1241 獣蟲の神、再臨
クリムトの部屋の窓から飛び出し、上空から北を見る。
あれほどの存在感を誇っていた巨大結界が、完全に見えなくなっていた。
同時に感じる、強烈な邪気。
ポティマが言っていた通り、邪神の欠片が復活したのか? 本当にそう思えてしまうほどに、濃い邪気だ。
「む?」
『ここは――』
北を注視していた俺たちは、いつの間にか見覚えのある白い空間にいた。
俺もフランも、もう騒いだりしない。何が起きているか、分かっているからな。
「資格者よ」
突如出現したのは、獣と蟲を混ぜ合わせたかのような、異形の姿の巨人である。一見ラスボスみたいな外見だが、敵ではない。
それは、獣蟲の神様であった。
「ここより北の地にて、邪神の欠片が目覚めた」
「!」
あの凶悪な邪気は、やっぱりそうだったのか! 色々と気になったが、俺は喋ることも動くこともできなかった。今回は、フランの添え物扱いでしかないんだろう。
「もしかして、あの結界も神様が張った――ですか?」
「資格者よ。普通に喋ればいい。たかが言葉使いで、汝への信は揺らがない」
「はい」
「結界は、違う。あれは、かの地の者が生贄から得た力を邪神の欠片へと捧げ、その力を借りて成したことだ」
ラランフルーラが、邪神の欠片の力を借りて張った結界ってことか?
「目覚めた欠片は、未だ一つ。しかし、他の三つの欠片も、間もなく目覚めようとしている」
「レイドスに、邪神の欠片が四つも封印されてる?」
「然り。多くの生命を贄に捧げることで集めた力によって邪神の欠片を目覚めさせ、その欠片の力をもって結界を張る。かの結界は、内部の生命からさらに力を吸い上げ、その力で残る欠片の封印を破る。そう企み、実行した者たちがいるのだ」
東征公が民を殺して奪った力は、邪神を復活させるためのものだったか! で、残った力と邪神の欠片の力で結界を張ったわけだ。
しかも、さらに邪神の欠片が目覚めようとしている? 結界が解除されたってことは、もう封印が破られたのか?
いや、神様は、復活しようとしていると言った。まだ復活には至っていないんだろう。
ただ、フランはその辺の細かい事情よりも、気になることがあるらしい。
「神様、邪神を倒しに行くように、言いに来た?」
わざわざ神様が姿を現したってことは、何か重要なことを言いにきたに違いない。例えば、邪神の欠片を倒せとか。
フランはそこが気になったらしい。
俺たちは強くなったが、邪神の欠片は手に余る。だが、神様に行けと命令されて、フランが断れるとも思えない。
不安と共に言葉を待っていると、獣蟲の神からの回答は想像とは違っていた。
「汝らは、好きにすればいい。戦うも、退くも、自由だ」
「? じゃあ、なんで知らせてくれた?」
「我が加護を持ち、混沌の神の使徒は、神剣に連なる。聞く権利がある。だが、神剣を持つ者とは違い、邪神の欠片に対し、抗う義務はない」
「神剣持ってると、邪神の欠片と戦わなきゃダメ?」
「そうだ。それが、神剣を持つ者の使命。すでに、北の地にいる神剣所持者3名には、神託が下っている」
3名? 北の地ってことは、レイドス王国内に3人も神剣使いがいるってことだよな? マレフィセントの持つヘルと、フィリアース王国のディアボロス。それ以外に、あるっていうのか?
フランも同じように3本目は何なのか聞き返したが、答えてはもらえなかった。神様が個人情報を気にするとは思えないが、神剣使いの方が御贔屓さん扱いなんだろう。
「邪神は、力を合わせて滅ぼさなきゃいけないんじゃない?」
「おまえは、邪神と契約を結んでいる身。聞く権利があるな……。我らは、邪神を滅せよと告げたことはない。そもそも、人の力で神を滅ぼすことはできん。できることは、邪神の欠片を倒すことで、その魂を神域へと送り返すこと。それだけだ」
やっぱり、神様たちは邪神を滅ぼすつもりはないんだな。
「神様たちは、邪神を怒ってない?」
「怒っている。だからこそ、邪神をあえて地上へと封印し、懲罰としているのだ。神の総意ではないがな」
怒りはあっても、殺意はない。体を分割して地上に封印するのも、神様たちの感覚だとお仕置き部屋に閉じ込めるくらいの感覚なのか?
「そろそろ時間である。さらばだ」
「まって! 最後に1つだけ!」
「……よかろう」
「神様は、なんでポティマに声をかけなかった? 神様の事、信じてた」
「ポティマ。才と信仰心に溢れた少女だった」
神が個別に人の名前なんて分かるのかと思ったら、普通に答えてくれた。もしかして、獣人だったら全員把握してる? それとも、優秀な個体として認知してた?
「だが、彼の者は、心が弱かった」
「心?」
「そうだ。神を信じ、敬う精神は申し分ない。だが、神に頼り、神に縋るは弱さなのだ。我らの声を聞ける者は、神を信じてはいても、願いは自身の力で叶えようとする者が多い。汝も、心を強く持て。それが、神の力を引き出すに最も重要なことだ」
神様が、自分たちに縋るのは弱さだって言っちゃうのか。まあ、信仰心と、心の強さっていうのは別物だろうしな。
神様の実在が確実な世界だ。神様を敬う心は地球以上であるが、それが神様に頼り過ぎる弱さを生むのかもしれない。
そう言う意味では、ポティマの心が強かったかというと、確かに微妙だ。対して、フランの精神的なタフさは、俺でも未だに驚くことがあるからね。
「加護を与えようとしたことはあるが、我が声は届かなかった」
「そう……」
「だからこそ、死後に我が許に招いたのだ」
「え?」
獣蟲の神がそう告げた直後、神の足元に1匹の蛇がいた。緑と紫の鱗が宝石のようにキラキラと輝く、神々しくも美しい蛇だ。
人の姿はしていない。なのに、俺にもフランにも分かった。
「ポティマ?」
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