1238 フランと邪神の欠片
俺を掲げたフランはどや顔のまま、ポティマに向かって叫ぶ。
「邪気と神気でも、こうやって一緒にできる!」
「か、神への冒涜よっ! そのような汚らわしい力に頼るなど!」
「違う! 私はこの剣の中の邪神の力に、何度も助けられたことがある。邪神は確かに敵だったかもしれない。でも、ただ滅ぼせばいいわけじゃないと思う。前に、神様が言ってた! 邪神も神! 神様に邪神を倒せなんて、1度も言われたことない!」
「……!」
ポティマが完全にフリーズしちゃったな。
まあ、それも仕方がない。
だって、フランの言葉を信じるなら、神様に直接会ってるってことだもん。しかも、何度もあったことある風で、会話すらしちゃってる感じだ。
なんちゃって神の使徒のポティマと違う、モノホンの使徒である。ステータスの神の加護を見せてやれば話は早いんだろうが、それは無理だしな。
「神に、会ったことが、あるというの……?」
「ん」
「なんでよ……なんでなのよ! なんでお前みたいなものが!」
ポティマが頭をガリガリと掻き毟りながら、呟く。
「私は、特別なの! 天に愛されているの! みんながそう言ってくれたのよ! 王様たちも、同志たちも! 生まれつき持つ邪人を見抜く力も、邪人を滅ぼすための力も、全部特別なの! だから、その力で邪悪な者を滅ぼす義務があるんだって! そう言ったの! 神に選ばれた者の使命なのよ! なのに、なぜ! 神は私に会いに来て下さらないの!」
「さあ?」
「……!」
ポティマが怒りに震えた表情で、歯を噛みしめている。
フランは本当に分からないので首を傾げたんだが、ポティマには挑発に思えたらしい。完全に被害妄想だが、「神に会ったこともないの? ぷぷ」的なニュアンスで捉えられたのだ。
エイワースがポティマに対し、小国家群に飼われているなんて表現をしていたが、いい様に使われていることは間違いなさそうだ。ここまでいくと、もう洗脳と言っていいのかもしれない。
本人にしても、見邪の理を所持しているうえに神気だからな。勘違いしてしまうのも無理はないだろう。なんというか、自分を主人公だと思い込む土台があるのだ。
「そうよ! お前みたいなおかしなモノが存在するから、いけないのよ! お前さえいなくなれば、きっと神はまた私を見てくださる! きっと、私を認めてくださる!」
「そんなことないと思う」
「うるさい! お前なんか、いちゃいけないのよっ!」
ポティマが金切り声で叫びながら、魔術を発動した。紫色の液体が彼女の周囲から噴水のように溢れ出し、そのまま高波のようになってフランを襲う。
死毒魔術だ。
このまま躱しては、村の近くの森が大きく被害を受けることになってしまう。
『フラン! 受け止めて、火炎魔術で蒸発させちまうぞ!』
「ん!」
風魔術で毒液の津波を止め、念動で集める。そこにフランが火炎魔術をぶち込んだ。レイドス王国で覚えたばかりのLv7火炎魔術、ファイアストームだ。
火炎の竜巻が地面から立ち上り、俺が集めた毒を燃やし尽くす。威力が控えめな分その制御は完璧で、周囲の木々に燃え移ることもない。
剣だけではなく魔術の腕前でも負けていることに気付き、ポティマが般若の形相だ。
「神の力が! なぜ……! ありえない! 神のお力を使える特別な存在は、私だけで十分なのに!」
「神気、使える人いっぱいいる」
「うるさぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃ!」
ポティマが耳を塞いだ。
なるほど、神気使いに出会ったことがないのか。小国家群の中で邪人狩りを専門に動いていたようだし、この大陸の傭兵はあまりレベルが高いわけじゃなさそうだからな。
大陸南部には、神気を扱えるレベルの強者がほぼいないのだろう。
「死ね! 死ねしねしねぇぇぇ! おまえなんかぁぁぁっ!」
ポティマの右腕に、凄まじい力が集まっていくのが分かった。
「うあああああああああああああ!」
集中させた全魔力、神気を使い、一滴の雫が生み出される。
たった一滴。しかし、紫色の雫には、悍ましいほどの力が濃縮されている。
それは、神毒だった。
ポティマが全部の力を使い、生成したのだ。プール一杯の魔毒よりも、神毒一滴の方が余程恐ろしいだろう。
弾丸のように撃ち出される、この世の全てを蝕む神毒。
この神毒の弾丸を食らえば、ありとあらゆる生命は死に至るだろう。しかも、濃密な神気に覆われているせいで、普通に防ぐことも難しい。普通に、ならだが。
「はぁ!」
「くそっ……!」
邪神気を纏った俺の一振りで、神毒はあっさりと吹き散らされていた。ポティマも、こうなることは予期していたんだろう。
悔しげな表情で、その場に崩れ落ちた。
その肌からは水分が失われ、全身がミイラのようにやせ細っている。
神毒を生み出すのに、魔力だけではなく生命力まで使い果たしたんだろう。文字通り命を懸けた最後の攻撃だったのだ。
「神さま……なんで……」
覚醒が解け、元の姿に戻るポティマ。焦点の合わない目で虚空を見つめ、枯れ枝のようになってしまった手を伸ばす。
「ダメ、よ……私は、まだ、人々を守らないと……。北の地の……邪神の気配も、強く……ああぁぁぁ……」
北の地? それって、レイドスのことか?
「私は、なぜ、選ばれ……」
それが、ポティマの最期の言葉だった。
その能力を完璧に扱えていれば、もっと苦戦したんだろうが……。動揺のせいで、本来の力を全く発揮できていなかったからな。
フランに喜びはない。むしろ、どこか悲し気だ。
『フラン、大丈夫か?』
「ん……。邪神は、敵。みんなそう思ってる」
『ああ、そうだな』
「でも、私は何度も助けられた。私は、感謝してる。邪神の欠片が敵として出てきたら、戦う。邪人は、倒す。でも、師匠の中の邪神の欠片は、仲間だから。誰が何て言っても」
『そうか。邪神の欠片も喜んでるよ』
「ほんと?」
『ああ』
ちょっと喜び過ぎじゃないかってくらいにな! おい! 喜ぶのはいいけど、今は大人しくしとけよ? 絶対にはしゃぎすぎるなよ?