119 Side ブルック
「えーい! どうなっておるのだ!」
なぜ思い通りにならない! 俺は大都市バルボラの領主、クライストン侯爵が次男、ブルック・クライストンだぞ! この町で俺の思い通りにならぬことなどあってはならんのだ!
「ゼライセ! お前の話であれば、今頃もっと大きな混乱が起きているはずであろう!」
俺は目の前に佇む小男を睨みつける。相変わらず貧相な男だ。だが、使える男には違いない。
この男は錬金術師ゼライセ。冒険者ギルドの専属として有名なユージーンの弟子にして、奴が錬金術ギルドを追われる原因を作った男である。今はバルボラの裏社会に潜み、非合法な依頼を受けていた。
人間に魔石を埋め込み、魔人を作り上げるという神をも恐れぬ研究に手を出した狂人であるが、腕は悪くないのでその筋では非常に重宝されている。俺も何度か依頼をしたことがあった。
俺の妾にしてやると言う提案を断り、あまつさえ父に告げ口をしやがった平民たちの口を封じる時なども、ゼライセの特製毒薬が役に立ったしな。
その縁で、今では俺のお抱えのような立場になっている。
「は。どうも妨害している者がいるらしく」
「どういうことだ」
俺の計画が漏れているのか……?
「黒しっぽ亭と言う名前はご存じで?」
「……知らんな」
名前から推測するに、料理屋なのだろうか? それが俺の計画とどう関係する?
「コンテストに出場している屋台の1つです」
「それがどうしたというのだ!」
「その屋台で販売している料理には、魔力水が使われているという話です。その名も快癒の水。数日以内の状態異常を癒すという水です」
「それは本当なのか?」
魔力水など、単なる屋台が大量に使える物でもないと思うが。
「事実でした。配下にその料理を手に入れさせましたが、確かに治癒能力がありました」
「ちっ。だとしたら、計画の遅れはそいつらのせいか」
「はい。1つ10ゴルドのパンを売る屋台ですので」
「大量に出回っているという事か?」
「日に5000食以上は出ているかと思われます」
「ノーブルディッシュの料理を食べた人間が、そのパンを食べている可能性も高いな」
俺の計画を知っての行動だとは思えん。だが、邪魔になるなら排除すればよいだけだ。
「その露店を潰せ」
「すでに雇った者たちを差し向けましたが撃退されました」
「護衛でも雇っていたのか?」
「はい、ランクB冒険者、鉄爪のコルベルトが1日中張り付いています。しかも、店主の少女自身もランクD冒険者だという話でした」
「リンフォードの配下はどうした? こういう時の為に匿っているのだぞ?」
リンフォードとはゼライセの共同研究者という男だ。2ヶ月ほど前にゼライセに紹介されたのだが、流れの傭兵のような真似もしているらしく、その配下には戦闘に長けた者が多い。ただ、ほとんどの者が脛に傷を持っており、俺の手引きが無ければバルボラへ入ることは難しかっただろう。今はこの屋敷に匿っている。ゼライセに輪をかけて不気味な奴らだが、荒事で役立ったことも多い。
「Lv20以上の者たちを差し向けましたが……」
「ダメだったのか? 店主はたかがランクDだろ!」
「1人も戻ってきません。実は私の方でも接触を試みたのですが、雇った裏稼業の人間たちが消息を絶ちました。生死不明です」
「……なんだそれは? 陰から守っている護衛でもいるのか?」
「分かりませぬ。調べさせた情報の中には、ランクD冒険者ということ、海賊退治に貢献したということ、大量の香辛料などを所持しているという情報しかありませんでした」
「もっと調べさせろ」
「無論、調べさせております。しかしながらバルボラに来たのが最近のことらしく、詳しい情報を持っている人間が居ないのです。ルシール商会の船でバルボラ入りしたようなのですが、あの商会の者は口の堅い者が多く。ようやく船の下働きの者に金を掴ませて入手したのが先程の情報です」
それでは弱みを握って脅すこともできないではないか! そんな下賤な冒険者のせいで、俺の計画が邪魔されているだと? くそ!
「傭兵どもを使うか? 幾ら強くとも30人程投入すれば殺せるだろう?」
「あまり派手に動くと、御父上に感付かれるのでは?」
「ちっ」
確かに、親父の配下はバルボラ中にいるからな。下手な真似をしたら、俺のクーデターに感付かれる可能性もある。
忌々しい親父だ! そもそも、俺がこんな計画を立てたのもあのクソ親父の見る目の無さが原因だからな。
何が「ブルック、お前は領主の器ではない」だ! 兄貴なんざ、真面目以外にとりえのない堅物だろうが! 俺の様に知恵を巡らせるだけの頭も、貴族としてのプライドもない! あの平民にヘコヘコしている姿を見るだけで、ぶち殺したくなるのだ。
あのような軟弱な男よりも、俺こそがクライストン侯爵の跡継ぎに相応しい! それが分からぬのであれば、力ずくでも分からせてやるのだ。
俺の計画とは、バルボラに混乱を起こし、その責任を父親に擦り付けて隠居させるというものだ。その混乱の中で兄を抹殺し、俺がクライストン家の当主となる。
その混乱を起こすのがゼライセの役目だ。最初はこの男に毒薬を作らせ、井戸にでも投げ込んでやるつもりだった。だが、それでは精々数十人が命を落とす程度で終わってしまうという。
その代わりとしてゼライセが提案してきたのが、今回の計画であった。確かにその計画であれば、バルボラ全体を巻き込んで破壊と混乱をまき散らすことができるだろう。
俺はその計画に乗った。大量の人間が死ぬだろう。だが、そのほとんどは平民どもだ。俺がクライストン家を継ぐための犠牲としては、軽いものだろう。
そして、計画の重要な要素の一つが、ウェイント・クライストン。我が愚弟である。
ウェイントは兄である俺から見ても無能な奴だ。侯爵家の3男という立場に生まれながら、幼い頃に食べた王宮料理に感動したとかいう訳の分からない理由で料理人などという下賤の職業についた愚か者である。俺の様に配下の者に商会を経営させるといった副業的な物ではなく、本当に料理人になってしまった。それでいながら自力で店を繁盛させる才覚もない。弟の料理を1度だけ食べたことがあるが、正直言って大した味ではなかった。今では志も失い、名声を得るために無駄に高価な雑魚料理を量産するだけの男に成り下がっている。
それでも今回の計画に利用できるため、奴の店に出資をしてお抱え料理人としたのだ。
ウェイントの店ノーブルディッシュには、父や自分に顔つなぎをしたい貴族たちが連日訪れる。しかもそいつらが散々おべっかを使うために、ウェイントは自分が素晴らしい料理人だと勘違いしている様だった。だが、本来であればコンテストの2次予選に進める様な腕ではない。俺が多額の寄付金を料理ギルドへ送っているため、1次予選免除で2次予選に進めているに過ぎないのだ。
しかし、奴の愚かさ加減を少々舐めていたな。まさか口の軽いチンピラを雇い、他店の妨害に走るとは。しかも自分の店まで襲わせて、美談を演出する? 馬鹿が。すでに料理ギルドは調査を始めている。まあ俺の口添えがあれば、直ぐに失格となることはないだろう。料理ギルドは融通の利かない人間が揃っているが、全員が高潔で公正なわけではない。中には俺からの賄賂を喜々として受け取る様な人間もいるからな。
だからこそ、今回の計画が実行できる。
俺の計画とは、ウェイントの屋台で出す料理に特殊な魔力水を使用させ、呪いをばらまくというものだ。料理ギルドの鑑定員を誤魔化せなければ成立しないのである。
料理に混ぜる魔力水はゼライセとリンフォードが開発した特殊な魔力水らしい。俺には詳しい原理は分からないが、この魔力水を摂取した者には呪いがかかり、邪心が芽生えるのだという。大量に摂取すれば、完全に暴徒と化す危険な水だ。この魔力水の素晴らしい所は魔力がなじむまでラグがあり、住人たちがバルボラ中へ散った後に効果が発揮されるという点だろう。まあ、ウェイントは単なる魔力水としか思っていないようだが。精々俺の為に呪いの料理をばらまくがいい。
コンテスト期間中、ノーブルディッシュの客数は1日3000人程。3日で1万人近い。これだけの数の人間が暴れ始めれば、バルボラは大混乱に陥る。そこにゼライセたちの研究している使い魔を大量に放ち、完全に都市機能をマヒさせるのだ。
そうなれば領主は責任を取らざるを得ない。良くて隠居、悪ければ罪に問われる可能性すらある。クランゼルの海の玄関であるバルボラを混乱に陥らせるというのはそれだけの罪なのだ。
くくく、親父が裁判にかけられる様を想像するだけで、笑いが止まらんな。
しかし、ここへきて俺の計画に綻びが生じている。食べただけで呪いを打ち消してしまうパンだと? ふざけた物を作りやがって!
ゼライセの報告によれば、例年に比べて犯罪件数は増加していたが、衛兵で対処できる程度でしかないらしい。
どうにかして黒しっぽ亭とやらを排除せねば。
「奴を使う」
「よろしいのですか? 少々大きな騒ぎが起きるかと思いますが」
「仕方なかろう!」
「わかりました。では呼んでまいります」
10分後。
俺の前には1人の男が立っていた。2メートルを超える大男だ。赤銅色の肌と全身に刻まれた凄まじい数の傷跡。鎧など必要ないのではないかと思わせる程の筋肉。オーガの血を引いていると言われても納得してしまうな。
こいつはリンフォードの配下の中でも最強の男である。なにせ、元ランクC冒険者だ。しかも素行が悪過ぎたためにCに留まったが、その実力はランクBにも劣らないという。実際、俺の配下に居た元ランクCだった男と模擬戦をやらせてみたが、一瞬でケリが付いてしまった。
大男の名前はゼロスリード。人呼んで狂戦士ゼロスリードだ。自らの力を高めることにしか興味がなく、そのためにひたすら強者との戦闘を求めている戦闘狂である。味方や仲間との喧嘩騒ぎは日常茶飯事。その結果相手を殺めてしまう事も少なくない。
極めつけは、ゼロスリードが冒険者ギルドを追われ、大陸中に指名手配を受けた事件だろう。ある国に雇われ戦争に駆り出されていた時、目を付けた味方に戦場であるにもかかわらず戦闘を仕掛け、挙句に殺してしまったのだが……。それが雇い主である国の王子だったのだ。指揮が混乱した王国軍は壊滅。大幅に領土を失う事となる。その結果ゼロスリードには莫大な賞金が懸けられ、賞金首として追われることとなったのだが……。ゼロスリード曰く、強者が向こうからやってきてくれるから有り難いとのことであった。
脳筋の考えることは俺には理解不能だが、その戦闘力が凄まじいという事だけは分かる。
「お前に仕事を与える」
「しばらくの間暴れてねーからよ? 久々に暴れられる仕事がいいんだがな?」
「それは問題ない。そもそも、お前にそれ以外のことなどできんだろう?」
「はっはっは! そりゃそうだ!」
何が面白いのか、ゼロスリードは腹を抱えて笑い出す。ちっ。こういったところが読めんから使いたくなかったのだ。だがそうも言っていられん。せいぜい使い捨てるとするさ。
(オン!)
「うん? 今何か聞こえたか……」
2人が出ていった直後の部屋で、何かの鳴き声のような物が聞こえた気がした。当たり前だが、この部屋に動物などいない。
「少し疲れているのかもしれんな」
確かに犬の鳴き声が聞こえた様に思ったんだが……。まあ、気のせいか。




