1240 大結界
ポティマたちを仕留めてから10日。
俺たちはアレッサへと戻ってきていた。
これは、今後のことを考えた国の判断である。
ポティマの暴走に端を発した、傭兵団の襲撃事件。これを重く見たクランゼル王国は、小国家群と邪人狩りに正式に抗議を入れることを決定した。
まあ、小国家群はある程度交渉を重ねたところで、クランゼル側に謝罪するだろう。
傭兵団に出資したとはいえ、クランゼルを襲えと命令したわけじゃないしな。正式な謝罪と、多少の賠償を受け入れて終わりだ。
クランゼルとしては多少譲歩を見せて、小国家群に貸しを作るつもりかな? 損はない様に立ち回るだろう。
問題は傭兵団だ。
ポティマのシンパたちが、彼女の死を知って暴走する可能性があった。赤騎士も村の護衛を厚くしているが、襲われないに越したことはない。
つまり、ビスドラとフランを村から遠ざける必要が出てきたのだ。逆恨みを抱いた者がやってきたら、もう村から排除したとでも言えばいいだろう。
それで襲ってくるなら、小国家群にさらに貸しを作れる。ポティマのいない傭兵団に、赤騎士たちが負けるわけがないからな。
フランを村から離し、邪人狩りの目をそちらへと向ける。フランを囮にするようなものだが、俺たちとしても村を巻き込むことは不本意である。それで構わなかった。
国としても、フランの身の安全に関しては全く心配してくれないらしい。それが、ランクAになるってことなんだろう。
個人で国相手に戦えるような存在、心配するだけ無駄ってことだ。
ビスドラも村にはいない。俺たちと一緒――ではなく、クリッカや数人の赤騎士たちと一緒だ。国に頼まれて、レイドスの捕虜との面会を行うらしい。
現在クランゼル側に捕らわれている中には、民寄りの人物も多いのだ。彼らの説得を担当するのである。
ということで俺たちは村を出てアレッサに戻ってきたわけだが、そこで新たな依頼を受けていた。
国から出された、結界の調査依頼だ。
レイドス王国を囲む結界がどのようなものなのか、調べてほしいらしい。ランクA冒険者となったフランなら、何か分かるのではないかと期待されているようだった。
アレッサの冒険者ギルドで、詳しい話を聞く。前回の調査には、アレッサの冒険者も参加したらしいからな。
アレッサからは結界が良く見える。まあ、結界というか、雲まである高い山脈のようにしか見えんが。ただ、これだけ結界に近くても、あまり有益な情報は得られなかった。
現在のアレッサには、クリムト以外に高位の冒険者がいない。そのため、調査自体があまり精度が高いものではなかった。
「じゃあ、普通に攻撃しても無駄だった?」
「はい。大精霊の力でも、破壊は叶いませんでした」
なんと、クリムトも一度結界破壊に挑戦したらしい。だが、彼の本気でも、結界を破ることはできなかった。
また、邪神級の邪気も、感じ取ることはなかったそうだ。
ポティマの言っていた北の邪気というのは、勘違い? だが、彼女は邪気を感じ取るためのユニークスキルを持っていたし、神気がどの神の力なのかも判別できているようだった。
彼女なら、邪気を本当に感じていてもおかしくはないだろう。
『国が儀式呪文使っても無理だったらしいな?』
「そうなのですよ。単純な魔力の集中砲火ですが、一点突破力なら大精霊の一撃を超えていたかもしれません。しかし、それでも無傷でしたね」
『うーむ。なるほどな』
やはり、普通の攻撃だけでは破壊できない? ただ、俺たちには邪気がある。魔力を乱して打ち消す効果がある邪気なら、結界をどうにかできるかもしれない。
『とりあえず、試すか』
「ん」
俺たちが向かうのは、結界の目の前で駐留している騎士団だ。結界を破れたとしても、仲間が即座に動き出せなければ意味がないからな。
調査前に、必ず寄るように頼まれている。
「何があるか分かりません。お気をつけて」
「ありがと」
フランがクリムトに手を振りながら、執務室を出ようとドアに手を伸ばした瞬間であった。
「!」
『うお?』
「これは!」
建物が、大きく揺れた。凄まじい轟音が俺たちを包み込み、揺れはより激しくなっていく。
ゴゴゴゴンという音が町中から鳴り響き、ギルドだけが揺れているわけではないことが分かった。
地震か? 震度で言えば5近かったと思う。日本人でも、結構騒ぐレベルの揺れだった。
10秒くらいたってようやく揺れが収まると、ギルド内から冒険者たちが騒ぐ声が上がり始めていた。
窓から町を見てみると、幾つか崩れている建物もあるようだ。だが、思ったよりも被害は少ない。
建物を建てる際、魔術で補強したり、地球では考えられないような作り方をしてるんだろう。そのため、地震が少ない地域の建物でも、驚くほど頑丈なのだ。
町を囲む外壁も無事だし、心配したほどの絶大な被害にはならないだろう。火の手が上がっているのも見えないし。
ただ、人々は家から外に飛び出してきており、かなりの騒ぎになっていた。泣き叫んでいる人もいるようだ。
『クリムト、この辺で地震は珍しいのか?』
「この国で活動を始めてから、初めての経験ですね」
『マジか』
だとしたら、人々が必要以上に不安になるのも分かる。ただ、アレッサの人々が、今度は空を指さしているな。
レイドスの結界がある方角だが――。
「結界なくなった」
『今のは、結界が消えた余波だったのか?』
あれだけの巨大な結界だ。大きな影響があってもおかしくはないだろう。
「師匠……!」
『ああ、邪気だ!』
北からの風に乗って、邪気が吹き寄せていた。




