1258 研究所侵入
前方に、大量の死霊の気配があった。
一度はクリムトの大精霊が大掃除してくれたが、再び湧き出したのだろう。この死霊たちも、アポロニアスたちと同じ方法で呼び出されているらしい。つまり、死体を大量に用意したわけではなく、過去にこの地で戦った戦士たちを再現しているのだ。
邪神の信頼を使えば支配可能かもしれないが、このレベルの相手を多少配下にしたところでな……。
そんなことを考えていたら、突如として死霊の軍勢が吹き飛んだ。凄まじい爆音とともに、百以上の死霊が高々と舞い上げられている。
しかも、それは1回だけではなかった。
不規則に爆発や爆炎が巻き起こり、死霊たちを消滅させる。
ただ、これは死霊を狙った攻撃ではない。
死霊たちの溢れる山の麓で、何者かが激しく戦っているのだ。
空を凄まじい速度で動き回りながら、激しい攻撃を放ち合っている。死霊を倒しているのは、流れ弾や余波であった。
戦闘をしているのは、3つの影である。多分、2対1なのだろう。
3者ともに凄まじい魔力を撒き散らし、明らかに強者同士の戦いだ。まだ相当離れているのに、ビンビン感じ取れるほどの超魔力だからな。
俺たちは1度足を止め、その戦いを観察することにした。このまま突っ込んでも、アレに巻き込まれてはたまったものではないのだ。
「マレフィセント……」
『ああ。戦ってるのはネームレスとラランフルーラだ』
マレフィセントは、ここから見ても明らかに暴走していた。多分、悪魔に意識を乗っ取られているのではなかろうか?
邪神の欠片の対処に向かう気なんか、さらさらないように見える。
対するネームレス、ラランフルーラは、以前見た時よりも遥かに強くなっていた。
暴走する神剣所持者VS最低でも脅威度A級の化け物2人。
未だに破壊が狭い範囲で済んでいるのが、奇跡と言えるだろう。まだ、戦闘が始まったばかりだからかね?
『マレフィセントがいるってことは、ペルソナも研究所にいるのか?』
(ああ、その通りだ)
アポロニアスたちには俺の存在は当然バレているので、普通に念話可能だ。というか、この一行で俺の存在を知らないのは、シビュラとマドレッドだけである。
『生きているか?』
(死んではいないはずだ)
うーん。ペルソナの状態次第では、マレフィセントが暴走するかもしれんな……。
それにしても、ペルソナか。アポロニアスたちは、大地に蓄積された情報から何らかの力で再現されているらしい。
情報の再現。
ペルソナは、情報神の根源というエクストラスキルを持っていた。これは、偶然なのか?
(ペルソナがいるなら、助ける)
『ああ。むしろ、今はチャンスかもしれん』
マレフィセントがネームレスたちの意識を引き付けてくれている間に研究所に潜入し、術式を止めるとともにペルソナを救い出す。上手くいけば、一番被害が少ない方法だろう。
『よし! こっそり研究所に忍び込むぞ』
(ん!)
『アポロニアス。術者がいる研究所っていうのは、もう近いんだろ?』
(左手に見える山の中腹ですな!)
『結構近いな』
俺たちなら数分の距離だ。
『よし! 空を進んで、最後は転移で一気に移動する!』
「ん! テイワス。みんなで跳ぶ。まずは上に」
「はっ! 了解しました!」
軍人気質のテイワスが、敬礼しながら転移を発動する。これでも、転移能力は大分下がってしまっていた。
これまでは、レイドスの大地に封印された邪神の欠片の眷属だった。そのため、レイドス国内であれば邪神の力を借りて長距離移動が可能だったらしい。だからこそ俺たちも、最初に襲い掛かられた時に全く気付けなかったのだ。
俺の内部にいる邪神の欠片の眷属になった今は、その距離は大きく減ってしまっている。まあ、レイドスの大地とは縁も所縁もないしな。
ただ、今の方が優れている点もある。それが、上空への転移だ。大地から離れてしまうと急に影響力が下がってしまったという以前と違い、今は上にも長距離転移が可能だった。
ウルシの背に全員で乗り、転移で上空へと一気に移動する。
「全員、気配を消す。ウルシは、闇魔術で全員を覆って」
「オン!」
ありとあらゆる手段で一行の気配を消すが、上手くいくかね? 相手は格上の神剣使いや、数万人の生贄を食らった怪物たちだが……。
ある意味賭けに近い作戦だったが、思いのほかうまくいった。というか、戦っている3人は限界での戦闘に集中し過ぎて、他に気を配る余裕がないのだろう。
最後はテイワスの転移で上空から研究所の前に移動し、なんとかマレフィセントたちが暴れる戦場をすり抜けることができたのであった。
アポロニアスが研究所の扉の開錠をしている間、フランたちは気合を入れ直す。
「ペルソナ、助ける! あと、敵は倒す!」
「ああ! レイドスの民のため、クソふざけたことをした奴らは、滅ぼさないとね!」
「どれだけの子供が命を落としたか……。絶対に許さないわよ!」
女性陣の殺気が凄いんだけど! 頼もしいな!
気合十分のシビュラを先頭に突入した研究所は、内部も死霊で埋め尽くされていた。公爵ゾンビたちの姿もある。防衛に手は抜いていないだろう。
さすがに、これを無視して進むことは難しい。蹴散らすしかなかった。まあ、俺たちにとっては、大した障害にもならないが。
「ぶっつぶれなぁ!」
「ふはははは! 吶喊する!」
「アポロニアス! 儂にも獲物を残さんか!」
「ほっほっほ! ならば儂は、公爵どもをいただくとしようかの?」
シビュラ、アポロニアス、ベガレス、ジンガが喜々として前に出て、死霊を薙ぎ払う。さらに、背後から湧いて出た死霊たちも、ラマス王国コンビが葬っていた。
「ユヴェル! そろそろ働いておかないと、主に怒られちゃうかもしれないよ?」
「ふん。オルドナ、援護しろ」
「はいはーい!」
ユヴェルが1人で全てを薙ぎ払うのだ。オルドナは高位の魔術師で、強化魔術と火炎魔術を使用できる。ユヴェルのサポートは完璧だ。
ユヴェルはあの貴公子然とした姿からは想像できないほど、荒々しい戦い方をする。近距離に関しては防御なんぞほぼナシの、大剣による蹂躙戦術なのだ。
先に攻撃を当てて、攻撃をさせない。それが彼の戦い方なんだろう。身の丈よりも長い大剣を振り回しながら、的確に攻撃モーションに移った敵とその周辺を粉砕していく。
遠距離攻撃は大剣で受けるか、オルドナの障壁に任せる感じらしい。
「あーあ、私の宝具、死霊には効きづらいのよねぇ。脳筋宝具が羨ましいわぁ」
「いや、ヴィオ姐さん。あんただったら普通にぶん殴ればいいだろ?」
「ゾンビなんて殴ったら、汚れるじゃない! ルッカードこそ、殴りに行けばいいでしょ? 何のための無駄筋肉よ?」
「む、無駄筋肉って……。お、俺だって、素手でゾンビ殴りたくねぇっすよ! それに、赤い霧なら物理攻撃力ないってわけじゃないでしょ?」
「効率悪いわ」
「……そ、そうっすか」
まあ、今はオーバーキル気味だから、別に前に出なくてもいいけどね。それに、ヴィオレッタとルッカードは言い合いをしつつも、奇襲を警戒しているのは分かる。
結局、俺たちは一度も立ち止まることなく、研究所の中央へと到着できていた。




