1205 新たなる軍影
風狼の全身が膨れ上がり、肉塊と化す。そこにあるのは、緑色の毛皮が貼り付いたブヨブヨの肉の塊だ。
そこから、いくつもの狼の頭が不規則に生えている。歪な粘土の玉に、狼の頭部を遊びで何個もくっつけたかのような、冗談みたいな外見だ。
自分の子供がこんな粘土細工を作ったら、周囲に相談してしまうかもしれない。それくらい、不気味であった。
変異の途中かと思いきや、それが最終形態であるらしい。浮いているのは、風魔術を使っているのだろう。
異形というか、まともな生物に見えなかった。フランは変身を待たずに斬りかかろうとしたんだが、まるで風狼を守ろうとするかのように超人兵たちが間に割って入ってきた。変身前の咆哮が、超人兵たちへの命令だったのだろう。
結果、俺たちは数秒の後れを取り、変身は終わってしまった。
「グルルルル! ガアアアアアアアア!」
『あのなりで遠距離タイプか!』
異形の狼から、風魔術が放たれる。数発の風の弾丸に紛れ、不可視の風の刃が数発。俺たちでなければ、真っ二つにされていたかもしれない。
どうやら、頭の数分、同時に魔術を行使できるようだった。厄介なのは、相変わらず俺たちに群がってくる周囲の超人兵だ。風狼がこいつらごと攻撃してくるせいで、非常に回避がしづらかった。
しかも、新たな超人兵団がこちらに近づいてくる。
消耗覚悟で、さらに魔術を連発するか? ただ、新たな軍勢は大きく広がって布陣しており、スルトを使用してもさほど巻き込めそうもなかった。
風狼の軍団が火炎魔術で大きな被害を出したことが、何らかの方法で伝えられているのだろう。
『風狼をさっさとぶっ倒して、新しい軍勢に備える!』
(ん!)
だが、俺たちの動きは相手に読まれていたらしい。俺たちの背後で、風狼が異形化するときに匹敵する、凄まじい魔力が湧き上がった。
慌てて振り返ると、そこには刃鷹――だったものがいた。
「きひひひひ! 精々足掻け! 血が大地を穢すほどに、我らの目的の達成に近づくぅぅ! きはははははははぁ!」
刃鷹の姿は風狼ほど人外じみてはいないが、異形であることは同じである。全身が羽毛に包まれたその体から、いくつもの刃が不規則に生えていた。
刃のサイズや形状も様々で、最も巨大なものが右肘から先が変異した大剣。最も小さいのは、左目があったはずの場所から突き出すように生えた、スティレットだろう。
バランスもメチャクチャに見えるが、唯一今までと変わらぬ姿の翼を大きく羽ばたかせると、ホバリング状態から超加速した。空気抵抗の異常など、ものともしないらしい。
眼にも留まらぬ速度で飛翔しながら、俺たちに向かって突っ込んでくる。その軌道上には多くの超人兵たちがいたが、刃鷹にとっては障害物にもならないらしい。
超人兵をすれ違いざまに切り裂きながら、俺たちの近くを通過していった。目測を誤ったのではない。一瞬、腕の刃が伸びたのだ。
超人兵たちでフランの動きを制限し、すれ違い様に致命の一撃を狙う。厭らしい戦術であろう。
周囲の超人兵たちごと再び火炎魔術で焼き払ってやろうとしたんだが、誘導には乗ってこない。それどころか、超人兵はフランから逃げるように散開していた。
そして、的を絞らせないように動きながら、順番にフランに向かってくる。
風狼も刃鷹も、リミッターを外した超人兵と同じで、生命力が勝手に減り始めている。やはり、リミッター外しは危険な行為なのだろう。
それでも焦った様子はなく、着実にフランを消耗させようとしている。ここでフランを倒せずとも、仲間の軍勢のために消耗させられればいいと考えているようだ。
超人兵だけではなく、自分たちの命すら駒のように考えているんだろう。
休みなく戦い続けるフランが、荒い息を吐き始めた。
どうする? 俺の魔力にはまだ少し余裕があるが、スルトやカンナカムイを無限に撃てるわけじゃない。
フランに供給し続けることも考えれば、せいぜい5発ってところだろう。スルトを広範囲に多重起動して、できるだけ数を減らすか?
一度盛大に敵を減らして撤退し、村人が追い付かれる前に再度出撃する。かなり綱渡りではあるが、ここで戦い続けるよりはマシかもしれない。
俺が高速思考で作戦を練っていると、フランが「あ」という声を上げた。
『どうした?』
「またきた」
『なに? もうかよ……』
なんと、東からこちらへ向かってきていた超人兵団とは別方向から、さらに新手が出現していた。北から、こちらへ南下してくる。
『うん? 超人兵団じゃないな……』
(赤い、鎧……)
フランが言う通り、新たな軍勢の先頭にいる者たちは、赤い鎧を着こんでいた。超人兵団ではなく、赤騎士たちだ。
『フランの居場所が、バレたってことか?』
(……先頭にいるの、シビュラ)
『いよいよ、赤剣騎士団のご出陣かよ……!』
赤剣騎士団は中央の守りの要だと聞いていた。そのため、おいそれと動かないらしい。これは、フランがここにいると知られたとしか思えない。
西征公の策謀を潰し、複数の赤騎士団長を討ち取り、宝具を吸収してみせた。フランは、今やレイドス王国にとって不倶戴天の敵だった。
東征公と協調しているのかは分からないが、フランを前に無視することはないだろう。
『フラン。一度撤退するぞ』
(まって)
『気持ちは分かるが――』
(シビュラ、こっち見てない)
『なに?』
赤騎士たちの進路が、微妙にこちらを向いていない? 確かに、シビュラが睨みつけているのはフランではなかった。
『おいおい! マジかよ!』
俺たちの見守る中、赤騎士団は東へと進路を一気に変え、超人兵団に襲い掛かっていた。先頭を走っていたシビュラが、真っ先に超人兵を斬り捨てている。
「我ら赤剣騎士団! レイドスの民に仇なすものを討ち滅ぼす剣! 狂人の手下ども! テメェらは皆殺しだ!」




