1266 ネームレス逆襲
ラランフルーラに狙われたアマンダを助けるため、傷を負ったジャン。致命傷ではないが、放っておけるほど浅くもない。
『英雄ゾンビたち! ラランフルーラの足止めをしてくれ!』
念動でラランフルーラをジャンから引き離し、英雄ゾンビに相手を任せる。そして、俺たちはジャンに近寄った。
「ジャン、だいじょぶ?」
「うむ……なんとかな。マークのお陰であるよ」
鎧型死霊のマークは4つの腕が全て砕かれ、本来持っている鉄壁さが失われてしまっている。とりあえず、ジャンだけでも回復せねば。
そんな中、フランが気づいた。
「ネームレス、いない」
『なに?』
フランが言う通り、ネームレスの姿が消えていた。気配を探ろうとするが、探知に引っかからない。攻撃を受けたジャンに意識を持っていかれた、その一瞬のスキを突かれた!
どこだ? もしかして、逃げ出したのだろうか?
それならそれで構わない。ラランフルーラに戦力を集中できるからな。
ただ、潜伏して隙を窺っている場合が怖い。もっとしっかり探そう。
俺がさらに深く探知を行おうとした、その瞬間――。
「ぐぁっ!」
「カカカカ! 殺ったぞ!」
俺たちの眼前に展開されたのは、ネームレスの拳によって胸を貫かれるジャンという、ショッキングな光景だ。
『馬鹿な! 全く前兆なんかなかったぞ!』
本当に、突如引き起こされた悲劇であった。ネームレスが一体どこから現れたのか、俺にもフランにも分からない。
分かるのは、手が届く距離にいるジャンの心臓が背後から貫かれ、大量の血が溢れ出しているということだけだった。
「クックック! 4本腕の能力が落ちるこの瞬間を、待っていた!」
『そうか! ゼライセの透過能力か!』
俺たちにすら気づかれず、どうやって近づいたのか? その答えが、ネームレスの左手にあった。
ピンク色の刃が毒々しい、マインゴーシュだ。間違いなく、魔剣ゼライセだった。生前のゼライセは、物質を透過するスキルを持っていた。気配すら断てるそのスキルを、剣になってからも持っていたのは間違いない。
だが、俺もフランも、ネームレスがゼライセを隠し持っている可能性を、完全に除外してしまっていた。
俺たちがネームレスを真っ二つにした、あの一撃。透過能力を使えば逃げられた可能性が高い。その時でさえゼライセを取り出さなかったことで、無意識に今は持っていないと決めつけていた。
そして、そこまでして秘匿した魔剣ゼライセを、ここで使いやがったのだ。
「ジャン!」
「クカカカカ! 呼びかけたところで無駄だ! もう死んでいる! ほれ! 死体でよければ返すぞ!」
ネームレスがジャンを貫いた状態の右腕を引き抜きつつ、後ろへと跳ぶ。胸に開いた大きな穴からは血が噴き出し、その体がその場で崩れ落ちる。
降りかかる大量の血を気にも留めず、フランがジャンの体を受け止めた。
グッタリとして、全く力が入っていないジャンの肉体。そこからは、魔力と熱が凄まじい速度で失われて行っている。
「ジャン! ジャン!」
フランがマキシマム・ヒールとハイ・リジェネレーションを使って胸の傷を癒すが、ジャンの意識が戻ることはない。それどころか、心臓がもう――。
(師匠! 治癒魔術のレベル上げて! お願い!)
『……分かった』
僅かな可能性が残っているなら、試すべきだろう。
ポイントを使って、治癒魔術をMaxへと引き上げる。そして、俺は覚えたばかりの極大魔術を使用した。
『ジャンを救ってくれ! ヴィシュヌ!』
その術の効果は、確かに破格だろう。この部屋全体をカバーする程度の範囲があり、使用者が味方と認識した者だけを一瞬で癒してしまう。
欠損は修復され、体力は回復し、失った血が補充される。病すら癒し、まさに奇跡と呼べるような凄まじい治癒魔術だ。
ただし、消耗も凄まじいが。どれだけの傷を癒したかによって、消費が変わるのだろう。
多分、もっとも魔力を必要としたのは、ペルソナとマレフィセントだ。
ヴィシュヌは、僅かではあるが魂の傷さえも癒すらしい。ただし、神の領域である魂を癒すには、とんでもない魔力が必要となる。
俺でさえ、全魔力の半分を失ってしまった。普通の人間であれば発動しないか、生命力まで吸い取られて干乾びるかのどちらかであろう。
ペルソナの呼吸が安定し、マレフィセントの険しい顔が少しマシになった。それは良いことなんだが……。
だが、ジャンに変化はない。呼吸もなく、心音も聞こえなかった。体からは熱が急速に失われ、タダでさえ白い肌からはさらに血の気が失われていく。
「ジャン!」
「クカカカ! そいつはもう死んでいる!」
「嘘! ジャンは凄い死霊術士! 死ぬはずがない!」
「無駄無駄ぁ! 死体をどれだけ――」
「かってに、ころさないでくれるか、ね?」
「!」
ネームレスが愕然とした表情を浮かべる。
なんと、ジャンが起き上がっていた。
え? 生きてるのか? だって、心臓は……。
ジャンはダルそうな表情で、何やら白っぽい塊を懐から取り出した。時空系の魔力と、僅かな邪気が込められているようだ。
骨でできた魔道具ではなく、小型のアンデッド?
「さがしものを、みつけた……。けいやくにもとづき、なんじ、しょうかんす……」
直後、そのアンデッドが強く光り輝いたかと思うと、その場に新しい人影が現れる。変身したってわけじゃなくて、アンデッドと位置を入れ替える術を、転移代わりに使ったのだろう。
新しく出現した人影は、異様な姿をしていた。その肉体が真っ黒な邪気に覆われていたのだ。まるで全身鎧のようにすら見える。
やや小柄なその人影は、ネームレスを見つめていた。そして、獣のような咆哮を上げる。
「見ぃぃつけたぁぁぁぁぁぁっ!」
その声は、聞き覚えのある少年のものであった。
「! 今の声!」
『ああ、間違いない。シエラだ!』




