
『ラランフルーラを全力で止めろ!』
「おう!」
「任せろ!」
アポロニアスとベガレスから元気な返事がくる。他の奴らも、静かに動き出したな。
『俺たちは、ネームレスをやるぞ』
「ん!」
シエラに続いて、ネームレスへと突っ込むフラン。
「放せぇぇぇ!」
「ふはは……!」
ジャンは、ネームレスに肘打ちをくらっても、決して放そうとはしない。それどころか、笑いながらより強くしがみ付く。
「くそ! 透過できん!」
ジャンの放つ魔力のせいなのか? 魔剣ゼライセの透過能力が発動しないらしい。いや、シエラが邪気を使って、ネームレスたちの周囲を覆っているせいか!
「シエラくん! やりたまえ!」
「感謝するぞ! 死霊術士!」
やはり知り合っていたようだ。そして、シエラを呼ぶための魔道具を渡されていたのだろう。
「うおおぉぉぉ! 邪炎剣!」
「シエラの、かっこいい!」
『邪気と火炎の属性剣を混ぜてるんだろうな』
「ん。辛口カレーの色」
暗い赤色だからね。やばい。カレー斬り以降、フランの頭がカレー脳に!
「私たちもカレー斬り!」
『……おう』
あの技のネーミングがカレー斬りに決まりつつあるんだけど! せっかくカッコいい見た目なのに! でも、今はそんなことに言及している暇がないっ!
「まずはお前だ! ネームレスッ!」
「雑魚が、いきがるなぁっ!」
未だに俺たちのカ、カレー斬り? によって付けられた傷は完治していない。それでも、ネームレスは片腕だけでシエラの攻撃を打ち払っていた。
あの状態でよくやる!
だが、シエラが一瞬だけこちらに目を向けたかと思うと、すぐにネームレスから距離を取る。そして、周囲に邪気を放出し始めた。邪気の鎧が消失し、その素顔が露わになった。
やはりシエラだな。魔剣ゼロスリードも、相変わらず剣呑な気配を放っているのだ。
「邪縛黒鎖!」
「がぁ! これは……」
ベリオス王国でも見た技だ。邪気の鎖を相手に巻き付けることで、スキルや魔法の発動を完全に阻害するらしい。
ネームレスが纏っていた障壁が、完全に消失する。そこに、フランが突っ込んだ。
横をすり抜ける瞬間、フランとシエラの視線が交差した。言葉もなければ、それ以上の身振りもない。しかし、「頼む」「任せて」というやり取りが聞こえたような気がした。
「はぁぁぁ! カレー斬り!」
『くらぇ!』
「ぬうおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
フランの黄金の斬撃が、ネームレスの首を斬り飛ばす。再び、死霊の王の気配が大きく揺らいだ。
「がぁ……ぐが……」
首と体が再度結合するような様子もなく、未だにジャンに抱き着かれたままの体は、力を失い倒れ込んだ。ジャンの腕の中で、砂のように崩れ去っていく。
頭は床を数度転がりながら、それでも呻き声をあげている。
しぶとい。しかし、そんなネームレスの頭部を、ゆっくりと近づいたジャンが拾い上げていた。
「これで、おわりで、あるな」
「く、そ……」
「これは、われがいただいていいかね? つかわせて、もらう」
「放せ……! くそ……」
「ふは、もうおわりであるよ」
『フラン』
「ん! ジャン、お願い。私たちはこっち!」
フランが守護神の盾で、地面を覆った。そこには、極彩色の剣が落ちている。こいつに逃げられては、何も安心できないからな!
「……助かった。フラン」
「シエラ。ゼライセ、倒す!」
「ああ!」
少年少女の殺気を浴び、剣がブルリと寒気を覚えたかのように震えた。




