1235 傭兵団
「邪神に与する邪悪の徒に、天罰を与えます。滅びなさい」
「人の話を聞かない盗賊ごときにやられたりしない」
殺気を叩きつけ合うフランたち。
そんなポティマとフランの間に割り込んだのが、ホワイトである。
「お待ちなさい! ここは、クランゼル王国の直轄村です! 邪竜の件は王国も承知していること! また、フラン殿は国が依頼をしている最中! そちらの一方的な難癖で襲ってくるというのなら、我が国への敵対とみなされますよ!」
邪気が含まれてるとかの前に、クランゼル王国としては絶対に守らなきゃいけない村だからな。
ホワイトは必死だ。
ポティマの背後の冒険者たちの中には、彼女の表情をうかがう者もいるが――。
「だから何だというのです? 邪神とその眷属の討伐は、全てにおいて優先されます。人の作った国の仕組みなど、その前には些事。我が使命以上に優先されることなど、この世には存在しないのです」
「く、狂っている……」
「狂っているのは、邪竜などというものを討伐しようともせずに飼う、あなた方です」
こいつ、自分こそが絶対正義的な思考で行動してやがる!
「傭兵団『邪人狩り』は、南方の小国家たちがパトロンだったはずでしょう?」
「確かに、我々の活動に共感し、資金提供を申し出て下さる国は多いですね。ですが、我らの活動や理念に、何ら影響を及ぼすものではありません」
こいつら、傭兵だったのか! 傭兵であることを隠していれば冒険者になることは難しくないしな。
ポティマは話はそれで終わりであるとばかりに、ホワイトに剣を突き付けた。
眼前に切先が出現し、狼狽するホワイト。暗部として鍛えているホワイトが全く反応できなかったが、それも仕方がない。
このポティマ、剣の腕が剣聖術にまで達しているのだ。魔術は閃光魔術と聖浄魔術を持ち、ユニークスキルで邪見の理を持つ、相当な実力者であった。
直接攻撃したわけではないが、国の役人風のホワイトを恫喝したのだ。これだけで犯罪者扱いになるはずである。
だがポティマの配下たちは、彼女のとち狂った行動を見てむしろ覚悟を決めたらしい。武器を構え始めた。
「クリッカ、皆を呼びな」
「はい」
シビュラもクリッカに指示を出し、自らは前に出た。さすがに今回は戦いを楽しむ雰囲気はなく、真面目な表情である。
そんな中、エイワースは相変わらずだった。村を巻き込んだ戦いになりそうだというのに、楽しげに笑っている。
「邪人狩りは、緊急時の戦力として小国家群に飼われていると聞いたが、事実だったか」
さすがエイワース。他国の傭兵についてまで詳しいらしい。
緊急時の戦力ね……。狂っていても、ポティマは実力者だ。それに、邪人の情報を上手く使えば、操ることも簡単かもしれない。小国家群としては、問題はあっても保険的な意味で手放すことができない戦力なのだろう。
「傭兵団邪人狩りの狂い姫! 邪人殺しのポティマ! 若くしてA級に上り詰めた才媛と聞いていたが……。くくくくく、本当に狂っておったとはな! 納得だ!」
まるで、ランクAとかになるやつが、みんな狂ってるみたいに言うな! フランもそこに入ってるんだからな!
ポティマも、異様な威圧感を放つエイワースを無視できないらしい。動きを止めて、見つめている。
「あなたは、何者ですか?」
「くくく。なに、しがない老人だ。元、ランクA冒険者のな」
エイワースがそう言って、隠蔽していた魔力を解放した。こいつ、目立つチャンスを狙ってたんじゃないか?
全員の視線がこの爺さんに向いたぞ。
「先日の愚図どもも、お主の配下かね?」
「使い捨ての犯罪者ですよ」
「……私を襲えって命令してたのは、なんで?」
「私の同志から、あなたが邪悪な力を秘めた剣を使っていると聞いていました。私のスキルの中継役として、ドラゴンとあなたに近づきさえすればよかったのですが……。その後戻ってこられても始末するのが面倒でしたから。適当に暴れればそちらで処理してくれるでしょう?」
「小娘が剣を持っておるのが勘違いで、万が一死んでいたら?」
「不幸な事故ですね? その時は、ご冥福をお祈りさせていただきます」
全く悪びれた様子もない。こちらを挑発する意思すらなく、本気でそう答えているようだ。ポティマの発言が理解できなさ過ぎて、フランが殺気を引っ込めてぽかんとしてしまったぞ?
「どちらにせよ、ここで私に殺されるのですから大きな問題でもないでしょう?」
「ふん。南部の惰弱な雑魚傭兵どもが、我らに勝てるかな?」
隠す必要もなくなったので、エイワースが魔力を周囲に撒き散らすようにして、傭兵たちを威圧した。
フランの殺気が弱まったと思ったら、今度は化け物ジジイだ。部下たちが顔色を悪くする中、ポティマにだけは焦りがないようだった。いたって平常心で、微笑みさえ浮かべている。
「勝てるか、ですか? 当然でしょう? 邪悪を滅する我らには、神の恩寵があるはずです。正しき我らが負けるはずがない」
「うーむ、狂い切っておるな! 面白い!」
「あなたの方が狂っています。いえ、邪神を崇めるあなた方全員が狂っている」
「儂は狂ってなどおらぬよ。まあ、狂人なんぞと呼ばれることはあるがな! くはははは!」
俺からすれば、どっちも狂ってるよ! ただ、エイワースのお陰でフランが毒気を抜かれて冷静さをやや取り戻し、シビュラたちが完全に準備を整えた。
これが狙いだったのだろう。好き勝手やっているようで、経験豊富なのだ。
ただ、冷静さを取り戻したフランは、あることが気になったらしい。
「惰弱なの? 南部の傭兵って」
おっとぉ! フランは純粋に疑問に思っただけなんだろうが、すんごい挑発になってるから! エイワースがまた楽しそうに笑い始めちゃったから!
「くくく、その通りよ。南部は肥沃で魔獣が少ない故、乱立する小国家の小競り合いが絶えん。そのため、冒険者よりも傭兵が多いのだよ。そして、クランゼルやレイドスの属する北部は魔獣が非常に多く、冒険者ばかりだ」
それで、どうして南部の傭兵が惰弱? フランも首をかしげているぞ?
「お主は知らぬか? 同族殺しでは経験値が得られぬということを? 戦場で1000人斬りを達成したとしても、ゴブリン数匹の経験値に及ばぬ。スキルは鍛えられるがな。故に、どれだけ戦場で活躍しようとも、傭兵は弱いままなのだ」
え? そんな仕様初めて知ったんだけど! でも、言われてみるとレイドス王国の戦いで、フランはあまりレベルが上がらなかった。
高レベルになって、必要経験値が異常に上昇したからだと思っていたが……。同族殺しだったせいで、経験値が入っていなかった?
「こやつらのような、魔獣と戦う勇気のない腰抜けが南部で傭兵になるのだよ」
エイワースが、再び傭兵たちを挑発する。いや、半分くらいは疑問を口にしたフランのせいかもしれんが。
だが、相変わらずポティマはアルカイックスマイルを浮かべたまま、殺気の一つも見せない。そして、殺気を全く見せぬまま、魔術を放っていた。
閃光が奔り――。
『あぶねぇな!』
障壁で受け止めたが、下手をしたら村に流れ弾が飛んでいたぞ? 村にも被害が出かねなかった攻撃に、フランが再び怒りを纏う。
「……やっぱり、殺す」
「こちらのセリフです。邪悪の徒よ、滅びなさい」




