1213 ラランフルーラ
超人将軍ラランフルーラと、赤騎士たちが睨み合う。そして、静かに戦端が開かれた。
最初は、遠距離での撃ち合いだ。彼我の距離は100メートルほどなので、どちらにとっても一足飛びの距離である。
だが、互いに牽制を放ち、相手の力を見ることを選んだらしい。
こちらからは300を超える魔術や魔力弾、矢が降り注ぐ。対する超人将軍は、戟を一振りしただけであった。
そして、攻撃が相殺し合い、互いに強い風が吹きつける。つまり、こちらの一斉攻撃と、超人将軍が普通に放った魔力の波動が、ほぼ同じ威力であったということだ。
だが、ラランフルーラは不満げだ。
「やはり、想定には達しておらぬか。まあ、7割ほどであっても、我が力まさに天魔の如し! この力があれば、我だけで塵共を駆逐することも能うぞ!」
「散開! 対竜陣形!」
歓喜の叫びを上げるラランフルーラに対し、シビュラは厳しい顔で指示を下した。その瞬間、赤騎士たちが一斉に動き出す。
シビュラを残し、残りの全員が遠くまで下がっていく。その名前の通り、竜を相手にする際の陣形なんだろう。
強敵をシビュラが抑えつつ、周囲の赤騎士たちが援護と露払いを担当するのだと思われた。
ただ、俺たちは逆に、飛び出す。転移で一気に近づいたフランが、空気抜刀術を繰り出していた。
「しっ!」
狙いは、ラランフルーラが持つ戟の柄である。そう、宝具を破壊してやろうと考えたのだ。だが、神気を込めて繰り出された一撃は、あっさりと弾き飛ばされてしまっていた。
「速いではないか! 侵略者! だが、それでは軽いな!」
「くっ!」
元々堅い宝具を、ラランフルーラの魔力がさらに強化しているんだろう。特殊能力などなく、ひたすら頑丈なタイプなのかもしれない。
振るわれた返しの戟を躱したフランは、そのまま赤騎士たちの下まで退がった。
『フラン、悔しいがあの宝具を破壊するには邪神気も使った本気の一撃が必要だ。とりあえず、今はシビュラの援護をメインに立ちまわるぞ』
(ん)
黒雷天断の疲労も残っているし、息が整うまでは少しペースダウンしたい。正面から戦うのはシビュラに任せて、俺たちは力を溜めて一刺しに懸けるのだ。
これまでの激戦によって何もない荒地となった戦場で、赤剣騎士団長と超人将軍が向き合う。
「シビュラよ。確かに貴様は強者である。超人の始祖として、その力は認めよう。だが、真の成功作たる我の前では、旧時代の遺物に過ぎん!」
「成功だ失敗だ、うるせぇ! 誰だって、生きてんだ! それで、十分だろうがっ!」
シビュラとラランフルーラが、同時に踏み込んで武器を叩きつけ合った。
赤い剣と戟がぶつかり合い、弾きあう。単純な腕力では、シビュラが負けているようだ。ラランフルーラが大きく仰け反るくらいで済んでいるのに対し、シビュラは数メートル後退させられていた。
だが、追撃しようとする超人将軍に対し、赤騎士たちから無数の魔力弾が降り注いだ。
足止めをして、シビュラが体勢を立て直す時間を稼ぐための攻撃である。これが対竜陣形の真骨頂なのだろう。
だが、今回は相手が悪かった。
「甘いわ!」
なんと、ラランフルーラは自身の周囲に障壁を張り巡らせると、そのまま弾幕へと突っ込んだのである。
直後、無傷のラランフルーラが弾幕を割って出現していた。恐ろしいほど強力な障壁だ。
しかも、竜すら足を止めざるを得ないような遠距離攻撃の嵐を完全に防いでおいて、全く消耗した様子がない。あのレベルの障壁が、やつにとって普通ということなのか?
戟を振り被るラランフルーラ。シビュラも体勢を立て直そうとしているが、間に合わないだろう。
上段から叩きつけられた戟が、シビュラの脳天を直撃し――。
「いい攻撃だなっ!」
「傷すらつかぬか!」
鈍器で殴ったかのような低い音を立てたが、それだけだった。シビュラの頭は割れるどころか、傷ひとつ付いていない。
手加減したわけではないだろう。シビュラの防御力があり得ないほどに高すぎるのだ。
「ふはははは! 次はその頭を叩き割ってくれる!」
「そりゃあこっちのセリフだ!」
そうして始まったシビュラとラランフルーラの戦いは、最初から互いに手詰まり感があった。両者ともに攻撃力よりも、遥かに防御力が高いのだ。
そのせいで、どれだけ強い攻撃を当てても相手にまともなダメージを通すことができない。結果、周辺に余波が撒き散らされるだけで、2人に傷や消耗はほとんどなかった。
膠着した戦いに先に苛立ち始めたのは、ラランフルーラであった。
「10万を超える生贄の力に、大地の魔力を食らったのだぞ! それで、なぜ目の前の1人すら殺せん!」
「元々が雑魚過ぎて、多少強くなったくらいじゃ無駄なんじゃないかい?」
いや、ラランフルーラは間違いなく化け物だ。俺とフランが奴と戦っても、かなり苦戦するだろう。正直、勝てるかどうか分からない。
ホルナ村での戦いを経験する前であれば、確実に負けていたと思う。
ただ、シビュラの防御力が以前にも増して上昇しているのだ。その分、消耗する魔力もアップしているはずだが、シビュラはまだまだ涼しい顔だ。
どうやら、赤騎士たちから魔力が供給されているらしい。彼らはシビュラの魔力タンクの役目もあるというわけだ。
「調子に乗るなよ……。いいだろう。貴様らに、地獄を味わわせてやる!」
殺意混じりで呟いたラランフルーラが、戟の柄で地面をドンと突いた。そこを起点として、巨大な魔法陣が大地に描き出される。
光り輝く魔法陣から、複数の人影がせり上がってくるのが分かった。シビュラや赤騎士が攻撃を仕掛けるが、ラランフルーラが魔法陣を覆うように発生させた障壁に阻まれる。
「さあ! 死霊たちよ! 赤騎士どもを駆逐せよ!」
死霊と言えば南征公のイメージだが、超人将軍も死霊を呼ぶらしい。かなりの魔力と邪気を秘めた死霊が20体ほど、出現する。
オークのような肥満体を揺らす大型の死霊と、痩せ型の男性の2種類の死霊だ。ただ、こいつらは同種がどうという話ではなく、外見がそっくりだった。
同一個体をコピーして同時召喚? そんなこと可能なのか? それに、あの巨体の死霊、どこかで……。
「馬鹿な、南征公と、西征公だと……?」
シビュラの呟きを聞いて、思い出した。そうだ! あいつは、南征公にそっくりだ! それが、複数体? それに、痩せている方は西征公であるらしい。どちらも消滅したはずだ。それが、死霊化している?
「さあ! 死霊ども、生前公爵であった意地を見せてみよ! 反逆者どもを殲滅するのだ!」




