1248 対英雄ゾンビ
ユヴェル王の伝説を聞いたフランは、顔を輝かせている。
「100万のゴブリン? すごい!」
「だろう? それだけの戦士! 是非とも戦ってみたいものだ!」
「ん!」
称賛されているユヴェルは、顔を顰めてため息を吐いた。
「100万だと? 誇張され過ぎだ。せいぜい30万といったところだったぞ?」
「それでも十分すさまじい!」
「ん」
「……もういい。それよりも、仕事を先に済ませろ」
「おお! そうでしたな!」
ユヴェルとアポロニアスがこちらを見つめると、他の英雄ゾンビたちも静かに身構えた。まあ、そうだよな。ユヴェルも、瀕死のエルフから杖を奪えと命令されてるようだし。
とりあえず交渉して時間稼ぎを――。
「とりあえず、殺してから漁ればいいだろう! 死んでおけ!」
『ちっ!』
問答無用かよ!
交渉もなにもなく、ベガレスがカーマイン・フレイムの引き金を引く。それが戦闘開始の合図であった。
熱線を回避しながら、俺はお返しとばかりに聖浄魔術をお見舞いする。広範囲を浄化する、エリア・ピュリファイだ。
白い閃光が英雄ゾンビたちを包み込む。
だが、こちらの攻撃もまた、大きな成果は上げられない。敵が抱える魔力と邪気があまりにも強すぎて、浄化しきれないんだろう。
「……っ」
『まずい! クリムトが!』
フランが動いたことで、振動がクリムトを襲っている。普段なら全く問題にならない僅かな揺れでも、今のクリムトには致命傷になりかねなかった。
慌ててフランが動きを抑え、俺は治癒魔術を使う。ただ、寿命すら削ったのではないかと疑いたくなるほど消耗している今のクリムトには、回復魔術も大して意味がなかった。
神気でのダメージに似ているが、こちらの方がより酷い気がする。これが大精霊の力を完全解放した代償か……。
瀕死のクリムトを抱えながらでは、激しい動きはできない。逃がそうとしても、奴らの狙いはクリムトであるようだ。常に、その視線がクリムトに向いている。
ウルシに乗せて逃がして俺たちが足止めしたところで、半数にでも追われたら危険だろう。
「クリムト、少しここで待ってて」
結局、クリムトを下ろして守護神の盾で守りつつ、奴らを倒すくらいしか道がなかった。
だが、アポロニアスたちに向かおうとしたフランを、クリムトが呼び止める。
「……待っ、て」
「クリムト?」
「せ、めて、これ……」
クリムトが震える手を必死に伸ばし、自分の口元に耳を寄せるフランの額に軽く触れた。その直後、フランの内から魔力が湧き上がる。
クリムトが分け与えてくれたわけではない。
フランの頭上に、青白い光の玉が生み出されていた。その光の玉が次第に姿を変え、手のひらサイズの一人の少女となる。
「マール」
フランの呟きに対し、ニコリと微笑む少女。それは、精霊化し、フランの中で眠りについたマールであった。
クリムトがフランの中のマールを、活性化させたらしい。フランの肩にチョンと腰掛ける少女は、俺を見ている。どうやら、俺のことも分かっているようだ。
「クリムト、ありがと」
「いえ……」
「いってくる」
マール自体はさほど強くないだろうが、クリムトの援護だと思えば非常に心強い。フランを包む青い光がその強さを増し、マールが楽し気に周囲を飛び回る。
フランは守護神の盾から外に出ると、そのサイズをクリムトを覆うギリギリまで狭める。これから始まる激戦に向けて、消耗をできるだけ抑えなくてはならないからだ。
「ほう! 短時間でさらに圧力を増したか! いいぞ! 闘い甲斐があるわ!」
「敵が強くなって喜ぶとは、狂人の考えは分からんな。だが、この娘を殺さねばエルフには容易に手が出せん。なら、やることは1つ!」
「うむ! 娘よ! 全力で抗ってみせよ!」
アポロニアスとベガレスが、同時に動く。火炎を身に纏いながら、突進してくるアポロニアスに、距離をとるベガレス。
ベガレスはアポロニアスを嫌っているようだが、呼吸はしっかりと合っている。生前から、戦場を共にすることがあったのだろう。
他の赤騎士たちも、それぞれの得意の距離へと移動していく。だが、そちらへと完璧に注意を払えるほど、アポロニアスは簡単な相手ではなかった。
「我は炎翼のアポロニアス! その異名の意味を知れい!」
爆炎の反動で超加速したアポロニアスは、俺たちであってもギリギリでしか見切れないほどの速度があった。しかも、それでいて小回りすら利くらしい。
やつの突進を躱したと思った直後、体の横から炎を噴き出し、真横にスライドするように曲がってきた。その勢いで、ハルバードを再度振るってくる。
俺の念動で何とか逸らしたが、掠っただけでフランの肌が焼けていた。すぐに再生するが、何度も食らえば集中が乱れるかもしれない。
だが、熱がフランにダメージを与えたのは最初の一撃だけであった。水色の膜がフランを覆い、熱や火の粉を遮断したのだ。
(マール!)
『ああ! これは助かるな!』
こういったギリギリの戦闘では、少しの援護でもありがたい。ただ、敵はアポロニアスだけではなかった。
「久々に肉が焼ける匂いを嗅がせろ! 小娘ぇ!」
「あらあら、ベガレスは相変わらず品性下劣ねぇ! 気持ち悪いわぁ!」
「ぐぬ……! 黙れヴィオレッタ」
「ぶひゃひゃひゃ! こ奴の性格が腐っておるのは生前から変わらんのう!」
「そうだそうだ!」
「ジンガ、ルッカード、貴様らから焼いてやろうか!」
赤髪の貴婦人が血死のヴィオレッタ、背の高い弓を持った老人が茜雨のジンガ、背が低いマッチョな青年は目が赤いから緋眼のルッカードかな?
ヴィオレッタが着ている鎧は、現血死団長のローザが着ていたものと同じだ。代々受け継がれているんだろう。
言い合いをしながらも、その目線はしっかりこちらの隙を窺っている。本当に面倒な相手だった。