1246 災厄の真価
連続転移で戦場から離れた俺たちは、突如出現した存在に圧倒されていた。
緑色に輝く、巨大な女性。以前見た、風の大精霊だ。
離れていても、その圧倒的な魔力は感じ取れる。以前アレッサで見た時よりも、遥かに怖ろしく、遥かに強かった。
30メートルを超える風の乙女が、その圧倒的な力を解放する。
「アアアアアアアアアァァァァァ!」
『!』
精霊の声が、俺にも聞こえたぞ! つまり、完全に顕現しているってことだ。
俺たちの持つ攻撃の中で、最も広範囲に死霊を葬ることが可能なのは、俺のスルトである。それでも、1撃で倒せるのは4000~5000ほどだろう。
だが、大精霊の力は、俺たちの常識を遥かに超えたものだった。
ゾッとするほどの広範囲が、大精霊の放つ風の支配下に置かれたのが分かった。見渡す限り全て。そう言っても差し支えないほどの、広範囲に大精霊の魔力が浸透していく。
数日で国を滅亡に追いやる、究極の災害。
なるほど、この存在が暴走したら、普通の災害なんぞ目じゃない被害が出るだろう。
正に、人智を越えていた。
その牙が自分たちに向かわないと分かっていても、震えが止まらない。フランなんて、鳥肌が凄いのだ。
「風が」
『クリムト、何をする気なんだ?』
広範囲にわたって、風が地面から上空へと逆巻き始めるのが分かった。竜巻でも作るのか?
そう思ったら、違っていた。そんな小さい規模の話ではなかったのだ。
瞳を閉じ、一心不乱に集中し続けていたクリムトが、その眼をカッと見開いた。
「大精霊よ! 大風を呼べ! 大地の一切を舞い上げろ!」
「アアアアアアアアアァァァ!」
その直後、聞いたことがないくらいの巨大な風音が響き、嵐が戦場を薙いだ。
風は目に見えないが、魔力の動きはよく分かる。地面を巻き込みながら天へと昇る巨大な風の絨毯が、連鎖するように無限に生み出され、死霊たちを天高く舞い上げながら奥へ奥へと襲い掛かっていく。
次々と風に襲われ、天高く誘われた死霊たちは、すぐに重力に引かれて落下を始める。あまりにも軽々と飛んでいく死霊たちの姿は、無限に続く巨大なスティックドミノのようにすら見えた。
舞い上げられる瞬間の風による衝撃と、数十メートルの高さから地面に叩き付けられる衝撃。頑丈な死霊であっても、これではまず助からないだろう。
僅か三十秒ほど吹いただけの風が、数キロに渡って死霊たちに多大な損害を与えていた。砕け散ったゾンビやスケルトンの残骸が、砂のように崩れて消えていく。
10万どころか、50万以上の死霊を一撃で倒しただろう。これが人間の軍隊であったとしても、同じ結果だったはずだ。
確かに、これが暴走すれば国なんかひとたまりもないだろうな。
だが、消滅していく死霊の中で、未だに蠢く影がある。
(公爵のゾンビ!)
『あれくらいじゃ、奴らは倒せなかったか!』
大精霊の力は規格外の範囲を攻撃可能だったが、攻撃力そのものはさほどでもなかった。要は、高所からの落下がメインだったわけだからな。
まあ、雑魚を一掃できたのは確かだし、あれくらいは俺たちが加勢すれば――。
「!」
「クゥン」
直後、フランが息を呑み、ウルシが尻尾を股に挟んで情けない声を上げた。
大精霊の攻撃はまだ終わりではなかったのだ。むしろ、先程の攻撃は露払いの牽制でしかなかった。
「オオオオォォァァァァァ!」
大気が揺れ、風が収束してゆく。渦巻く風は朧げに形を持ち始め、天と地から伸びる龍が姿を現した。
白い龍の尾は旋風となり、巨大な竜巻へと成長していく。
公爵ゾンビたちは、あまりの暴風に身動きが取れないらしい。それでも風を突破して脱出しようとした個体もいたが、荒れ狂う風に絡めとられ、天へと舞い上げられていた。
そうなってしまえば完全に大精霊の掌の内である。いつしか、直径500メートルを超えるであろう、超巨大な竜巻が姿を現す。
ただ、サイズで言えば、地球でも同じような規模の竜巻はある。うろ覚えだが、直径2キロの竜巻がどうこうというニュースを見たことがあるのだ。
だが、その威力は桁違いである。風速はもちろん、そこに込められた魔力によって内部はまさにミキサー状態だ。要は、超巨大で強力な風魔術が無数に積み重なったようなものなのである。
10分後。
竜巻が通り過ぎた場所には何も残っていなかった。死霊たちも、森も、山も、生命も。全てが等しく切り刻まれ、粉みじんとなって消滅したのだろう。
『は、はは……なんだこれ』
「大精霊、すごい」
「オン……」
「ふはははは! これはもう、人が勝てる存在ではありませぬな! まあ! 私は人ではありませんがっ!」
ウィーナレーンが大魔獣を葬る時に使った奥の手を思い出した。正面から受け止められる規模の攻撃ではないのだ。
ただ、これだけの攻撃を放って、代償がないわけがない。
「ぐぅ……」
「クリムト!」
『生命力がヤバいぞ!』
大精霊を送還した直後、クリムトが大量の血を吐きながら倒れ込んだ。やはり、人の身で扱える力ではなかったらしい。
「クリムト、へいき?」
「……すみま、せん。あとは、お願い……」
『喋らなくていい!』
安全な場所に運んで治療せねば危険なのではなかろうか?
『無茶しやがって』
自分で無茶するなって言っていたのに……。いや、分かっているんだ。フランの負担を少しでも減らすために、限界まで大精霊を解放していたということは。
『……クリムトをアレッサに運ぶぞ』
「ん!」
 




