1237 神気と邪気
「ば、かな……。なぜ邪神に与する外道が、神の力を……! うぁぁ……」
殺気も敵意も霧散し、驚愕の表情で動きを止めてしまうポティマ。
神気を神に選ばれしモノだけの恩寵的なものだと思っているなら、フランが神気を使えることが信じられなくてもおかしくはない。
極寒の中に薄着で放り出されたのかってくらいに、全身をガタガタと震わせている。凄まじい動揺だ。
そんなポティマに対し、フランが普通に答える。
「? 神様に加護貰ったから」
「そ、そうか! 邪神から力を得たのですね!」
「違うけど?」
「!」
ポティマだって分かっているはずなのだ。フランの放つ神気に、邪気なんて欠片も混ざっていない。むしろ、ポティマ以上に強烈で、澄んでいる。
「この力の波動は……獣の神の……嘘! うそよ! ま、まやかしよ!」
ポティマが狂乱した状態で、フランに斬りかかってきた。
だが、その動きは鈍い。いや、速いことは速いんだが、フェイントも何もない単調な動きだった。そのせいで、俺たちにはどう動こうとしているのか丸わかりだ。
混乱と驚愕が、彼女の体を支配しているせいだろう。
「そのまやかしを、今すぐ止めなさいっ! ああああああぁぁぁ!」
叫びながら振り下ろされるその刃を、フランはあっさり受け止めた。
「くぅぅぅ! ああああ!」
泣きじゃくる赤ん坊のように叫びながら、剣を握る手にギリギリと力を込める。だが、ステータスで圧倒的に勝るフランを、押し切ることはできなかった。
俺にも傷ひとつ付けられず、その驚きはさらに増しているようだ。
焦った表情のポティマは口を大きく開き、そこから紫色の煙を吐き出す。固有スキルの、毒蛇の吐息だろう。
神毒とまではいかないが、神気が僅かに混ざった猛毒だ。そこらの相手であれば、耐性などをぶち抜いて相手を毒状態にできるだろう。
煙を避けずにもろに浴びたように見えるフランに、ポティマが口を歪めた。
だが、すぐにその顔から表情が抜け落ちる。フランが平然としているからだろう。
「な、なぜ……!」
「こっちも障壁に神気纏わせれば、簡単に防げる」
「嘘よぉぉっ!」
ポティマが、絶望の表情を浮かべる。
「はっ!」
「ぐあぁ!」
そこに、フランが最近お気に入りの神気を込めた前蹴りが炸裂した。咄嗟に後ろに跳んだようだが、顔を顰めている。
膝を付くほどのダメージではないだろうが、明らかに神気を纏った一撃だからな。フランの纏う神気が、本物だと理解したのだろう。
フランがここで確実に決めなかったのは、ポティマに聞きたいことがあったからだ。
「神様が、邪神を倒せって言った?」
「そうです!」
「本当に?」
「私の村がオークの軍勢に滅ぼされた時! 父も母も食われ、絶望が私の命も奪おうとしたその時! 私は神の力を授けられた! あの時、私は確かに神の気配を感じました! 私のために、わざわざ力を与えに来てくれたに違いありません! これが、神のご意志でなくて何だと言うの!」
金切り声で叫ぶポティマ。
なるほどね。命の危機に瀕した時に、力に目覚めたパターンか。しかも、それが神気ともなれば、神の意思が働いていると考えてもおかしくはないだろう。
単純に、覚醒状態での力の使い方に開眼しただけだと思うが……。
フランは首をかしげている。神に出会ったわけでもないのに、神の意思を確信したように語るポティマが、不思議なんだろう。
「神様に、直接言われたわけじゃない?」
「会わずとも、その意思は汲み取れます! 神は私に、この力をもって邪神を滅せよと告げているのです!」
やはり、フランは理解できない。俺たちは神様に直接会ったことがあるが、そんな命令をされたことがないからだろう。
それどころか、邪神に対して悪意を持った言葉を聞いたことがない。混沌の女神様に至っては、親しみさえ感じさせたのだ。
「神の力を与えられておきながら、邪神に与する邪悪の徒よ! ここでお前を殺す! 神のために! その剣も、破壊してやる!」
「む」
フランが再び、怒りに眉をしかめる。ポティマの熱弁はいまいち理解できなかったようだが、俺を破壊すると言われて、こいつが絶対に相いれない相手であると思い出したんだろう。
(師匠。邪気使う)
『ここでか?』
(ん。あいつを、もっと驚かせてやる!)
『ああ、なるほど』
(神様の力と邪気、両方持ってたらきっとビビる!)
神気使いでありながら、邪気も使う。それはつまり、ポティマの考える神気の絶対性――彼女の正義の拠り所の否定だ。
フランはそこまで深くは考えていないだろうが、ムカつく目の前の女が嫌がることは何だろうと考えた結果なのだろう。結構、えげつないこと思いついたね。
も、もしかして、エイワースの影響か? あの爺さんの性格の悪さが1000分の1くらいフランに移っちゃったか?
(師匠?)
『……分かった。邪気を使ってみよう』
「ん」
そして、俺の刀身から邪気が漏れ出す。
「馬脚を現しましたね! やはり、その剣は邪悪だった!」
「邪気が使えるだけ。邪悪じゃない」
「世迷言を!」
「これを、見る!」
フランは自分の神気と俺の邪気を混合させ、邪神気を生み出す。そして、その邪神気を俺に纏わせると、天高々と掲げるのであった。
「これが、神様と邪神の力をどっちも持った、スーパー凄すぎる剣!」
あれ? なんか、結局俺が褒められてるな?