1204 間抜けな風狼
黒い炎が超人兵たちを蹂躙する姿を見て、改めてそのえげつなさに戦慄する。
『火炎魔術は、殺意高い術が多いな』
(ん)
あの黒い炎は、相手の魔力を使って燃えている。死ぬまで消えないのだ。ある程度の実力があれば、吹き飛ばすなり障壁で遮断するなり、対処可能だろう。だが、そうでなければ、燃え尽きるのを待つだけだ。
それに、単体へのダメージでは、やはり雷鳴魔術には劣っているだろう。実際、焼け死ぬ前に多くの者が抜け出していた。
リミッターが外れて、異形化した超人兵たちだ。どうやらある程度のダメージが入ったら、リミッターが外れるように設定されていたらしい。
それでも、かなりの数を倒したが。
『最初の一撃で、4、5000はやれたんだ。上出来だ。後は、村の防衛戦と同じだぞ』
(ん!)
ただ、ホルナ村の防衛戦と違って、村人たちとは距離がある。防衛は、今回の方がしやすいだろう。
その代わり、フランが万全の状態ではないという枷があった。前回の戦いの消耗を、神気を纏うことで無理やり治しているような状況だからな。
(やれることを、やるだけ)
『おう!』
飛行タイプの動きは――。
『やった! 俺たちを狙ってるぞ!』
(このまま引き付ける!)
フランが放つ微弱な神気に、本能で惹かれているのだろうか? 全ての超人兵が、明らかにフランを見ていた。
これで、フラン自身が囮になれる。村人をさらに守りやすくなったのだ。
さらに、スルトによって焼き払われた超人兵たちのはるか後方――丘を挟んだ向こう側で凄まじい魔力が湧き上がった。
気配で大軍がいるのは分かっていたが、全軍でリミッター外しが行われたのだろう。こちらで生き残っている超人兵たちも、同時に異形化を始めていた。
『もう少し低空で戦おう。陸も空も、対応できる高度を保つ』
(ん!)
始まるのは、激戦だ。
村人を追う様子は一切見せず、ひたすらフランに突っ込んでくる異形たち。それを葬り続けるフラン。
雷鳴魔術と火炎魔術が連続で荒れ狂い、斬撃が超人兵たちの血を盛大にぶちまける。神気を纏ったフランの攻撃は、全てが必殺だ。
ただ、凄まじい密度の戦いは、フランの体に着々と消耗を蓄積させていく。同士討ちもいとわずに全周囲から仕掛けられる攻撃を回避しつつ、全力で殺し続けるのは当然ながら消耗を強いるのだ。
だが、フランが眉をしかめているのは、それだけが理由ではないだろう。超人兵たちは、明らかに殺されるためにけしかけられていた。
フランを消耗させるためなのか?
いや、それだけが理由ではない。俺もフランも、微かな異変を感じていた。
超人兵たちが仲間の魔力を吸収して、強化されていくだけではない。どうも、魔力の流れがおかしい気がするのだ。村では余裕がなくて見逃していたが、こいつらと戦うのは2回目だ。微かに、魔力の流れのおかしさを感じることができていた。
どうも、死体から魔力が漏れ出しているようなのだ。その魔力は空気中に発散されるわけではなく、大地に沁み込んでいっている。まるで、大地が死体から魔力を喰らっているかのようだ。
ただ、それ以上の思考をする余裕はなかった。
「ぜやあぁぁぁぁぁぁ!」
『うおおおぉぉぉ!』
すでに正義の騎士グレイの変装は解いている。無理な形態変形に力を割いている余裕は、欠片もないのだ。それほどに、ギリギリだった。
要は、魔術の多重起動をしながら敵の攻撃を回避し続けつつ、全力の斬撃を延々と放ち続けるような無茶な戦闘を、休みなく何十分も続けているようなものだからな。
神気を取り込めるようになったからと言って、体力が無限になったわけではないのだ。それを嫌でも教えてくれる、圧倒的な敵の物量であった。
少しずつ、フランの動きが鈍っているのが分かる。
今、この状態でさらに敵の圧力が増したら、かなり危険――。
「!」
『まじか!』
ようやく、敵の数が減ってきたと思ったら、新たなる軍勢の接近を感じ取っていた。丘を越えて姿を現したのは、レイドスの超人兵たちだ。
敵の増援であった。どうやら、この近辺にいた超人兵が全て集まってきているらしい。
これは、短時間でも離脱して、息を整え直した方がいいか?
フランが僅かに動揺したことが、敵に伝わったのだろう。
「くはははは! 我らはここにいるだけにあらず! まだまだ兵は補充可能なのだ!」
「お前は……風狼ってやつ!」
「その通り!」
現れたのは、ここまでずっと姿を消していた敵の指揮官の1人だった。緑色の毛並みの狼の獣人に似ているが、気配は魔獣に近いだろう。
「まさか、噂の黒猫族だったとはな! 気づかなかったぞ! だが、この情報が回れば、我ら以外の戦力も続々と集まる! 黒骸のアンデッドどもに、赤騎士たち! 万が一ここを生き延びたとしても、貴様の死は決まったようなものだ! ふははははは!」
ご丁寧に説明してくれる。フランの心を折りにきたのだ。
だが、残念だったな! フランはこのくらいで絶望するほど、柔じゃないんだよ! どれだけ驚いて、どれだけ動揺したって、すぐに全部呑み込んで前に進めるんだ!
(師匠! あいつ殺す!)
『おう!』
むしろ、獰猛な笑みを浮かべると、回復もそこそこに風狼へと突っ込んだ。わざわざ敵指揮官が現れてくれたんだ! その油断、ありがたく突かせてもらうぜ!
転移からの天断。ここまで温存してきた、初見殺しの攻撃だ。
「がっ……?」
「む?」
相手が魔術を警戒して動き回っていたせいで狙いは少しずれたが、右肩から肺あたりまでを切り裂いた感触はある。
だが、風狼の体は虚空に溶けるように、その場から消えてしまった。
直後、少し離れた場所に現れる。
「……やって、くれたなっ!」
どうやら、風に溶け込むような能力か? 風狼を鑑定した結果、風体というスキルがある。一瞬だけ、肉体を風と化す能力らしい。
だが、直前の攻撃はしっかり当たっていたらしく、怒りに歪んだ顔で傷を押さえていた。
「きひっ……きひひひ! 傷が、治らねぇ! なに、しやがった?」
「さあ?」
「てめぇを舐めた俺がカスだったってことか!」
まあ、わざわざ姿を見せた挙句、油断して致命傷をもらったからなぁ。カスというか、間抜けだな。
それに、神属性を纏った斬撃が部隊長相手でも効くと分かったのはでかい。今のフランなら、互角以上に戦えるのだ。
「こうなったら、仕方ねぇ……。主様! 我が力も、捧げます! その糧としてくだされ! うおおぉぉぉぉぉん!」
次回更新は7/7です。その後、通常更新に戻せる予定です。




