1223 ランクAの宴
「それじゃあ、こいつが新しい冒険者カードだ」
「ん」
領主の館からガムドと共にギルドへと戻ってきた俺たちは、早速ランクアップ手続きを行っていた。
とはいえもう決定していることなので、カードを預けてランクA用の物に変えてもらうだけだが。
金色のギルドカードを手に取り、しげしげと見つめるフラン。
その表情には、珍しく感動している様子が見て取れた。
『フラン。やったな!』
「オンオン!」
「ん……やった」
コクリと頷くフランは、その間も金のカードを見つめ続けている。
自身の名誉や評判にはあまり頓着がなくとも、黒猫族のことについては人一倍敏感で気にしているフランだ。
蔑まれ、見下されていた黒猫族の自分が、ランクA冒険者となった。まだ上はいるものの、世間一般の評価としては最上級の存在に黒猫族が成り上がったのだ。
その影響は、決して小さくないだろう。
フランが常々考えてきた、黒猫族の地位の向上。これは、その想いが一つの形となった出来事である。
感慨も一入であるようだった。
少ししんみりした様子のフランを横目に、ガムドがギルド中に聞こえるようなデカい声で叫んだ。
「てめえらぁぁぁぁぁ!」
同じフロアにいた人間たちの注目が、こちらへと向く。酒場から響いてきたガシャーンという音は、ガムドの声に驚いてこけた者がいたのだろう。すまん。
冒険者や職員の注目が十分にこちらへ向いたことを確認して、ガムドが再度叫んだ。
「ここにいるのは、黒雷姫のフラン! ウルムットの武闘大会で最年少優勝を果たした、若手最強の冒険者だ!」
ガムドがカウンター越しにフランの肩を叩きながら、冒険者たちにフランの存在を周知させる。ほとんどの冒険者は分かっていたが、中にはこの町にきたばかりで、知らない者もいたようだ。
驚いた顔で周囲の冒険者にヒソヒソと何かを尋ねている。
「先頃、このフランのランクアップ申請が各所から出され、見事にそれが本部で受理された! つまり――」
ガムドが僅かに言葉を溜める。
冒険者たちもガムドの雰囲気に呑まれ、一切言葉を発さずにその先を待った。
酒場が併設されているとは思えない、静寂が辺りを包み込む。
「「「……」」」
「――新たなる! ランクA冒険者の誕生だぁぁ! 寿げ! 喜べ! 祝杯を挙げろぉぉぉ! 今日は全部ギルドがもつ! 好きなだけ飲め! 飲みまくれぇ!」
「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」
ガムドの叫びに対し食い気味に、凄まじい歓声が上がった。すでに酒を飲んでいた者たちは手にしていた酒杯を再度ぶつけ合い、まだだった冒険者たちが競って高い酒を注文する。全員がいい笑顔で喜んでくれていた。
喜んでくれているんだけど――。
『こいつら、酒が飲めて嬉しいだけだろ』
(みんな嬉しそう)
『まあ、いいけどな。俺たちも飲み食いしよう。あ、酒はまだダメだぞ!』
(……ん)
残念そうに頷くんじゃありません。
フランがウルシを伴って酒場に向かうと、冒険者たちから先ほど以上の大歓声が上がった。巨大な冒険者ギルド全体が、彼らの叫びによってビリビリと振動したほどである。
そして、口々に祝福の言葉を投げてくる。
「新たなランクA冒険者様に乾杯!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます! そしてごちっす!」
「か、かわいい! お嫁さんにしたい!」
「うおおおぉぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
おい! 嫁って言ったのどいつだ! 許さんからな! あと、そこの叫び続けてる奴は大丈夫か? ちょっとフランが引いてるけど?
色々な反応はあるが、彼らの喜びはタダ酒が飲めるからというだけではないっぽい。それは、顔を見ていれば簡単に分かる。
誰もが、心の底から祝福してくれていた。嫉妬の欠片もない。なんとなく、それは理解できた。
多分、ランクBまでなら嫉妬もあっただろう。それは、誰もが目指せる最高到達点だったからだ。だが、ランクAは少し違う。
才能や運や超常的な何かか。ともかく、凡人がただ努力していれば辿り着ける頂きではないのだ。こちらは、才能があるものの最高到達点とでも言えばいいだろうか? ランクBが普通のプロ野球選手だとすれば、ランクAはオオタニサーンやイッチロー級?
ここまでくるともう嫉妬ではなく、純粋に凄いと認められるらしかった。「俺だって頑張ればあのくらい」という範疇から逸脱し、「あの人にはかなわねぇ」的な存在へとランクアップする訳である。その上のランクSともなれば、完全に人外の扱いだろう。
その後は、さらに宴会が続いた。しかも、この宴に参加したのは冒険者だけではなかった。
まず最初に現れたのは、商人たちだ。彼らは事前にガムドから情報を得ていたので、ここで宴会が行われると分かっていたんだろう。
国外でも名が知られるような大商会が馬車でギルドに乗りつけ、これでもかというほど樽酒を差し入れてくれたのだ。
同時に、商会のお偉いさんたちが騒ぎに加わり、冒険者たちと肩を組んで祝杯をあげていく。
その騒ぎは、当然市民たちの耳にも入る。なんせ、ギルドの中だけではなく外でもお祭り騒ぎだったからな。
周辺住民が様子を見にきて、冒険者の口から事情を聞かされるということが何度も発生していた。すると、今度は市民たちが差し入れを持って現れたではないか。
その輪は次第に広がり、町全体が祝賀ムードに包まれるのにさほど時間はかからなかった。
フランはバルボラではかなり有名な冒険者だ。カレーを広めた食の伝道師にして、ピンチの町を救った小さな英雄。そんなフランが、この町でランクAになった。
市民たちにとっては、久々に希望を感じる出来事だったのだ。騒ぎになるのも無理はなかった。
沈みがちだったバルボラ全土から、楽し気な笑い声と、フランのランクアップを祝福する声が上がり続ける。
そんなお祝いムードに包まれながら、フランは黙々とカレーをほおばっていた。今いるのは、ギルドの屋根の上だ。
そこら中で宴会をする人たちの、楽し気な声が耳に入ってくる。微かに届く楽器の音色は、吟遊詩人の奏でるものだろうか?
「もぐもぐ」
『美味しいか?』
「ん。なんか、いつもよりおいしい気がする」
『そうか。よかったな』
「ん」




