1212 超人将軍
薄紫色の長髪をトライテールに結んだ、非常に愛らしい少女である。右に傾くようなアシンメトリーにカットされた姫カットの前髪も、そこから覗くエメラルドの瞳も、少女の可愛さを引き上げていた。
身に纏うのは、濃い紫色のゴスロリ風なドレスアーマーだ。これもまた、可愛らしいとしか言えない。
だが、その場にいる誰もが、その少女が現れた瞬間に臨戦態勢へと入っていた。それほどに、禍々しい気配を纏っていたのである。
「頭が高いぞ! 我は超人将軍ラランフルーラである!」
光の柱から現れた美少女が、自らを超人将軍と名乗った。こいつが、アマンダを退けたという超人将軍? なるほど、だからか。
強さは関係ない。アマンダは子供と本気で戦えないのだ。
ある意味、対アマンダとして最も有効なやり方である。そりゃあ、撤退せざるを得ないだろう。
「ふむ? 予定通りの出力が出ていない……? 吸収した魔力が、想定より少なかったのか? だが、何故?」
ラランフルーラは自らの手を握ったり開いたりしながら、首を傾げている。凄まじい魔力だが、これでも想定に届いていないらしい。
もしかして、俺たちが超人兵の魔石を吸収したり、死体を収納したりしたからか? あと、大地の一部は神剣ヘルによってダメージを負っている。それも、影響を与えた可能性があるだろう。
「まあよい。赤剣のシビュラよ! 我らの邪魔をする裏切り者よっ!」
ラランフルーラが、肩に担いでいた巨大な長物でシビュラを指し示す。可愛らしいロリ系ボイスだ。しかし、そこに込められた威圧感は全く可愛くない。
切先を向けられているだけで、凄まじい圧迫感がシビュラを襲っているだろう。
「貴様らは、何故裏切った!」
「そりゃあ、こっちのセリフだ! 裏切り者はそっちだろうが! 守るべき民に対して兵を差し向けるなんざ、何を考えてやがる!」
シビュラの叫びに、ラランフルーラは狂ったように哄笑をあげる。
「ふははははは! 国を守るための犠牲である! 貴様らこそ、随分とクランゼル王国人と仲が良さげではないか!」
「最優先は、民を守ることだからねっ! そのためなら、敵とだって手を結ぶさ! 東征公も、お前も! 国家反逆の罪でぶっ殺す!」
「我が反逆? 馬鹿を言うな! 我は、国のために尽くしている! 身も心も捧げ切っておるわ!」
「なら、なぜあんなことをしたんだい!」
「我らが行いは全て、レイドス王国のためである!」
「どこがだ!」
まるでシビュラを揶揄しているような言葉だが、そこに嘘はなかった。この少女の姿をした怪物は、本気で民の虐殺が国のためになると思っている。
狂人の戯言と言ってしまえばそれまでだが、こいつらのせいで大勢の人間が死んでいる。国民、超人兵合わせれば、死者は10万人を優に超えるだろう。
「あんたらのやったことの、何が国のためになるっていうんだい!」
「我が国は今、未曽有の危機を迎えている! 侵略者どもによってな!」
先に仕掛けてきた自分たちのことを棚に上げて、被害者面かよ。だが、超人将軍ラランフルーラの主張は続く。
「このままでは、南部、東部ともに大きく領土を削られるだろう。民草というのは愚かだ。我が国の領土を掠め取った盗人相手でも、奴らは喜んで尻尾を振ることだろう。家畜の豚のようにブーブーとな! 許されぬ! 許されぬことなのだよ!」
ラランフルーラが、正気かどうかも怪しい様子で叫ぶ。少女の姿をしているせいで、あまりにも違和感が大きかった。
「人を家畜扱いするな!」
「民など、放っておけば勝手に生える草のごとしよ! 家畜扱いでも上等であろうよ! いいか? このままでは、東南部の地下資源に加え、人的資源まで侵略者どもに奪われることとなるのだぞ! 奴らの利になるくらいなら、我らが有効活用するべきなのだ! クランゼルには、毛の一本も渡さぬ!」
そう叫んだラランフルーラの体から、膨大な魔力が立ち昇る。
やり方は最低だが、焦土作戦みたいなものなのだろう。人を殺し、土地を枯らし、そうして集めた魔力を自身の強化に使う。
「兵士たちも、わざと殺したな?」
「失敗作どもは、老化が著しい。放っておいてもあと数年の命よ。ならば、ここで我がために死するが奴らにとって最良の道である。ふはははは! 最終的に、我が生み出されたのだ。失敗作どもも、レイドスのために役立つことができて満足であろう!」
ラランフルーラの傲慢過ぎる言葉に最も激怒したのはシビュラではなく、その隣にいたビスコットに似た男であった。表情の見えないフルフェイスを被っていても、彼が激怒していることがよく解る。
「ふざ、けるなよ! 無理やり実験台にされた挙句、生贄にするみたいに殺されて! それで喜んでいるわけがないだろっ!」
「なんだ? 貴様も研究所生まれか? ふん、下らぬ。だから貴様らは使えぬのだ。愚かな失敗作は黙っていろ! シビュラよ! これが最後通告だ。伏して謝るがいい! そして、我と共に侵略者を滅するのだ!」
「クランゼル王国が侵略してきていることは確かだ! あたしらだって、戦った! だが、元はといえばあんたらがクランゼル相手に仕掛けた謀略が原因だろうよ!」
「クランゼルの猿共を庇うというのであれば、もうよい。貴様らもここで我が糧にしてやろう! 我がその力を以て、侵略者どもと裏切り者どもに天誅を下す!」
ラランフルーラがそう叫んで、武器を構えた。槍かと思っていたが、少し違っている。
基本は槍なんだが、穂先の下に相手をひっかけることが可能な鎌が付いていた。戟ってやつだろうか?
間違いなく、宝具だった。ラランフルーラの凄まじい魔力を流し込まれても、耐えて受け止めているのだ。
シビュラが何も言わずとも、赤騎士たちは即座に隊形を整える。茜雨騎士団も含めて、シビュラを裏切ろうとする者はいなかった。
それを見て、ラランフルーラは哄笑を上げる。
「ふはははは! 民草、失敗作ども、大地、魔獣! あらゆるものから吸い上げたこの力がどれほどのものか! 我が新たなる力の試し切りに使ってやろう!」
身構えるラランフルーラ。
「上等だ! お前みたいな危険な奴は、ここで叩き潰す!」
「やってみろ! 最強の騎士よ!」
シビュラから吹き上がる赤い魔力と、ラランフルーラから吹き上がる紫の魔力。両者がぶつかり合い、戦う前から激しい火花を散らす。
(師匠。私たちも頑張る)
『ああ。わかってるよ』
この超人将軍がいる限り、村人もアマンダも危険なままだ。ここで倒さなければならなかった。




