1245 守護神の盾
単騎での対大軍遊撃戦闘。
厳しい戦いになるかと思いきや、拍子抜けするほどうまく進んでいた。
『新スキル、強すぎるな!』
「ん!」
「オンオン!」
守護剣王に転職して手に入れた新スキル『守護神の盾』。これが、俺たちの想像以上に強いスキルだった。
神気の混じった非常に強固な障壁を自由自在に張り巡らせることが可能なうえ、消費が非常に軽いのだ。
どうやら、神様の加護や祝福を通じて、神気が供給されているらしい。神気を使った時の特有のだるさや、回復の阻害もかなり抑えられている。
ドーム状の障壁を、最大である半径10メートルほどに広げて、ただひたすら高速で突進するだけでも敵をドンドン葬ることができた。
神気を纏った巨大な狼が縦横無尽に駆け回る様子は、神話の一場面のようだ。まあ、本狼はテンションが上がってきて、遊んでいるような気配さえあるが。
「オンオンオーン!」
自分の突進で大量の死霊たちが舞い上がる光景が、ちょっと楽しくなってきてしまったらしい。
『ウルシも覆えるってことは、パーティとか少数部隊でも使えるって事だろ?』
「便利」
壁状に展開すれば、直径30メートル近い盾を作ることも可能だ。帯状にして、壁にもできる。制御するために魔力を消耗はするが、神気での自爆ダメージはやはりない。
『一方的だなー』
「すごい」
「オン!」
神気の障壁で敵からの攻撃を一方的に完封しつつ、こちらからの攻撃は障壁を素通りするのだ。
そのため、フランは未だにノーダメージなのに、敵だけがドンドン消滅していた。
今も、俺の放ったスルトが5000ほどを灰に変えたところだ。
火炎の極大魔術であるスルトは、相手の魔力を吸収しながら死ぬまで燃え続けるというえげつない特性がある。
これは、死霊にとっては浄化魔術並に危険な術でもあった。なんせ、死霊系の魔獣は魔力がゼロになれば消滅するのだ。
火炎と魔力吸収。下手したら、浄化魔術よりも死霊相手には効果的かもしれない組み合わせだった。威力を落とす代わりに範囲を広げても、死霊には致命的なダメージを与えられる。
まだ慣れない極大魔術であるため消耗は激しいが、1発でこれだけ倒せるなら十分だろう。
『よし! ここでの足止めは十分だ。次にいくぞ』
「ん!」
こうして、俺たちは3方面の死霊たちに襲いかかっては足止めをし、再び移動しては足止めのために死霊の群れの中で暴れるということを繰り返し、死霊の軍勢の進軍速度を調整していった。
半日は戦い続けただろう。その後も、軽く仮眠をとって、さらに半日戦った。
『死霊ども、全く減った気がしないな』
「ん」
「オン……」
俺たちだけで、優に10万以上は葬っているだろう。しかし、死霊の軍勢は数を減らしたようには見えない。
むしろ、増えていた。どうも、後から後から湧いて出ているらしい。これは、大元を叩かないとまずいか?
だが、俺たちが此処で離脱したら、クリムトは1人で敵の対処を受け持たなくてはならない。それはマズいんじゃないか?
迷いながらも戦っていると、ついに3方面の死霊たちがアレッサの北方で合流を果たす。狙い通り、ほぼ同時だ。
これで、一気に殲滅することも可能だが……。
「フランさん。聞こえますか?」
「クリムト?」
目の前に、スライムのような水の塊りが現れる。以前にも見たことがある、クリムトの精霊だった。魔道具を通じて、こちらの状況を理解しているんだろう。
「もう少し後続の死霊たちと纏めてから大精霊を使いたいのですが、あとどれほど死霊たちの先頭を押し止めておけますか?」
「いくらでも」
アレッサを守るためだったら、全てを出し尽くして戦い続ける。どんな無茶であっても。フランの言外の覚悟を感じ取ったのだろう。
精霊からは軽い溜息が聞こえた。だが、これはフランに対して呆れているのではない。フランを酷使しなくてはならない、自分への自嘲のため息だろう。
「……無理はしないでください。2時間後、やります」
「わかった」
フランは疲労の色が濃い顔で、コクンと頷く。傷は負っていなくとも、一昼夜戦い続ければ、疲労は蓄積してしまうのだ。
とはいえ、レイドスなどで無理に戦っていた時よりは、かなりマシだ。やはり、神気による肉体の消耗が抑えられているのが大きいだろう。
『死霊を一気に消し飛ばせば、また少し仮眠する猶予が生まれる。頑張ろう』
「ん!」
退避していた上空から、再び死霊たちの前に立ち塞がったフラン。その行軍を押し止めるために戦い始めると、敵に今までにない動きがあった。
死霊たちがその歩みを止めたのだ。その代わり、公爵ゾンビたちが前に出てくる。無数の宝具をその身に埋め込んだ南征公と、西征公が乗り込んだ二足歩行のロボットたち。
かなりの強敵なはずなんだが――。
「はぁぁぁぁぁ!」
『よし! こいつらさえ、相手にならんぞ!』
「ガルルル!」
守護神の盾は、宝具の攻撃すら完璧に防いで見せた。極大魔術並の一斉射撃も、従機の拳も、障壁が受け止めてしまう。
「ふははははは! 我が巫女よ! 猫耳巫女よっ! この者共の首級、貴方に捧げますぞ!」
「いらない」
「ふははははは!」
アヴェンジャーも召喚し、死霊の軍勢を倒し続けた。敵の規模が膨れあがっているのは、俺たちが倒すペースよりも、後方から合流する数の方が多いってことだろう。
上空から見れば黒い濁流が3本、流れているように見えるかもしれない。
「フランさん。お待たせしました」
「クリムト!」
2時間後。精霊の力で空を飛ぶクリムトが、戦場へと舞い降りていた。
「離脱してください。大精霊は、見境がありませんから」
「! わかった!」
こちらにそう告げつつ、地面にふわりと降り立つエルフ。すでに漏れ出す緑色の魔力は、彼の美貌と相まって神聖ささえ感じさせた。
ああ、こうやってみると分かる。この男も、強者だ。
そして、ついにクリムトの奥の手が切られる。
「風の大精霊よ! 全てを薙ぎ払え! その力の限りを尽くせ!」
一切抑えることのない、大精霊の本当の本気の力が、解放された瞬間だった。




