121 領主館
領主の館は町の中央にあった。貴族街や住宅街、商業区の交差する場所だ。本気を出したウルシなら5分で到着する距離である。
「いいきもち」
夜風に当たりながら、フランが目を細める。寒い夜の風なのだが、耐寒能力のある黒猫シリーズを着こんでいるフランにとっては心地よい風なのだ。
『夜で良かった』
「オン?」
そりゃあ、全速力でって言ったけどさ。まさか空中跳躍を街中で堂々と使うとは。昼だったらメチャクチャ目立ってたぞ。
『さて、ここまで来たわけだが……』
当然領主の館の門扉は固く閉ざされている。その前には門番らしき兵士が立ち、周囲を警戒していた。
『どうやって領主に会えばいいんだ?』
「あの兵士に頼む」
『いや、絶対無理だろ』
夜中にやってきたアポもないランクD冒険者の少女。これで会ってくれるのは余程お人好しか、下心のあるロリコンだけだ。
「じゃあ、フルトとサティアに頼む」
『なるほど……』
王子たちからはぜひ訪ねてきてほしいと言われてたしな。問題はこの時間に会ってもらえるかだが……。それくらいしか案もないしな。まずはチャレンジだ。
怪しまれない様にゆっくり歩いて門に近づく。2人の兵士は夜に子供が出歩いていることを不審に思ったようだ。いぶかし気にフランを見ている。
「子供?」
「こんな時間にか?」
「ねえ」
「な、何だ?」
よし、いきなり追い払われることはなさそうだ。
「知り合いに会いに来た」
「ここを他の場所と勘違いしているのではないか? ここは領主様の館だぞ?」
「間違えてない。ここに逗留してる」
「はっはっは、この館に逗留してるのは貴族様とか大物ばかりだぞ」
「からかうのもいい加減にしろ。ほらほら行った行った。子供はもう家に帰る時間だぞ」
この兵士さんたち善い人だね。怒鳴り散らすこともなく、本気でフランを心配してくれている様だ。
「フルトとサティアがここにいるはず。友達」
「はぁ? 誰だ?」
「いや待て。フィリアースの王族の方々が確かそんな名前だったはずだ」
「そう言えば。いやいや、この娘と王族が友達とかありえんだろ?」
「ほら、友人が訪ねてくるかもしれないとか言ってただろ。来たらすぐ通せって」
「ああ、そんな話しあったな。な、なあ、お嬢さん、お名前をうかがってもいいか――いや、よろしいですか?」
「ん? フラン」
「やはり!」
「しょ、少々お待ちを」
そこから先はあっと言う間だった。あれよあれよと言う間に話は進み、フランが本物かどうかの確認が取られる。
そして30分後。
「フラン、よく訪ねてきてくれたな!」
「またお会いできてうれしいですわ」
「ん。わたしも」
「活躍は聞いているぞ! 料理コンテストで誰も見たことのない料理を売り出しているそうじゃないか!」
「とっても美味しいと使用人の間でも評判ですよ? 私たちもぜひ食べてみたいですわ」
「買ってきてもらえばいい」
「そうもいかないのが王族なんだ。領主の用意した料理が不満なのかと言われかねないし、毒味だなんだと煩わしいからな」
そりゃそうだよな。王族が町に降りて買い食いなんて難しいだろう。暗殺されかかった後だ、お付きの人たちもそこら辺は特に敏感だろうし。傍らに立っている侍従のセリドは王子の言葉に渋面を作っていた。
「じゃあ、コッソリ食べればいい。はい」
「おお! これが噂のカレーパンか?」
「しかもまだ温かいわ!」
「これは至高の料理」
「そ、そこまでか?」
「ん」
「ぜひいただくわ」
カレーパンに手を伸ばす二人。おいおい、毒味とかいいのか? 俺はセリドを見てみるが、渋面のまま何も言ってこない。一応カレーパンを差し出してみると、なんとセリドが手に取ったではないか。
いやー、ずいぶんと信頼されたもんだ。まあ、フランが今更王子たちに毒を盛る理由もないしな。
「おいしい!」
「美味いな。このように辛くて美味い物、食べたことがない!」
「わたしも。とても美味しいわ」
「悔しいが、美味いな」
好評なようで良かった。カレーパンは王族にも通用するってことか。
「やはりカレーが最強」
「うん、フランがそう言うのも理解できる」
「ん」
カレーパンを食べる3人をフランがドヤ顔で見ている。美味しいという言葉が出るたびに、ウンウンとうなずく。
『フラン、そろそろ本題に入れよ』
「?」
あ、これはカレーパンを褒められて満足したな。本来の目的を忘れている顔だ。
『領主に会いに来たんだぞ?』
「そうだった。うっかり」
「どうしたんだフラン?」
「実はお願いがあって来た」
「あら、なんですか? フランさんのお願いなら出来る限りのことはしますよ?」
「ん。領主に会いたい」
「ローダス殿に? 何故だ?」
「明日、クーデターが起こる」
「はぁ? クーデター? どういうことだ!」
クーデターの言葉を聞いて、さすがに無視できなかったのだろう。セリドが会話に入ってくる。
そして、フランが全てを説明した。
領主の次男が錬金術師と組んでクーデターを計画していること。三男の売っている料理に細工がしてあること。すでに刺客が放たれていること。
すべてを話し終えた時、フルトが勢いよく立ち上がった。
「セリド、すぐにローダス殿と面会する手はずを整えろ!」
「はっ!」
「信じるの?」
全く疑う様子もなく、王子たちはフランの話を信じている様だった。
「フランの話なら信じられる」
「ウルシの見せてくれた映像も真に迫っていたし」
「これで嘘だったら縛り首でもおかしくないからな。お主がそんな馬鹿な嘘をつくとは思えん」
ということで、セリドが面会のアポを取ってくれた。さすがに王族。5分もかからずに領主自らやって来た。
「お呼びでしょうか、フルト殿下。サティア殿下」
「ああ。その前に紹介しよう。我らの友人だ」
「冒険者のフラン。よろしく」
シュタっと手を挙げるフランに、領主は鷹揚にうなずく。大貴族であるローダスにこんな態度でも、怒る素振りはないな。それだけ王子たちに気を使っているんだろう。彼らの友人と紹介されたフランに変な態度をとったら、それだけで王子たちの怒りをかうかもしれんし。
「うむ。バルボラの領主、ローダス・クライストンだ。して、どのようなご用件で? 彼女を紹介することが目的なのですか?」
「いいえ、違います。あなたに彼女の話を聞いていただきたいのです」
「? 分かりました」
大貴族なだけあって表情に内面はほとんど出ないが、一瞬眉毛がピクンと跳ね上がったな。心の中では盛大に疑問を浮かべていることだろう。それでも王族からの要請だ。即座にうなずいてフランの話を促した。
「ん。あなたの次男と三男についての話」
「ブルックとウェイントの?」
「ん」
そこからは王子たちにした話とほぼ同じ話を、領主にしてやった。さしものローダスも子供がクーデターを企てているなどと言われては平静ではいられなかったのだろう。
「馬鹿な! 何を根拠にそんなことを!」
思わずフランの話を遮って声を上げていた。
「事実」
「証拠があるのか!」
王族の前だと言うのに、椅子から立ち上がって声を荒げる。
「ウルシ」
「オン!」
「な、何をする?」
「大丈夫だローダス殿。抵抗するな」
「し、しかし……」
「――オーン!」
「ぐっ。これは――」
ウルシの魔術によって見せられた映像に、領主は顔をしかめている。受け入れることができないのだろう。本当だという証拠もないし。
「このような物、証拠になど――。だが、こんな少女たちがゼライセの顔を知って……? それに、例年を上回る逮捕者が出ているのも確かだ」
ブツブツと呟いている。
「どうだ? ローダス殿」
「……これだけで、領兵全てを動かすのは不可能です。確実な証拠がない」
「だが、放っておけば明日にでもクーデターだぞ?」
「逆にお聞きしますが、殿下はこの娘の話を信じているのでしょうか?」
「無論だ」
「そうですか――」
領主はややうつむき加減で考え込む。色々な葛藤があるんだろう。
息子への信頼と疑念。他国とは言え王族の言葉を無下にしてもいいのか? それともここは恩を売っておくべきか? また、魔術によるものとはいえ真に迫った映像は本当のことなのか?
そして、領主が決断を下した。
「分かりました。夜勤の兵士たちを動かし、息子たちを拘束しましょう。証拠なしで逮捕などは出来ませんので、名目は護衛という事になりますが。また、巡回兵を増やして錬金術師ゼライセ、ゼロスリードを捜索させます。その間に裏を取りましょう」
「我らの護衛兵も動かそう。少しでも人手が多い方が良い」
もっと全軍をあげてブルックたちを捕縛してほしかったけど、今は動いてくれるだけでも良しとしておくか。王子たちの連れて来た兵士も捜索に参加してくれるようだし。
「わかった」
「どこへいくのだ?」
立ち上がったフランにローダスが声をかける。ここで待つと思っていたのだろう。
「証拠を見つけてくる」
ゼロスリードかゼライセ、どちらかを捕まえてくればいいのだ。
『ウルシ、お前の鼻が頼りだからな』
「オン」
「じゃあ、行ってくる」




