1221 ミッシュ・メナルド
館にレイドスの人々を収容したあと、フランはペリドットと共に領主館へと向かっていた。
顔パスで中に入ると、円卓が置かれた会議室のような場所へと通される。
そこには見覚えのある人々が揃っていた。
ギルドマスターのガムド、元領主であるクライストン家の面々、付き合いのある商人たち。まあ、フランは商人の半分くらいは忘れてるだろうけど。
商人の中には、ルシール商会のレンギルもしっかり入っている。
そんな部屋の中、初めて会う相手が円卓の最も奥にいた。一番豪華な椅子に腰かけて、こちらを見ている。
少し神経質そうな、文官風の男性だ。怒っているようにも見える顰め面だが、素顔がそれなの? それとも、不機嫌なの? 俺が判断できずに迷っている間にも、男性は口を開いた。
「先に自己紹介をしておこう。私だけがお前とは完全に初対面であるようだからな。私はミッシュ・メナルド伯爵。現在この町の領主をしている」
バルボラのような国内有数の大都市の領主に、伯爵というのは爵位が低い気がする。元々侯爵が治めていたわけだし。それでも選ばれたということは、文官として優秀なのだろう。あと、王家への忠誠心が高いのかね?
「ん。ランクB冒険者のフラン」
「よろしく頼む」
フランのぞんざいにも見える態度に、ミッシュは何も言わない。その辺が適当なのか、ランクB冒険者の戦力を当てにして寛大に振舞っているのか。
だが、ミッシュの横から、違うものが声を上げた。ガムドである。
「待った」
「なに?」
まあ、ガムドはギルマスだし、貴族との交渉もしているだろう。意外に貴族への礼儀とかを気にするのかもしれない。
そんなことを考えたが、ガムドが口を開いたのは全然違う理由からだった。
「フランのランクアップが決定した。まだ正式な発表には至っていないが、ギルド内部ではすでに周知の事実だ。後でギルドに来てくれ。そこでAにランクアップさせる」
フランがランクBと名乗ったので、訂正したらしい。
「おお! それでは、新たなるランクA冒険者の誕生ということですな? それは目出度い! おめでとうございます、黒雷姫殿」
ガムドの言葉を聞いて、真っ先に祝福の言葉を口にしたのは、フィリップ・クライストンだった。この町の騎士団長であり、元領主であるローダスの長男だ。かなり強かったので、フランも彼を覚えている。
武人であるため、冒険者にも理解がある男だ。というか、ランクA冒険者に対しては、敬意や憧れを持っているらしい。少年のように目を輝かせて、拍手をし始めた。
ただ、大丈夫か? 貴族の彼が、フランに対し敬語を使ったぞ? だが、父親のローダス含めそれを咎める者はおらず、むしろ他の者たちもフランを祝福し始める。しかも、全員が敬語だ。
改めて、ランクAの影響力を思い知ったな。英雄と認められたものだけが到達できる、強者の証。それがランクAであり、貴族や商人たちであっても敬意を払う存在なのだ。
「ありがと」
「がははは! 今のクランゼルで、ランクAが増えるのはデッカイ希望になる!」
「そうですよ。我らの方が感謝せねば」
「だなー」
「うむ」
ガムドや商人たちに祝福され、フランも嬉し気だ。
俺も嬉しいぞ! フランがみんなに認められて!
『フラン! 帰ったら御馳走だ!』
(ん!)
『何が食べたい? カレーは当然用意するから、それ以外で』
(パンケーキ! あと、からあげ! あと、トンカツ! あと――)
『あーあー、わかったわかった。好きなもの全部用意してやるから!』
(ん!)
本当はここで祝賀会を始めてしまいたいところだけど、それじゃ会議にならんしな。というか、ランクAの話が出たことで、会議が始められていない。
これは、マズいんじゃないか?
ミッシュの顔色を窺うが、そこから彼の機嫌は読み取れない。拍手はしてくれたけど、驚いている感じもなかったのだ。
多分、事前にガムドから情報を得ていたのだろう。話を聞いて全く驚かなかったのも、フランの態度に文句を言わなかったのも、それで説明できる。最初から、ランクA冒険者として対応していたのだ。
会議室にいる者たちは、未だにお祝いモードだった。彼らにとっては、久々の慶事なのだろうし、仕方ないが。
だが、そんな空気を引き締める、パンという音が響き渡った。
領主のミッシュが、軽く手を叩いたのだ。さほど大きい音じゃなかったのだが、不思議と耳に入る。
その音で、皆が今どんな場なのか思い出したらしい。少しずつ静かになっていく。そして、会議室を包んでいた興奮が沈静化するのを待ち、再度口を開いた。
「改めてよくきてくれた。黒雷姫の噂は私の下にも届いているぞ。歓迎する」
とても歓迎しているとは思えない表情で、鷹揚に頷くミッシュ。厄介ごとを運んできやがってという皮肉交じりの言葉なのか、本当に戦力として歓迎してくれているのか、いまいちつかめない。
ポーカーフェイスとは少し違うが、ずっと不機嫌そうな顔をしているので内面が読み取れないのである。
まあ、普通に考えれば、前者かな? 彼からすればいらない仕事を増やしただろうし。ミッシュがかなりの激務をこなしているということは、その顔を見れば分かる。
ただ痩せているだけではなく、明らかに不健康そうなのだ。元々新領主だったのに、レイドスの襲撃によって大きな被害を出した。
今のバルボラの統治は、かなり難しいだろう。そこにレイドス王国の赤騎士や、民たちの登場だ。誰だって愚痴や皮肉を言いたくなるに違いない。
「まず、今回の顛末を、お前の口から聞きたい。いいか?」
「ん」
語るのは構わないんだけど、口下手なフランには中々難易度の高いミッションだ。
結局、俺が補助しつつ10分くらいかかってしまった。
「ふぅぅ……」
ミッシュが眉間を揉みながら、深い息を吐く。話を聞き疲れたんだろう。なんか、すまんな。
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